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自作小説倶楽部 第5冊/2012年下半期(第25-30集)  作者: 自作小説倶楽部
第25集(2012年7月)/「台風」&「夢」 
1/38

1 奄美剣星 著 台風 『隻眼の兎の憂鬱/嵐の上り坂』

 魔法のアイテム「ピンクの長靴」をご存知であろうか。これを履くと、水上を軽やかに走ることだってできる。ときどき現れる時空警察官・隻眼の兎は、素敵なプレゼントを置いていく。

 南欧風のとんがった白い家々が建ち並ぶ住宅街は港を囲んだ高台の一角にあった。曲がりくねった坂道を一台の自転車が、ぎこぎこ、音をたてて駆け登ってくる。首に赤のリボン、白いブラウス、紺色地のチェックが入ったスカート、白いハイソックス。雨になればその上に透明ビニールの雨合羽で覆うことになる。ビニールで防水処置した竹刀袋を背負っていた。高校二年生の有栖川はスタイルを変えない。近づいてくるものが嵐であっても、「彼」であってもだ。

 坂道を褐色の濁流が押し寄せてくる。抗うようにペダルを踏む。上流からは木の枝葉、なんかが流れてきた。

 自転車ペダルのあたりまで水かさが増してきた。ほんとうなら重たくて漕ぐに漕げないはずなのに、漕ぐことができた。それで頂きにある自宅にどうにかたどり着こうというときだった。そこを、自家用車が阻む形で停車した。

 自家用車は、黒塗りのリムージンだ。ロールスロイス・シルバーゴーストという博物館にしかないようなクラッシックカーである。両側面にはスペアタイヤが付けられている。


「やあ、ハニー。何事も一生懸命な君は美しい。どうだい、自転車を降りて僕とドライブしないかい? 嵐の夜を情熱の眼差しでみつめ、二人はやがて朝まで口づけをする。ホテルの朝は、浜辺に望んだラウンジで、ハイビスカスで飾ったフルーツジュースのグラスに二本のストローを入れ二人して飲むのさ」

 呆れ顔の女子高生が訊いた。

「そういえば、前にもこの坂道で会ったことがあるわよね? 名前は?」

「僕かい? ダリウスっていうんだ。ダリウスといえば魔界王子のことさ」

 ダリウスと名乗った縦縞スーツの若者は有栖川の考えるところ最も理想的な美形である。カールした髪、銀色の瞳、長いまつ毛、めくれあがった桜色の唇。四肢は長く、百八センチというところか。気になるところといえば、耳の先が少し尖っているというところだ。そのあたりは悪魔的である。ドアを開け、彼女を抱きしめるべく手をハの字に開いた。いかづちが走った。

 なんと、有栖川が再び漕ぎ出した自転車は、軽やかにジャンプして、王子の顔を踏み台に、そのまま自宅玄関に着地した。ドアを開け、家に飛び込んだ彼女は、白紙上に塩をてんこ盛りにし、ワンカップのお神酒をお供えして、二拍一礼一拍をした。

.

 ぎゃぁああああ。

.

 仰け反る格好で座席にひっくり返った王子。ドアが締まり、濁流とともに、坂道の麓に小さくなり、そこで、BOMと爆発音をたてて消えた。ルックスは悪くない。しかし……。自家用車のゲージのところにはサイドカー仕様である黒塗りのKATANAが停っていた。

「お客さんよ」

 母親の声がする。

 (ええっ?) 有栖川は大汗をかいていた。リビングの椅子に腰を降ろす隻眼の兎とサーベルタイガーは、ピンクのエプロンをつけた母親と一緒にモンブランケーキを茶請けに、グリーンティーで満たしたカップを口にしているではないか。

 そのうち中学生の弟が、サラリーマンの父親が帰宅してきた。

「あ、兎のギルガメッシュさん。母さんのモンブランケーキいけるでしょ。手作りなんですよ」

「サーベルタイガーのエンキドウさん。フォーションのガンパウダーだ。けっこういけるでしょ。ゆっくりしていってください」

(あの、あの、シュールな展開なのよ。少しは驚け、私の家族!)

 慌てていたのは少女だけだった。窓の外は嵐である。

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