24.
結香が自室にもどると、室内は月明かりがわずかにあるだけで、静まり返っていた。
狭い和室いっぱいに、ふた組の布団が敷いていあり、片方は丸く膨らんでいる。
枕元にはきっちりと重ねられた原稿がおかれていた。
結香は遠州行灯をひきよせて明かりを灯した。香葉にあかりがかからぬように回転させる。
起こさないように配慮したつもりだったが、もぞもぞと布団の塊が動いた。
「起こしたかしら、ごめんね」
「ううん、眠れなかったから。いい兄さんたちだね、だから結香さん、優しいんだ」
結香はあいまいに微笑して、布団の上によこずわりになり髪を梳いた。
優しいといわれることは多いが、それは結香の表層だけをみている場合と、深淵をのぞきこんで言った場合とでは、意味がちがう。
さて、この子はどちらなのかしら、と枕元におかれたままの原稿に視線を走らせる。あれだけ大騒ぎして必死に探していたのに、小一時間でずいぶんと淡白な扱いだ。まるでとうに内容を知っていたみたいじゃないか。
一枚目には、太く濃い万年筆で『薔薇の迷宮』とタイトルが書かれ、堂々とした手跡で氷賀一彦の署名がされている。
バラノメイキュウとまっさきに、氷賀香葉は志摩津吉鷹につげた。
なかなか大した迷宮をしかけてくれた。
これではあの単純力バカの志摩津の連中では、振り回されるだけ振り回されて、迷宮から出られなくなるのがオチだろう。
結香が柘植の櫛をおくと、「ねえ、そっちの布団にいってもいい?」と甘えた声がねだった。
結香がだまっていると、「一緒に寝たいだけ、言ったでしょ、オレ、そっち系じゃないから」とさらにたたみかける。
「ボクも君は対象外かな」
「じゃ、いいんだね」
氷賀香葉の身体は、子どものように温かい。仁資が貸したらしい木綿の浴衣を着ている。花の香りが結香の布団の中にひろがった。
「君はいつもいいにおいをさせてるね」
「一彦の姉さんの形見のアロマテラピーセットが部屋にあったんだ。
はじめ、あの家が広すぎてこわかったときにつかってたら、癖になっちゃったんだ」
結香は香葉のくびすじにゆびを這わせた。薄いむねをなぞり、角帯を解いて前を肌蹴てうちももに触れる。やわらかな粘膜を刺激すると、香葉は身体をこわばらせて息をとめたが、抗いはしない。
「どうしたの、色仕掛けにしちゃうぶすぎるし、嫌だったら逆らいなよ」
「逆らわないよ、オレ、結香さんに気に入られたいんだもの」
「言ったでしょ、君は完全に対象外。
ボクは年上が好きなの。男手ひとつで子育ていしているような、父性の塊のような人」
「一彦みたいな?」
「あーゆーひ弱なのは問題外。
もっとタフで、成功者でなければ。それでちょっとセンチメンタルっぽいのがいい」
「そんなひと、いるのかな」
「いる」
「そういえば、仁資さんも好きな人いるんでしょう――ううん、いた、のかな?」
「それはないでしょう、あんな野暮天に」結香は動揺をさとられぬように、香葉の身体からはなれて、布団を肩まで掛けなおしてやった。
「さあ、もう寝ないと。
明日からは忙しくなる――君の人生が変わるのだから」
香葉は素直にうなずくと、すぐに寝息をたてはじめた。




