5 レーグル 著 スイカ 『作戦名 [スイカにかけろ]』
世間は今まさに伝記ブーム。
商業利用が許可されたタイムマシンで、過去の偉人に『実際に』密着して書かれた伝記が大ヒット中。作家志望だった私にもチャンスが巡って来た。
私は世界を救った偉人、高畑願望の伝記を書くため、二十一世紀後半の日本に移動し、美木と名乗り、未来の技術を使って、彼の研究所に助手として潜入した。のだが、何だか暑い。いや、おかしい。
未来でぬくぬくと育った私には、日本の夏は少し暑過ぎた。サーモ・コントロール技術が低い現代では、かなり原始的な体温調整方法が行われる。私はリモコンで送風機を起動させ、氷を入れた麦茶のコップを頬に当てた。
「出来たぞ」
隣の部屋から大量の汗を滴らせたまま、願望が出てきた。手にはなにか青いボールを持っている。
「やりましたね。ノゾミさん」
と言ったのは、『ヤマモト君』と呼ばれている人間そっくりなロボット。羨ましいことに、暑い・寒いを感じる機能は無いらしい。
「ああ」
いつもなら「ドクターガンボーと呼びたまえ」などと言う願望も、今日みたいな猛暑日にはそんな余裕は無いらしい。
「それで、何を作ったんですか?」
私は毎度のことと今日は特に酷い暑さにうんざりしながら聞いてみた。
「うむ。実は地球温暖化にヒントを得て、周りの温度を上げるロボットを作ったのだ。その名も『氷河機』だ。名前だけでは温度を上げる機械には思えないが、実はこのように中が開くようになっていて、中の物を冷やすことで、周りの温度を上げることが出来る。つまり、我々は冷たいアイスでも食べながら優雅に世界征服出来るようことだ」
そう。このバスケットボールぐらいの球体を半分に開き、中の氷菓を見せびらかす男は、悪の科学者を名乗り、世界征服を目指しているのだ。こんなこと絶対書けない。
彼が世界を救うまで、あと十ヶ月。
「それって」
「それって、ただの冷凍庫なんじゃ」
私よりも早く、空気を読めないアンドロイドが淡々と事実を告げた。私は、アイスが食べたい。
「まさか、それ起動してませんよね?」
私は願望がその球型冷凍庫を閉めないうちに、彼に近付いて、アイスを一つ確保することに成功した。
「もちろん実験中だ」
「この暑さはそのせいか」
私はため息を吐き、元の位置に戻る。そして、送風機の微風を受けながらアイスの包み紙を破く。
「あ、美木君。私の発明を勝手に改造したな。台風Oは扇風機の代わりじゃないんだぞ」
空気中の水分のみで動く、この二つの意味でエコな送風機は、確かに未来人の私が困惑するような技術が用いられているが、プログラム面で見れば、現代の機器とそんなに違わなかったので、未来の技術で少しばかり改造させてもらった。未来のサーモ・コントロール機器に比べるとやはり原始的だが、無いよりはマシ。驚くことに、この部屋にはエアコンなどの空調設備が無いのだ。
「じゃあ、今日の発明は不発だったし、のんびりしましょうか」
がっくり肩を落とした願望が氷菓機を閉じたので、私が提案した。球体冷凍庫は地球儀のような模様が入っていた。海の部分は青いが、陸の部分は緑。スイカみたいだ。
「さて、と」
私が取り出したのは、未来との情報交換端末だ。これで書いた原稿を送ったりするのだが、こちらに来てから半年経って何も書いていない私に、原稿の催促のメッセージが来ている。こういう時に簡単に作家を替えられないのは、出版社側には頭が痛いことだろう。
「どうしようかな」
私が端末とにらめっこしていると、ヤマモト君が切ったスイカをお皿に乗せて持ってきた。現代の夏の良いところは、本物の野菜や果物が食べられるところだ。未来では効率の関係で食品は味が付いているだけの人工物がほとんどだったりする。仕事のことはしばらく忘れて、まずはこの幸せを堪能しよう。
そうだ。担当さんにもおすそ分け。私は端末を操作してスイカの写真を撮り、メールに画像を添付する。
『月下スイカ中』
これは苦しい。上手く通じることを祈って。
「いただきます」
私がスイカに手を伸ばすと、ヤマモト君が塩を持ってきた。塩?
「塩掛けないんですか?」
ヤマモト君が自分と願望の分のスイカに塩を掛ける。
「なんでスイカに塩を掛けるの?」
私がそう言うと、二人はしばらく私の顔を見つめた後、顔を見合わせ、それからもう一度私の顔を見た。憐れむような表情で。この前、初めて本物のバナナを食べた時にあまりに美味しくて、五房も食べた時から、たまにこんな表情をされる。確かにあれはちょっとやり過ぎだったと自分でも思うけど。
「スイカに塩を掛けると甘みが増すんですよ」
味覚の機能は人並みのアンドロイドがそう説明をするが、塩を掛けて甘みが増すなんて有り得ない。砂糖とかなら分かるけど、塩なんて掛けたらしょっぱくなる。まずは素材のまま味わいたい。私は手に持ったスイカにかじり付いた。やっぱり、おいしい。
「騙されたと思って掛けてみろ」
私が口に入った種をどうしようかと考えていると、悪の科学者がそう言って、私のスイカに塩を掛けた。
「ああ!」
そして、私の叫びを無視して二人は自分のスイカを食べ始める。私も諦めて恐る恐る一口食べると、確かにさっきより甘い。私が驚いて顔を上げると、二人がニヤニヤとこっちを見ていた。
そんなわけで、今日は願望の世界征服も上手くいかなかったし、書くことはありません。……あれ?




