表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自作小説倶楽部 第5冊/2012年下半期(第25-30集)  作者: 自作小説倶楽部
第26集(2012年8月)/「スイカ」&「橋」
11/38

6 かいじん著  橋 『花火』

   花火



新幹線のぞみの窓際の指定席から、目まぐるしく流れるように

過ぎて行く景色をぼんやりと眺めていた。


すぐ目の前に迫っていた山並みが開けた平地に変わり、

水田が後方に流れて、夏の陽射しにさらされた住宅地が目の前に

広がり始めた頃、車内にメロディーが流れ、録音された女性の声で

間もなく駅到着を告げるアナウンスがあった。


その後、車掌が駅から各方面への乗換え時間を案内している間に

市街地に入った列車はゆるやかに減速して生き、目の前に建ち並んだ

ビルの看板には見覚えのある懐かしいものが目に付く様になった。


・・・


開いたドアからホームに降りると3時間振りの外の熱気が体を包んだ。


僕は空気を大きく吸い込み、吐き出した後、エレベーターを降りて新幹線の

改札を抜け、コンコースを横切る様にして9番ホームに向かった。


階段を降りて行くと、立ち昇る熱気に包まれたホームには、既に2両編成の

気動車が入線していた。


僕は空いている車内に乗込んでクロスシートになっている座席の窓際に座って

荷物を通路側に置き、冷房の冷気に体を涼ませた。


10分程して発車して駅を離れた列車はディーゼルエンジンの音を上げながら

加速して行き、市街地の中を北に向けて進路を変えていった。


夏休みに入り、大学のある東京から郷里に戻るのは今年で2度目だが

僕がこの前、この郷里へ向かう列車の車窓から同じ景色を眺めていたのは

つい先月の事だ。


あの日は、空一面がどんよりとした雲に覆われて、窓から見える景色は

降り続く雨に濡れそぼっていた。


その時の事を、しばらく思い出していたが、その内に強い陽射しが入って来る

様になったので、僕は窓の遮光カーテンを降ろし、それから目を瞑った。


その間に列車は途中にある駅に停まりながら、街を抜け青々とした水田が

広がった水田の中を走って、やがて強い陽射しを受けた山肌が輝いて見えたり

影になって深い緑が鬱蒼と茂ったりしている山あいの中に入って行き、

時折、トンネルに入ったり橋を渡ったりしながら、狭い平地を縫う様にして

走り続けた。


いつの間にか眠り込んで、目を覚ました時、窓の外には低いなだらかな

山並みが続いているのが見え、目の前には国道とその向こう側に

流れる小さな河川がこの列車が走っている線路と並行しながら

続いているのが見えた。


その内に川の向こう岸の山並みが遠のいて、少し平地が広がって水田や家並みが

見え始める。


僕は2年前の高校卒業までの時をこの風景の中で過ごした。


車内に駅到着を告げるアナウンスが流れ列車はゆっくりと減速し始めた。


列車から無人駅のホームに降り立った時は、陽はもうだいぶ西に傾き始め

烈しかった暑さは幾分和らいで、あたり一面を覆っているセミの鳴き声の

中には、陰になった山の斜面辺りからヒグラシが鳴き始めているのがかすかに

聴き取る事が出来た。


駅を出て目の前の細い道を歩いて国道の方に出ると少し先の方に国道から

曲がって行く細い橋が市街の手前で大きな川に合流する小さな河川に架かって

いるのが見える。


僕は、小学校から高校までの12年間、その橋を渡って学校に通い続けた。


その手前に点在している家の中の一軒が僕の実家だ。


・・・


縁側の近くで扇風機の風を浴びながら目の前の裏山のから鳴り響いて来る

ヒグラシの鳴き声を聞き、しばらくぼんやりしていた。


縁側のすぐ前の菜園に今年もトマトやキュウリが植えてあって実をつけている。


少し離れた場所にはスイカを植えてある。


