31.
「じゃあ、気がすんだんだな」
「うん。ありがとう。
しーちゃんには助けてもらってばかり。いつか恩返しがしたいんだけど」
きみょうな悪寒に襲われて、吉鷹はゆびをひっこめた。
さきほどの檀とのやりとりを見ていても、予想していたよりははるかにまともで、愛情深いのはまちがいなさそうだ。
だがどうにもこうにも、この男と対峙していると嫌な予感がする。なにか面倒くさいことに巻き込まれそうな気がひしひしとするのだ。
「いや、いい。気持ちだけで十分だ」
「そお? 結香さんにもいっさい何もせず、今後他人のふりをするのがいちばんの恩返しだといわれたんだけど」
「ああ、そう……」
ということは長谷部結香も、コイツを野放しにしたらまずいと判断したのだろう。
それはそれで結香にまた借りをつくったわけだから、怖い。
「オレ、昔の記憶、ほとんどないんだ。一緒にあの洞窟で住んでいたんだ?」
「うん。
オレが施設から逃げ出して、山の中でへたばっていたとき、しーちゃんがみつけてつれてっくれたんだ。でも、ほかにも怪我した犬とか鳥とかもいたよ。みつけては連れてきて、元気になったら放していた。
オレもひとのこと言えないけれど、しーちゃん、かなり変わっていた。言葉が通じないし、毎日山の中からお供え物とってきて食べて、あとはずっと洗濯したり、生き物の世話していた。
ゆいいつ喋るのが、『鞍馬山のしーちゃんだ』という自己紹介だけ。人間じゃない、天狗か何かのような生活。
まわりに大人もいないし、なんか言葉をどんどん忘れていきそうで、結局オレ出て行ったんだけど、ごめんね」
「そう言われても、まったく覚えてないから」
「そしたらまた施設職員につかまって、いっそ死ねばよかったと思ったんだけど、そのあと一彦に買われて大切にしてもらったし、檀もそばにいるし、しーちゃんにも会えたし、うん、やっぱり生きていてよかったな」
「苦労したんだ」
「しーちゃんほどじゃないよ。いまのしーちゃん、辛そうだもの」




