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23.

『お前、ずい分とあくどいことばかりしているらしいな』

「そんなことない。能力に対する正当な報酬だよ」

『仁資から報告を受けたのだが、芸者ってのは費用がかかるのか。

 若くて可愛い舞妓にはそれなりに旦那もついて援助してもらえるだろうが、お前みたいに、トウがたった男では、着物代やらなにやらもちだしばかりで費用がかさむのではないかと、仁資はやきもきしていたぞ』

「はあっ? なんだよ、それ。

 あの男、いったいどこに目を付けてんだ。

 言っとくけどね、ボクのほうがね、ボクのひいき筋はね」


 結香がおもわず中腰になり、PCの画面をおさえてゆさぶると、時宗が片目をつぶってみせた。ぺっと結香も舌のさきを出し、ちらりと視線を背後にはしらせる。

 さきほどまで襖にはりついていた気配がきえている。


 やれやれと結香はため息をついてヘッドセットをとりだして接続した。

 マイクをくちびるによせ、声をおとす。


「で、なに?」

『まず、お前の意志をきく』

「そりゃあ弁護士だからね。あくまでも依頼人の利益を優先する。

 あの子が志摩津吉鷹の過去を掘り返そうとしない限りは。そこに関わるのであれば、別次元の話だ。


 まあ、根は悪い子じゃない。いろいろと騙してくれるし、なかなかの演技者だけど。

 ほんとうは、あの子に最もすくわれているのは兄さんだったりして。

 ねえ、肝心な時に高遠葉一に水割りをかけてしまったなんて、ドジだね、らしくもない」


 画面の中の日焼けた彫の深い顔が、にやりと人を喰った笑みを浮かべた。


『いささか腹が立っていたんだ。

 どう見ても似合いのカップルだったのに、周囲は自らの欲望のために気づかぬふりをしていた。ふたりとも健気だったんだ。かたくなに言葉もかわさず、視線も向けず、周囲の望みの通りに自分を押し殺して、痛々しかった。

 だからつい、手を出してしまった。

 若気の至りだ、見逃せ』

「そうだね、この作品の出版化、宣伝、映像化に全面協力してくれるなら許してあげる。

 ドラマ化とかいいなあ、キャスティング考えとこ。それでボクも撮影に立ちあうんだ」

『ずいぶんと乗り気だな』

「そりゃあ話が大きくなればなるほど、大勢の気が集まる。

 お祭り騒ぎだ。熱気がある。活気づく。楽しいじゃない。賑やかなのは大好きだもの」


 結香がはなやいだ声で両手を広げると、長谷部時宗はまなじりに皺を作り、微笑した。


『私はお前がそうやって、はしゃいでいてくれるのに救われる。

 お前の望みならなんだってする』


 不意の攻撃に胸がつまり、結香は前髪を手で降ろし、そのまま目を覆った。


「なんだよ、それ。泣かせるじゃない。

 なに企んでいるの」

『おいおい、信用ないな。本心だよ。

 頼みはあるけれどね。

 ひとだんらくついたら、香葉くんをこちらによこしてくれ。気分転換にもなるだろうし、そのあと始末をしておいてほしいことがある』


 結香は指をひろげ、隙間から兄を凝視した。

 アームチェアーにゆったりとくつろいで、湯気のたつマグカップをのどかにすすっている。


『葉一くんは弱くて甲斐性はないけれど、身重の香子さんをひとりきりにはする男ではない。彼女がひとりで香葉くんを育てていたというのなら、葉一くんは戻れない状況であったはずだ。

 彼が困窮した時、まっさきに頼るのは氷賀で、次が私だ。だが私のところには現れなかった。

 それが結論だ。


 だが過去の話だ。いまさら蒸し返してもなんの意味もない。誰の得にもならない。

 すべては秘密裏に。見当はついているのだろう』


 結香はゆっくりと手を動かして、顔から退いた。

 全身を弛緩させていた時宗はくつろぎきった体勢のまま、ほんの一瞬、家族にだけ通じる素早さで鋭い視線をはしらせ、また何食わぬ顔にもどる。


「まあ、いいけど。

 ボクはあれにさわるのは嫌だけど、ちょうどうってつけの体力バカには心当たりがある。口の堅さは超一級だ」


 時宗がくっと笑みを見せて、画面が消えた。


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