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34.

 夏至に近づくにつれ日が延びており、道場生たちが帰宅した後の静まり返った道場は紅く染まっている。

 飛梢は着流しに隻眼、時代劇の剣豪のままの見てくれながら、実のところ繊細過ぎる程繊細で優しいな男だ。吉鷹の報告に、

 

「そうか」


 と短く呟いたきり、視線を床に落としたまま吉鷹に向けない。


 義父が言いあぐねていることの検討はついている。吉鷹の今後のことだ。

 世間では吉鷹が志摩津家の次期当主、次期さまと言われているが、それは確定ではない。

 そもそも志摩津家の次期当主とは、主君筋と仰ぐ津久見家当主の執人――主君の身を守る者であることが第一条件だ。ただ、その守るべき主君がいなくなった。

 吉鷹にとっては守るべき主がいないのであれば、志摩津家当主の地位にはなんの興味も関心もない。ただ、義父や志摩津本家の家族たちには情も恩もあるから、もし当主の座を継いでほしいと請われるのであれば、自分のこの先の人生をささげる覚悟はある。


 一方で義父も似たようなことを考えている――もし、吉鷹が継ぎたいと望むのであれば当主の座を譲るし、志摩津から離れたいと望めば養子も解消し、吉鷹を自由にさせてくれようとしている気配を感じている。


 お互いに、自らの希望ではなく、相手の意思次第と思っているので、堂々巡りなのだ。


 大学入学時に近くのマンションに部屋を買ってもらったのも、道場から離れて就職することをすすめられたのも、志摩津の家から離れても良いんだという義父のメッセージだろう。


 ただ吉鷹自身に願望はない。

 うっすらと、志摩津の家から離されたら、と考えることはある。この世界に何の未練も興味もないから、たぶんその時は、志摩津の家になんの迷惑もかけぬよう自分が存在してきた痕跡をすべて消したあと、まったく縁のない異国の地でひっそり自分を抹消するかな、と漠然と思う。

 そんな考えも、義父は見透かされていて、吉鷹とどう話してよいのか考えあぐねている気がする。


 道場の中央に向かい合って坐したまま、互いに視線をそらして無言でいると、


「夕飯だ」と声がして、志摩津蓉一の巨体が道場に入ってきた。


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