時折漂ってくる紫蘇の葉の匂いが、もう10年以上も

昔のまだ小さい子供だった頃の夏の日の事を思い出させた。


その頃は夏になるとこの菜園で2つ年下のいとこの朋子とトマトやキュウリを

採ってそれを裏口で洗ってその場で塩をかけてそのまま齧り、その後

スイカを採りに行ってそれを両手で抱えて家の中に持って入った。


朋子の家は橋を渡ってすぐの所にあり、どちらも一人っ子で近くに住む

身内の子供は僕らだけだったので、その頃は兄妹みたいによく一緒に

遊んでいた。


今日は市街地の方で、ごんご(河童)祭が開かれる日で商店街の通りで

ごんご踊りがある。


去年の夏の帰省の時には、朋子と一緒にごんご踊りを見に行った。


♪ ・・・知らず知らずの頭の皿は 水がなくなりゃ行き倒れ

 

 ソーヤレ ソーヤレ ごんごに水やれ 水やれ水やれ・・・


 あわれごんごに水やれそやれ、のぞきの淵まで帰しておくれ

 

 さあさあごんごに水やれそやれ 命の水をかけとくれ


 ソーヤレ ソーヤレ ごんごに水やれ 水やれ 水やれ・・・ ♪


 ごんご踊りを見た後、陽が落ちて夕闇が濃くなり始めた頃に堤防の階段を

 降りて河岸の緑地広場に出来た夜店通りに行った。


 朋子は夜店を歩いている間にフランクフルトとイカ焼きを食べ、その後僕が

 水辺の方に座って、バーベキュー串を齧りながら缶ビールを飲んでいる間に

 焼きソバとたこ焼きとお好み焼きを次々に買ってきては瞬く間に食べた。

 

 「ところで、今日の晩御飯はどねえするん?」


 カキ氷を食べ終わった後で朋子が言った。


 すっかり暗くなって、最初の花火が空にあがると広場に歓声が上がった。


 朋子は綿あめを食べながら、熱心に花火を見上げていた。


 花火の後、河岸広場から、市街地の方に歩いている間、朋子は僕の

 東京での生活についていろいろ知りたがった。


 「ウチも、将来は東京に出て生活してみたいなあ。」


 朋子が言った。


 僕はそれに対して特に意見や感想を言わなかった。


 ・・・


 その後初冬の頃に朋子は2度目の入院をする事になった。

 

 中学3年の時、頭の血管に軽い問題があるとかで、彼女は

 最初の入院をした。


 冬に帰省して会った時には、朋子は点滴をつけたまま、病院の階段を

 駆け上がって怒られた事を話すなど元気そうに見えた。


 4月に退院して、5月には母親と沖縄に旅行に行って、ひめゆりの塔に

 行った事や水族館でジンベイざめやイルカを見た事をメールで送ってきた。


 (母と夏には一緒にディズニーランドに行く話をしている。 二人とも

 東京に行くのは初めてなのでその時はよろしく。今年は夏が来るのが

 すごく楽しみだ。)


 と、朋子は言っていた。

 

 ・・・結局、朋子が東京にやって来る事は無かった。


 6月に再入院した彼女は7月の初めに静かに息を引き取った。


 彼女の本当の病名は脳腫瘍だった。


 ・・・


辺りがすっかり暗くなった頃、散歩に出た。


橋を渡って、蛙の鳴き声が響き渡っている田んぼの中の真っ暗な

道をあても無く歩いた。


道の脇の草むらの下の水路で水がゆっくりと流れている。


子供の時、夏の初め頃の夜にこの水路で朋子とホタルを獲った。


ビンに何匹か入れて、帰りに朋子に渡すと、可哀想だから逃がそう

と言うので結局また逃がした。


その時の事を思い出しながら歩いていると、行き場の無い感情が

深い闇の中で行き場の無いままに膨らんで来て胸が痛んだ。


橋の所まで戻って来た時、市街の方で花火が上がりはじめた。


打ち上げられた花火は空中で大きく広がって夜空を鮮やかな色で

彩った後、真夏の濃密な闇の中にゆっくりと消えていった。


人気の無い橋の上で一人で眺める花火は何だか物悲しく見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