3 まゆ 著 温泉 『混浴露天風呂の兄妹』」/ 寄り道 『友達売ります』」
作品1/ 温泉『混浴露天風呂の兄妹』」
ひなびた温泉宿の脱衣所には、竹で編まれた空っぽの籠が並んでいる。
わたしは、脱いだ浴衣を入れようとしたが破れているのに気が付き、違う籠に変えようとしたら、それにも穴があいいた。
支障はないので、そのまま、浴衣を籠に入れる。
高橋時計店の文字がところどころはがれて張り付いている大きな鏡がある。
ほっそりとした自分の姿が写り、日に焼けていた手足が、本来の白さを取り戻していたのに気が付いた。
こうして全身を写し見るなんて久しぶり。
胸も良い具合に膨らんでいて、我ながら大人っぽい体つきになったものだとうなずいてみた。
古びた木製の建物に、不釣り合いなサッシの磨りガラスの戸を開けると、秋の夕暮れの涼風に身が引き締まる。
夕日に照らされた露天風呂の洗い場に、兄の締まったお尻が見えた。
「だれもいない?」
わたしが声をかけると、兄は振り向いて言った。
「まだ早い時間だから、貸し切りだ!」
「よかった~」
「知沙と風呂に入るのは何年ぶりかな!」
三つ上の兄は、大学生だ。
わたしが小学四年生の頃までは、入っていた記憶がある。
「七年ぶりくらい?」
「そんなに経つか~っ。知沙は、まだ小学生だったよな」
兄は、わたしの身体を頭のてっぺんからつま先まで視線を走らせながら言った。
「ずいぶんと女っぽい身体になったな。もう、高二だもんな」
「お兄ちゃんこそ。毛がぼうぼうだね。おへそのところまで生えている」
「どこを見ているんだよ。知沙は、まだ生えていないじゃん」
「生えているよ。よく見てよ」
兄はしゃがんで目線を低くして観察する。
「ああ、産毛がちょっと黒くなっているな。ごめん。ちゃんと生えていた」
「いつまで、見ているの!エッチ!」
「知沙が見ろって言ったんじゃないか」
「あ、そうだった」
二人で大声で笑う。
「やせっぽちの妹がちゃんと育ってくれてうれしいよ」
「覚えている。お兄ちゃんが最初にいっしょにお風呂に入るのいやだって言ったんだよ」
「そうだったっけな。中学生になって恥ずかしかったんだろ」
兄はそう言って向き返り、露天風呂から川を挟んだ山裾を指さした。
「ほら、きれいだな」
谷川に深く刻まれた山肌は、所々岩肌を見せながら、紅葉をまっとって夕日に染まっていた。
「うわあ、真っ赤に燃え上がっているみたい」
遠くに見える山も赤く錆び、それでいて燃えるように輝いている。
兄の顔も少しほてっているように赤く反射していた。
谷川の大きな石の間を縫うように流れるせせらぎの音を聞きながら、身体にお湯をかけ湯船につかった。
露天風呂を構成する黒く光った玄武岩によりかかる。
兄の腕に浮いた血管をみつめながら、すっかり大人の身体になったんだと思う。
「誰か入ってこないかな」
脱衣所の出口を見つめながら言う。
「まだ、早いからね。まあ、日本は江戸時代までは混浴が普通だったんだぜ」
「そうなんだ」
「西洋文化が入ってきて、男女の風呂が別々になったんだ。それまでは、おおらかに男女が同じ風呂に同時に入っていたんだ。海水浴も素っ裸だったって話だ」
「お兄ちゃん、大学ではそんなことも教えるの」
「いいや、豆知識だよ。裸が恥ずかしいなんてのは、西洋の野暮な文化の弊害だね」
「うん。自然の中のお風呂なら全然、はずかしくないね。兄妹だからかもしれないけど……」
「ほら、カモシカ」
兄が指さした対岸の岩山の中腹に、ずんぐりした灰色の動物が見える。
「ほんとうだ。こっちを見てるよ」
身を乗り出して、カモシカを見る。
「素っ裸で、自然を見るのはいいものだな」
兄の言葉にうなずく。
ぬるめのお湯のためか、何時間でも入っていられそうだ。
秋の日は、つるべ落としというように、あっという間に夕暮れ時が終わる。
薄暗くなってきたとき、おじさんっぽい話し声が脱衣所の方から聞こえてきた。
つづいて、女の方の脱衣所から、おばさんっぽい話し声が聞こえてくる。
「課長が言っていたんですよ~」「あの会社の課長はいつもそうだよ」「総務の加藤部長は田中係長と同期だそうよ」
社員旅行か何かの団体だろうか。
「お兄ちゃん、誰か来るよ」
「心配しなくて大丈夫さ。古き良き伝統が残る混浴露天風呂だからね」
白い湯気の向こうに新しいお客のシルエットが移る。
お腹が出たがに股のおじさんたち。
ちょっと太り気味のおばさんたち。
それに少し若いメンバーもいるようだ。
大自然に抱かれた露天風呂は、俗っぽい世間話で充満していく。
あれ?あれ?あれあれあれ……
その人たちの姿が、よく見えるくらいまで接近したとき、違和感を感じずにはいられなかった。
な、なんで、みんな……水着を着てるの~っ!
