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18.

「もうすこし確認させてくれ。氷賀一彦氏の義理の息子は、全部でなんにんいるのか」


 崩れ落ちた、香葉の体を支えながら、仁資がまじめな顔でいった。いったいどこまでさかのぼって確認する気だか。次は縄文時代まで、話を戻すかもしれない。


「だからァ、香葉くんに対するどろっどろの執着? 愛情というか欲望がこの原稿の中身なんだって。

 風呂場をのぞいていたり、部屋に忍び込んだり」

「よく理解できないのだが、それは小説なのか。氷賀氏はなぜ、そんなものをわざわざ兄上に送ってきたのだろう」

「手紙には出版してくれとあったじゃない、さっきも言ったよ」

「そのようなものを出版する意図はなんだろう」

「そりゃあ売れるだろうからでしょ」

「もういいっ」


 香葉は叫ぶと仁資をつきとばし、油断していた結香から原稿をうばいとって両腕でかかえこんだ。

 傷ついた小動物のような仕草で、体をまるめて原稿を守る。


「一彦はちがう。

 オレの父親で、同居人で、オレを救って守って育ててくれた。まわりがどう思おうとオレたちはそんな関係じゃなかった。

 これは嘘だ、こんなもの誰にも見せられない」


 氷賀香葉のながいまつげに涙が滲み、みるみるうちに膨らんで零れ落ちる。

 その様子をじっとみていた仁資が、切れ長の目を結香にむけた。


「結香、お前は弁護士として、どう判断をする」

「弁護士として――? そりゃあ、依頼人の利益を最優先にするなら、大至急出版をする。

 氷賀一彦の存在を世の中に知らしめるには、これほど強烈な材料はないもの。これは自殺したばかりの氷賀一彦の遺書だ。しかも、かつての女性スキャンダルもひっくりかえす。

 文章云々についてはぼくは判断できないけれど、時宗兄さんの助力があれば大規模な宣伝もできるだろうし、権力のある出版社や編集者にプロジェクトを組んでもらって、かつての作品もまとめて売り出すことだってできるだろう。

 おそらく氷賀一彦もそれを期待していたはず」


 香葉は首を振った。

 原稿を両腕でしっかりと抱きしめたまま、ぽろぽろと泣き続けている。


「なるほど。

 でも、無理強いもよくないよ。すこしのあいだ、ひとりきりにしておいてあげたらどうだろう」


 行き詰ったら、いちどひいてみるのも、確かにテである。強引に説き伏せるよりは、長い眼で見れば早道かもしれない。

 たまにはいいことも言う、と思いながら、それを仁資に告げると図に乗りそうで、結香はつんとそっぽを向いた。


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