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13.

 嘘でしょ、うちの先生が個人情報を洩らすわけがない、青くなって呟く高遠檀を、氷賀香葉は背にかばい、結香に向き直った。


「あんた、なに言いだすんだよ、オレの弁護士なんだろ。オレの弁護してくれるんだろ」


 結香は木製のソファーにふんぞり返り、下くちびるをつきだした。


「そうだよ、ボクは君の弁護士で、そのこまっしゃくれた理屈バカのじゃない。

 君の利益と望みを最優先にかんがえる。

 いまは氷賀一彦の死亡を自殺として結論つけられて、捜査終了されるわけにいかない。だから犯人がいて捜査を足止めしてくれると助かる。君以外だったらなおありがたい」

「だからって檀におしつけるなっ。

 コイツはオレとちがって優秀なんだ。将来もある。オレなんかに関わってちゃいけない」

「それはどうかしら。

 だいたいおとつい学校抜けだしてここにきて、何をしていたのかしら。本当に氷賀一彦を殺したかもしれないよ。後々のことを考えるならなお、警察に調べてもらった方がいい」

「そんな必要あるかっ。オレの弟がそんなことするはずがない」

「そういう肉親の盲目的過信は間違っているよ。

 ボクは弟が世界転覆テロを起こしたって、そんなことをするはずがないなんて言わないよ」


 それは一般論じゃない。アイツならば、たしかにやりかねないと、長谷部結香の弟の浮かべながら吉鷹も思う。


「ああ、もういい。檀、お前はもう学校に行け」


 しっしと手を振る氷賀香葉を、高遠檀が蒼ざめた顔でみた。若いほおが張りつめ、震えている。


「僕、僕が氷賀一彦を殺しました」


 檀は視線をおろして、指の震えをごまかすように固く組んだ。背が低く、がっしりした体格で、全体的な印象は氷賀香葉とは似てないのだが、顔のパーツが似ているように仕草もやはり似ている。視線を伏せるのはこの兄弟が嘘をつくときの癖らしい。結香と香葉のやりとりを聞いて、自分が捜査の足止めをすればいいと察したようだ。


 名門精曄校の校章はダテではなさそうだ、と吉鷹が檀を観察していると、高遠檀は色素の薄い瞳をぱっとあげた。


「氷賀一彦が憎かった。アイツは兄さんをカネで買ったんだ。そのまま学校にも行かせず、外にも出させず、兄さんはこのままじゃダメになっちゃう。

 だから僕は兄さんを買い戻そうとして」

「買う? 買い戻すってなんだ?」氷賀香葉がほそい眉をつりあげた。「一彦はオレの恩人だ。オレは一彦に守られて救われた」

「違う、アイツは兄さんを金で縛りつけていた」

「いいかげんにしろっ」


 氷賀香葉がしろい貌を朱にそめ、手をふりあげた。吉鷹は本庁の刑事に耳打ちし、刑事が頷いたので、ふたりの間に入った。

 高遠檀の両肩を手でくるみ、引きよせる。


「署で話をきかせてくれるかな」


 高遠檀は視線をふせたまま、かたい顔でうなずく。兄の為になると思うなら、素直になるようだ。聡明だし、コツがわかれば扱いやすい少年だ。


 氷賀香葉が吉鷹をみあげた。色素の薄い瞳に吉鷹がうつる。不意に、鞍馬山の野茨に覆われた洞窟がよみがえる。氷賀香葉のくちびるがなにか言いたげに動こうとして、きゅっと結ばれた。

 結香が香葉の背にきつい視線を注いでいる。

 余計な事、とくに吉鷹の過去についてはなにも言うなと、厳命しているようだ。


 署からは徒歩できたから、徒歩で帰るしかない。

 来たときとは打って変わって戸惑っている本庁の刑事と村上を前に、高遠檀をつれて歩く。


「ねえ、刑事さん」と檀が吉鷹にささやいた。「あの人、本当に学校に電話したのかな。ウチの学校、けっこう個人情報とかうるさいはずなんだけど」

「しただろうね。結香さんは精曄のOBだよ。双子で学校をしめていた伝説の。聞いたことない?」


 こちらも前のふたりに聞こえぬ声で答えると、高遠檀はくちびるを一瞬ひいて、にっと笑った。

 吉鷹が結香とつながっていること、昨日の襲撃のこと、すべて察したようだ。


 結香は高遠ファイナンスのことも調べていた。当然檀の通学先も、勝手知ったる母校だと――長谷部結香の職業と性格を知っているなら無駄な抵抗はしないと、把握していたはずだ。


 吉鷹も片目をつぶってみせ、また澄ました顔に戻った。


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