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25.

 志摩津吉鷹は早朝の便所掃除を終えた後、刑事課に顔を出した。

 片隅の机に、神楽坂の料亭の仕出し弁当がひと山積まれている。

 きのうの夜は有名な焼肉屋の弁当がとどいた。どちらも署員全員分である。

 表向きはそれぞれの店からの自主的な差し入れとなっているが、高遠ファイナンスの社長、高遠六郎が事実上の代金を負担しているのだろう。

 

 職員に声をかけて弁当をふたつ持ち出し、少年課の宿直室へ向かった。


 高遠檀が『自首』したと知り、高遠社長は高遠ファイナンスの弁護士軍団をひきつれて牛込署に乗り込んできた。ご丁寧に、なじみの国会議員から圧力もかけてもくれた。

 はなから参考人程度にしか考えていなかった警察側はその仰々しさに面食らい、むしろ檀が本当に殺人犯ではないかと勘ぐったが、高頭檀の供述は自分が殺した、氷賀一彦が憎かったの一点張りで、具体的な話になると、ちぐはぐになったり、ぴたりと沈黙したりあからさまに不自然であった。


 未成年でもあり、保護者も来たので帰ってもらおうとしたところ、刑事、弁護士をまるきり無視した派手な親子喧嘩がはじまった。親子喧嘩というより、檀がいっぽうてきに憤り父親を責めたてており、父親が下手に出て、帰ってくれと懇願している。


 思春期ということをさっぴいても、帰宅を促す父親に憤る檀は不自然にエキセントリックだった。


 高遠檀という少年は、今でこそ高遠ファイナンスの跡取り息子だし、国内随一の進学校で、文武両道の誉れが高い精曄に通学している、環境にも才能にも恵まれた少年だ。

 しかし、その生い立ちにさかのぼると、姉は齢1歳にして餓死し、今なら児童虐待で逮捕されていたであろう母親は事故死。兄は養護施設から脱走した後、同性愛者に「買われて」養子となっている。ひじょうに不穏な環境の生まれ育ちである。


 表面だけは取り繕っていたが、不遇の原体験が檀の奥ではずっとくすぶっていて、ここにきて一気に爆発したのかもしれない。思いつめた檀を変につれだすと、行方不明になったり、なにか不穏な行動をするかもしれない。それよりは、警察に預かってもらうほうが良いと最後は弁護士が判断し、檀は警察に残った。


 高遠六郎は痘痕面の、背筋の曲がった小男で、ファイナンス業界でも冷酷さで有名だが、ひとり息子の檀を溺愛しているらしく、檀を署に残すと決まると、醜い顔をさらに歪めて号泣し、くれぐれも息子を頼むと床にはいつくばって懇願し、周りを困惑させた。


 そこからはじまった豪勢な弁当攻撃は、子守り代のようなものか。通常ならばめったに口にできないような名店の弁当に、これなら何泊してもらってもかまわんと軽口をたたく刑事もいた。


 宿直室に入ると、高遠檀はかべに背をつけ畳に座ったまま、抱えたひざに頭をつけていた。勾留ではなく保護なので、本や雑誌、菓子などもあるし、職員も手が空いたものが事務処理をしながら在席している程度だ。

 入ってきた吉鷹に気づくと、職員は無言で首をふってみせた。

 職員がしいてやった布団にはいった様子はなく、昨夜差し入れられた弁当も開けていないようだった。


 吉鷹は弁当を檀の前において、胡坐をかいた。自販機で買ってきたペットボトルのお茶も添える。


「いいかげん、腹すいたろう。朝食だ。

 こちらも相伴にあずかるよ」


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