2 レーグル 著 夢 『トラブルメーカー』
小さい頃、冒険映画を観て「冒険家になる」と将来の夢に書いた気がする
そんな夢叶うわけないと、いつしか忘れていたが、今になって思い出した
その『今』というのは、超古代文明の遺跡に潜入し、相棒になった「ナナコ」と共に数々の罠を突破し、まさに古代の秘宝に手を伸ばそうというところで、軍服の軍団に制止され銃を突き付けられた、今まさにこの瞬間だ
どうしてこうなったのか
少し思い出してみる
おれはごく普通の大学生
普通過ぎて退屈な春休みをダラダラと過ごしていた
「安全で快適な『トラブル』を、あなたに。ジンクス社の『トラブルメーカー』」
テレビでそんなコマーシャルに興味を惹かれたのは、もともと「冒険家」という夢を持つような性格だったからかもしれない
『トラブルメーカー』
詳しい事はよく分からないが、この機械を使うと普段遭遇することのないような『トラブル』に出会うことが出来るらしい
冒険・恋愛・サスペンス・ミステリー・ホラー
なんでもござれ
眉唾物だが、無料の体験コースも存在するらしいので、おれは電話に手を伸ばした
トラブルメーカーの体験コースを注文して数日後
届いたのは一人の少女
なんと、トラブルメーカーは人型のロボットのことだったらしい
おれは彼女のうなじに書かれた刻印『TroubleMakerNo.775』から、『ナナコ』と呼ぶことにした
そして次の日、隣人が密室の部屋で殺され、警察が事情聴取に来た
そのことでナナコと喧嘩をし、ジンクス社に体験コース中止の電話しようとすると、部屋からラップ音
無念の死を迎えた隣人の怨念が、おれたちを襲った
隣人の無念を晴らすため事件の捜査をすると、犯人はどうやら大きな組織らしく、何度か襲撃を受けた
その組織を追ううちに、ジンクス社の目的と、トラブルメーカーの秘密を知った
超古代文明の技術を使って世界を支配するのがジンクス社の目的で、トラブルメーカーはその技術を一部使った機械だったのだ
ナナコは会社を裏切り、おれが彼らの目的を阻止するのに協力してくれた
そして、おれたちは古代文明の遺跡を探し出すことに成功したのだが……
「そこまでだ。まさか、ただの体験版ユーザーがトラブルメーカーを使いこなし、この秘宝を見つけるとはな。まあ、結果的に我が社の目的の実現に一歩近付いたわけだ」
軍服のリーダーらしき人物がおれたちの前に進み出て、不敵な笑みを浮かべた
「使いこなす?」
「そうだ。トラブルメーカーは運命や確率といった目に見えないものを操る機械だ。目に見えないものだから研究も実用化も捗らず、ついに一般人を使って大規模なデータ収集を行うことになったのだ。『それ』はなかなかお前に懐いているようだな。どうだ。この先、我々に協力するというなら、生かしておいてやらんこともない」
その男は『それ』とナナコを顎をしゃくって指した
「誰がお前らなんかに協力するか!」
おれがそう叫ぶと、男はおれの額に銃を突き付ける
一気に血の気が引いた
「トラブルメーカーは確率を操作して、どんなに低い可能性でも結果として得ることが出来る。危ない場面でもなんとか乗り切って来られただろう。それが『トラブルメーカー』の力だ。だが、必然に近い出来事なら、その『力』も及ばない」
男が銃の撃鉄を起こし、引き金に指を掛ける
どうしてこうなった、という後悔は無い
昔、映画で見た冒険家たちは、こんなことで諦めたりしないじゃないか
袖口に偶然入っていた遺跡の壁の欠片が、先程、手を下ろした時に手の平に収まった
やつは、当然気が付いていない
遺跡内に銃声が響く
おれは無事だった
そして、おれがさっきまで居た場所に横たわる少女を見た
「ナナコ!」
おれは叫んで彼女に駆け寄った
おれを突き飛ばして、代わりに銃弾を受けたのだ
弾はどうやら胸のあたりに当たったらしい
彼女の体を抱き起こすと、服に赤い血が滲んだ
「どうして」
「あのままだったら、あなたが死ぬ可能性しか無かった。でも、私が動けば、その可能性が変えられたの。だから、あなたを死なせないために」
そこまで言うと、ナナコが咳き込み、口の端から血が垂れた
「ロボットだったんじゃ」
「『トラブルメーカー』は私の頭の中に埋め込まれた機械のことよ。私は生身の人間。でも、ジンクス社は不必要な『トラブル』を避けるために、私たちが人型のアンドロイドだってことにしたの。本当は会社を裏切ると決めた時に、あなたに言うつもりだったんだけど、そのせいであなたに心配を掛けたくなかった。あなたは優しいから、危険な冒険になると知ったら、きっと女の子は連れて行ってくれないと思って」
「そんな……」
ナナコが微笑む
「お願い。最後にキスして」
「え?」
急に言われて、おれは驚いた
「私じゃ嫌かな」
弱々しい笑顔が曇る
「そんなことない」
おれが顔を近づけると、ナナコは応えるように目を閉じた
そして、おれも目を閉じると、急に腕から重みが消えた
目を開けようとしても開かない
体が宙に浮くような感覚がして、それから一気に落下した
「はい。体験コースはここまでです」
目を開けると、白衣を着た女性がおれの顔を覗き込んでいる
少しぼんやりしてから、ゆっくりとこれまでの経緯を思い出した
おれはジンクス社の『トラブルメーカー無料体験コース』に申し込み、今、そのコースを終えたところだ
『トラブルメーカー』は、特殊な機器で仮想現実世界を実際に体験する機械で、おれの頭に載っているたくさんのコードが付いたヘルメットのようなものは、その一部だろう
仮想現実内なら怪我や死んだりすることも無いし、冒険が上手く行かなくて諦めることも無い
さらに、特殊な暗示効果もあり、不自然な出来事に違和感を覚えることも無いのだ
まさに『安全で快適なトラブル』だった
「大丈夫ですか」
「はい」
白衣の女性の問いかけにはっきりと答える
「では、メディカルチェックを行いますので、その場で少し休んだままにしていてください」
女性はそう言って、どこかへ去って行った
おれは今回の冒険を思い出して、思わず顔が緩んだ
もう二十ほど若ければ、あんな冒険も悪くないかもな