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自作小説倶楽部 第5冊/2012年下半期(第25-30集)  作者: 自作小説倶楽部
第28集(2012年10月)/「温泉」&「寄り道」
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2 BENクー 温泉 『命の泉』

 初雪が降った翌朝、白く染まった御山の中腹から小さな湯気が立ち昇った。

それは温泉と呼ぶにはおこがましいほどの小さな湯溜まりで、山肌から漏れ出でた熱湯が小さな筋を描きながら時間をかけて岩の窪みに溜まったものだった。

この湯溜まりを知っているのはこの地に棲む動物たちと空を飛ぶ鳥たちだけだった。(ホウ)がここに落ちてくるまでは…

鹿を仕留めた直後、ふいに襲い掛かってきた熊の一撃を食った鳳は、生い茂る笹の上に血の跡を残しながら山肌を滑り落ちていった。落ちた先がこの湯溜まりであった。

深い熊笹に囲まれた湯溜まりは、川のせせらぐ音と時折聞こえる鳥の声しか響いてこない。ただ静かにゆっくりと時間だけが流れているようで、鳳は草深い御山の一隅に置き去りを食った格好だった。

すでに事切れているように見える鳳を最初に見つけたのは、湯溜まりの周りで草を食んでいた1匹の鹿だった。それも見上げるほどの大鹿である。おそらく主と呼ばれる存在だろう。

そんな大鹿も、初めは警戒して容易に近づこうとしなかった。だが、横たわる鳳の身体から漂う血の匂いを嗅ぎ取ると、おもむろにその身体を引きずって湯溜まりへと浸した。そして、再びゆっくりと草を食んでから森の奥へと消えていったのである。

仰向けにお湯に浸された鳳は、それでもピクリとも動かなかった。

ひたひたと窪みに流れ込むお湯は、いつしか傷だらけの鳳の身体を静かに洗い清めていった。流血で紅く染まった湯溜まりも、時間と共にお湯で満たされるうちに元の透度を取り戻していった。

空に満天の星々が散りばめられる頃、ようやく鳳はゆっくりと目を覚ました。だが、身体中が痺れており、朦朧とした意識のまま指先一つ動かすことはできなかった。ただ、傷に染み込むお湯が鈍い痛みとなって身体に伝わってくると徐々に意識だけははっきりしていった。

動けないまま見上げた空には満ちた月が煌々と輝き、笹の上の雪をいっそう白く引き立たせている。

深い熊笹の爽やかな匂いで溢れかえる湯溜まりに浮かんでいるうちに、いつしか鳳は穏やかな気持ちになっていた。笹の清々しい香りと清浄効果が効いたようである。

「ここは天国か…」

こんな思いに駆られるほど気持ちが和らいでくると、首だけ僅かに動かせること気付いた鳳は、小さく顎を引くと我が身に視線を向けた。身に付けていたはずの毛皮は熊に剥ぎ取られたらしく、もろ肌でお湯に浮かんでいた。

鳳は、湯溜まりに浮かんだ我が身の有様を確認すると再び深い眠りへと落ちていった…-おしまい-


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