《おわり》
作品2/ 寄り道『友達売ります』
色づき始めた街路樹の下を歩きながら、わたしは、真子の横顔を伺った。
真子のキレイな顔を崩しているのは、ほおばったクレープだ。
いくら食べても太らないという真子をうらやましく思いながら、つばを飲み込む。
「日が暮れるのが早くなったね」
もぐもぐ声で真子が言った。
さっきまで、空を赤く染めていた夕日がいつの間にか姿を消し、残照も夜の闇へと急速に吸い込まれていくように感じる。
「今日も寄り道しちゃったね」
「里美もクレープ食べれば良いのに」
「ダイエット中なのよ」
真子は幼なじみで、幼稚園から高校まで同じ学校だった。
クラスが違ったのは、小学校三・四年のときだけで、あとは皆同じクラス。
家も近くなので、いつも一緒にいる。
真子は、美人で明るくて誰とでも仲良くなれる性格だ。
わたしは、地味で大人しくて、真子にしてみれば、ただ家が近いだけの友達だろう。
真子は、わたしにとって自慢の友達だと周りも思っているに違いない。
他の友達だって、真子が作った友達がわたしの友達だ。
真子の屈託がない明るい性格が友達を作り、真子の友達であるわたしの友達になる。
真子には感謝しているけど、わたしは真子の引き立て役でもあるし、弱い立場で逆らえないことも事実だ。
今日だって、自分は食べないクレープ屋につき合って、相づちをうつだけのおしゃべりの聞き役だった。
中学生くらいまでは、そんなものだと思っていたけど、高校生になって限界が近づいていることを感じていた。
ハッキリ言って鬱陶しいの。
わたしには、真子がじゃま。
わたしは、一週間前の約束を思い出す。
商店街の人が一人やっと通れるくらいの路地に、ペンキがはげた看板の占い店を見つけた。即席の小屋を布で覆っただけという感じの作りだ。
入り口のカーテンをまくると、占い師のおじいさんが座っていた。
群青色のローブをまとった皺だらけで白髪の老人だ。
「お嬢さん。いなければよいと思っている友達がいたら、わたしに売ってくれませんか?」「売るって、友達をですか?」
「そうです。ただし、お金は払えません。いなければよいと思った友達がいなくなる……それがお代です」
そのとき、頭に浮かんだのが、真子の顔だった。
幼い頃から、一番の仲良しの友達を鬱陶しく思っていたことをそのとき初めて気がついた。
「売られた子はどうなるのですか?」
「そんなことは気にする必要はありません。初めからいなかったみたいに消えてしまいます。その子の記憶とともにね。だから、あなたには罪悪感も残ることはありませんよ」
「どうすれば、いいのですか」
「その子をここへ連れてきてください。一人でこの部屋に入った途端に、その子は我々の物になります」
「そんな……」
「あなたの消えてほしいと思う友達の写真はありますか?」
わたしは、おそるおそるプリクラで撮った真子のシールを見せる。
老人は目を細めて「こんなかわいい子なら、いろいろ使い道がありそうだ。必ず連れてきてくださいね」と言った。
わたしは、恐ろしくなって、外に飛び出して走った。
そして、一週間、いつもと変わらない時間が過ぎていった。
でも、わたしは決心したのだ。
「真子、おもしろい占いの店を見つけたんだ。よっていかない?」
「いいよ。おもしろそう」
わたしと真子は、街灯が灯る商店街へ向かって歩いた。
お別れだね。真子。ごめんね。
路地に入ると、その占い小屋があった。
「真子、先に入ってみてよ。わたしはこの前、入ったから」
「分かったわ」
真子が、入り口のカーテンに手をかけた。
真子が、カーテンの隙間から、闇に吸い込まれるように姿を消した。
そのとき、わたしは叫んだ。
「まこーーーっ!行かないでっ!」
そのまま、カーテンを開け、中に飛び込む。
狭い小屋の中には、真子の見開かれた大きな目が光っていた。
二人は、狭い空間で抱き合う形になった。
真子の手がわたしの腰に回される。
「里美、ありがとう」
真子の声が耳元で囁かれた。
小屋は消え失せて、そこには小さな社があった。
ビルの谷間にある小さな社。
「よかった。消えなくて、よかった」
「ごめんね。里美」
「真子が謝ることはないよ。悪いのはわたしなのだから」
「この神社、覚えている?小さい頃、この辺で遊んでいて、二人でお祈りしたでしょう」
微かな記憶がよみがえった。
確かにここに小さな神社があった。
「あの占い店を先に見つけたのはわたしなんだ」
と、真子が言った。
「そして、あなたをここに来るようにしむけたの」
そう言われれば、一週間前に、ここを通ったのは、真子に近道があると教えられたからだ。
「わたしは、あなたを消そうとしたのよ。でも、あなたは消えなくて、今度はわたしがあなたに誘われた。神様が消すことを選んだのはわたしの方なのだと思ったわ」
「な、なぜ、真子がわたしを消すなんて!」
「あなたと同じような理由かもね。なんとなく鬱陶しかったのよ」
「ひ、ひどい!」
「でも、これでおあいこ……ごめんね」
「わたしの方こそ、ごめん。消えなくてよかった」
「わたしもそう思う……掛け替えのない友達だってわかった」
「わたしも……」
「でも、あの占い師のおじいさんて、なんだったのだろう?神様?」
わたしたち二人は顔を見合わせた。
何かに気がついたように真子が手を打って言った。
「そうだ、小さい頃、この神社で二人で手をつないで祈ったの覚えている?」
わたしは、一生懸命、昔の記憶をたぐった。
幼い頃、確かに祈った。
「二人がいつまでもなかよくいられますように」って。
《おわり》




