29.
「迷惑というほどではないが、食事をしたくないらしい」
「聞いた。高遠の母さんから預かってきた」
風呂敷をひらくと、重箱と魔法瓶がはいっていた。箱の中身は握り飯に、卵焼き、煮しめ、から揚げ、果物とありきたりだが旨そうなものばかりである。魔法瓶の中身は味噌汁だ。食欲をそそる匂いが立ち上る。
「いい、食べない」とあらがう檀のあたまを香葉は殴りつけ、強引に卵焼きをくちにおしこんだ。檀が吐き出すと、いちど自分で咀嚼して口移しでたべさせる。ごくりと喉をうごかしてのみこむまで、背をやさしい手で撫で続けていた。
檀が握り飯を持ったまま、体をふるわせ泣きじゃくるのを、いつまでも撫でている。
香葉に抱かれて、ようやく檀はおとなしく食事を始めた。
あァ、そうか、と高遠檀の思考回路がおぼろげながら読めてくる。
こんな男でも、高遠檀にとっては絶対的なヒーローだったのだ。
香葉は檀を撫でながら口を開いた。
「高遠の母さんがお前の着替えと鞄をもって、下で待っている。結香さんが学校に連絡して、昨日の無断欠席は病欠にかえてもらった。食べたらすぐに着替えて、学校に行くんだ」
「でも」
「一彦の原稿が見つかったんだ。もうなにも心配いらない。
お前の家はむこう。オレにはオレの人生がある」
高遠檀は涙でぐしゃぐしゃになった顔で兄をみあげていたが、いきなり立ち上がるとひとこともしゃべらず、すべてを振り切るように道場から走って去った。




