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自作小説倶楽部 第5冊/2012年下半期(第25-30集)  作者: 自作小説倶楽部
第27集(2012年9月)/「○○の秋」&「夜」
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1 奄美 剣星 著  秋&夜 『秋の夜は』 /『伊勢物語』第九十四段より

 男はよく泣いた。月が出ても泣き、日が昇っても泣いた。かつまた笑った。鈴虫が鳴いても笑い、琴を弾じても笑った。友情にも厚かった。落ちぶれた友人が、妻を養うことすらかなわなくなり、仕方なく妻が親族のいる寺を頼って剃髪し、尼となって都落ちするときに贈る品が買えずに嘆いていると、さりげなく、袈裟を家人に届けさせたりもした。女人ばかりではなく、親友や家臣、そこここで出会った人々、ともかく、人を愛さずにはいられないのだ。それが色好みで評判の在五中将・在原業平という男だった。

 平安の昔日の風習では、貴紳の習俗は通い婚だった。

 よい男というのは、一所に落ち着かないものらしい。京洛に住まう妻たちが複数いた。その一人に女流画家もいた。男が女流画家のところに脚を運ばなくなって、関係が自然消滅し、それぞれ新たな伴侶を得た。だが、二人の間には子供がいた。そのため、頻繁にというほどではないのだが、日を決めて、手紙のやり取りくらいはしていたのだ。

 さり気なく添えられた挿絵は、画家の教養の片鱗をのぞかせ風流である。そんな女流画家からの手紙がこなくなった。新しい夫が寝殿にきているから、返書を書くのを差し控えたいというのだ。

 男は、猟色的な性分の自分がまいた種だということを知っている。いまさら嫉妬してどうする、と自嘲もしてみるのだが、ついに堪えられずに、和歌にして、心中を相手に伝えた。少し嫌味が入っている。

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 秋の夜は春日はるひわするるものなれやかすみにきりや千重ちえまさるらむ

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 秋の夜はおだやかに心満たされ、過ぎ去った春の日のものうい記憶などどうでもよくなり、春霞なぞ秋の霧は千倍にまさるのでしょうね――という意味だ。

女流画家はこんなふうに返書を送った。

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  千々《ちち》の秋ひとつの春にむかはめや紅葉もみぢも花もともにこそ散れ

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 千の秋を合わせても、一つの春にはかなうものではありません。されど、紅葉も花もいつかは散ってしまう――悲しげな内容。今の夫よりも、貴男のほうがずっと素敵でした。けれども、男は皆同じ。いつかは私を捨ててどこかに行ってしまう。そんな意味だ。

 なじりあい、泥臭い言葉をかけあって、元の伴侶を貶めるのではなく、相手を立てつつも、遊戯をするかのように言葉を投げ合っているのだ。今風にいうならば、夏の終わりに花火をみた帰りに、男女が美しさの記憶を重ね合うようなもの。洒落た大人の対話である。


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