1 奄美 剣星 著 寄り道 『隻眼の兎の憂鬱』
無人の古代都市遺跡をブレザーの女子高生が自転車で駆け抜け、その後に花束を持った白いタキシード姿をした耳の尖った若者が全力疾走で追いかける。若者はダリウスという名前の魔界王子であった。
「きゃあ、寄らないで、ストーカー!」
「逃げないで、有栖川姫~っ♥」
ゆく先には例のごとく時空警察の二人組が待っていた。
「ギルガメッシュ、エンキドウ。毎度ありがとう。ダリウスってしつこくって――」
サイドカー仕様のスズキKATANAである。マントを羽織った隻眼の兎ギルガメッシュはそこのコクピットに収まり、サーベルタイガーのエンキドウはバイク本体にまたがっている。エンジンをふかされたオートバイが走り始めた。兎が手をさしだすと、有栖川と呼ばれた少女が自転車に乗ったままその手をつかむ。
そうはさせじと、タキシードの青年が、ラストスパートをかけてきた。
兎は慌てない。バナナの皮をだして、路上に放り投げると、ダリウスは脚を滑らせて突っ伏した。そして毎度のパターンで、地面に孔が空き、そこから地中へ青年は墜ちてゆくのだった。時空の狭間に迷い込む漂流者を救いだすのが彼らの主要な任務の一つとなっている。少女・有栖川ミカは存在そのものが時空・特異点であり、もはや、保護される「迷子」の常連と化していた。時空を超え、警察官たちは、当然のごとく彼女を自宅に帰してやる。
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――任務完了。
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☆
警官たちは、いくつかあるお気に入りの店にゆき、ティータイムを楽しんでいた。後方ではいつになく騒がしい。
「雷か、エンキドウ?」
「爆弾のようだ」
二人は気にせぬ顔で紅茶をすすった。
「このモンブランケーキ、いけると思わないか、ギルガメッシュ?」
「うん、甘さ控えめなのが好感をもてる」
二人はケーキにナイフを入れ、フォークで刺して口に運んだ。
そのうち、工場で鳴るような機械音がしてきた。
「何かつくっているのかな、エンキドウ?」
「機関銃のようだ」
そのうち店の外の街路では、「ゲルマンスキーを皆殺しにしろ!」という怒声に続き、戦車部が隊伍をなしって横切ってゆくではないか。戦車の後尾には赤い旗がたなびいていた。
何気なく兎は腕時計をみた。年月日をも示す複数の時計の針は、一九四五年四月三十日午後三時二十分をさしている。
「そういえば、ベルリン戦の最中だったな」
「ソヴィエト赤軍がベルリンに突入し、独裁者が自殺するとか、しないとか――」
そのとき、客の来訪を報せる呼び鈴が鳴った。ちょび髭で髪を七・三にとかした黒髪の小男。彼は二人の前に駆け寄ってきた。
「時空警察官だな。アドルフ・ヒトラーだ。他時空への亡命を希望する」
隻眼の兎とサーベルタイガーは顔を見合わせ互いに、「どうする?」といった。
「本部に連絡せねば」
「上の連中は裁可が遅い。間もなくここは焼け野原になるみたいだし」
「そうだ、とりあえず、あの娘の家に預けよう」
店員たちは、連合国側の爆撃直前に地下鉄構内に避難していた。店内は無人だ。店の隅には、なぜだかサイドカーが置いてある。兎と虎と独裁者を乗せたそれは、店が砲弾で木端微塵となる前に、異時空へと飛んでゆく。
☆
かくしてまた、有栖川家に珍客が訪れた。中学生の弟・剛志は、「凄いや、生ヒトラー」だといってはしゃいでいた。口髭の亭主と、エプロン姿の夫人は交互に歴史上の人物とスナップ写真をとっている。
「私、ヒトちゃんと、ツーショットでVサインやるわよ――」
有栖川ミカ十六歳。乙女はただただ、「うちの家族って、やっぱ、変!」と首をかしげるのである。
(了)




