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第1話 激情、溢れ出して

 

 

 「今回は手柄だったな、アルベルト。君が彼らから持ち帰った粉塵は、魔力を帯びた現象に指向性を与えるようだ。これに改良を重ねれば、この粉塵を用いて魔法攻撃に対する防壁を形成できるかもしれない」

 「そうですか」

 「討伐報酬で、五万。部隊の被害手当で、一万。特別報酬で、二万」

 事務机に金が積まれていく。僕の目の前で椅子に腰かけている男は、金貸しのように自分の机の下にある金庫から金貨を次々と取り出す。蝋燭(ろうそく)の僅かな光を何倍にも増幅させる、輝く山。

 気に入らない。目の前に築かれていく大金を、全てぶちまけてしまいたい。

 「ご苦労だった。次に配属する隊は、追って報告する」

 「――――――それ以外に何か仰りたいことは無いのですか、団長?」

 声が漏れ出す。いや、漏れ出したと言うにはあまりにも大きすぎる声だ。

 「どういうことだね?」

 「今回の作戦内容の不備に対する説明を、なにもされておりません」

 団長は、ひどく不思議そうな目で僕を見た。肥えた顔に、細い目。冷酷でも、温厚でもない愚鈍な男は解答を探しているようで、僕にもギリギリだがそれを待つ余裕があった。

 「作戦内容に……不備など無かった」

 頭を金槌で打たれた気がした。怒り。これまで経験したことがないような激情が全身を揺さぶる。腹の底から湧き上がる怒声を必死で堪えた。

 「我々の部隊にカテリナの追討命令が出た時点で、奴らがプレミオールの山に入ることはわかっていた筈です」

 プレミオール山。ほとんど整備されておらず、唯一の山道も幅が狭く騎馬も三騎が並ぶのが限界。高い木が密集しているため、山道以外は騎馬で走り抜けることすら出来ないその山は、追撃には不利とされていた。過去に追撃を強行した部隊もいくつか存在するが、その全てが伏兵に襲われたり、逃げ場の無いまま敵の攻撃に晒されるなどして全滅した。今回は追撃対象の能力を考えても、山には侵入せず別の策を採るべきだった。

 しかし、僕らの隊に下された作戦は“如何なる障害も無視して、最短時間で目標を追撃せよ”という内容で、神光騎士団の定石からは外れていた。隊長が作戦内容の変更を進言しても、取り合われなかった。

 「だが、見逃すわけにもいかないだろう、逃げていく魔女を」

 「ごもっとも。しかし、本来魔女の討伐は参加する部隊の人間を含めた、綿密な作戦会議を行ったの上で実行されていました。それを、今回は作戦通達から出発まで一時間も与えられなかった。加えて、作戦変更を願い出た我が隊長の進言も却下されたという。その理由をお聞かせ願いたい」

 「君たちなら遂行可能な作戦だと判断したからだ。現に、討伐は成功した」

 「優秀な騎士を七人失って、それが成功だと!?」

 遂に、声が抑えきれなくなった。慌てて、執務室の外にいた衛兵が入ってくる。

 「僕の隊の騎士は、敵の隙を作るための囮になりました。なるべく多くの人間が前に出て、それが追撃隊全部だと思わせる。敵は神光騎士団の部隊編成を把握しているから、少なすぎては後続を疑われるからだ。だが、元から小数の追撃隊。その中から敵に疑われないように囮を出すには、最低でも七人が必要だった。そして、囮の部隊と一定以上の距離を保ちながら攻撃後の隙を突いてあの山道を駆け抜けて、敵の一行に追い付くのは至難。追撃部隊の中で、それほどの速度が出せるのは僕だけだった」

 「作戦遂行の極限状態の中、適切な判断だった」

 「そんなことを言っているんじゃない! 僕が貴方に問うのは、なぜ僕らの部隊はこれほどまでに犠牲を要さない場面で、犠牲を強いられたのかだ!」

 団長の前にある机を思い切り殴る。しかし、団長は顔色一つ変えずに僕を見つめた。

 衛兵が僕を取り押さえる。両脇を抱えられながらも、なお叫び続ける。

 「他に幾らでも方法はあったはずだ。近辺の部隊と連動して、山から出たところを襲撃することも出来た。泳がせて、どこかの村に立ち寄ったところを拘束も出来ただろう。なぜここまで討伐を急いた!? なぜあんなにも無理な作戦を強行させた!? 理由を説明してください、セオドア団長! 納得できる説明をいただければ、僕も引き下がります!!」

 執務室から引きずり出されていく。衛兵を振り解こうとするが、彼らも大したもので、僕の上半身は蝋で固められたかのように動かない。

 それでも、唯一自由になる両足で必死に踏ん張る。団長が、口を開こうとするのがわかったから。

 必死に耳を澄ます。衛兵の怒号。その最中で、微かな団長の一言も聞き逃さないように。

 「――――――それを知っては、君が危ないのだよ。アルト=アーツ=アルベルト上級討伐員」

 首筋を衛兵の剣の柄で殴られる。たったの一撃で、僕の意識は容易に刈り取られた。



 目が覚める。酷い目醒めだ。首の後ろはすごく痛むし、押さえ付けられていた体も同様に痛む。

 僕は宿舎の自室にある簡素なベッドに寝かされていた。

 「お、起きたかアルト」

 同室に住むリオが座っていた椅子から腰を上げて、僕を覗き込む。

 「派手にやったらしいな。衛兵に連れて来られた時は驚いたぜ」

 「ああ……、すまない。くそっ、まだ頭がガンガンする」

 上半身を起こす。大丈夫、動く。

 衛兵たちは捕縛対象を容赦なく行動不能にすることがあるので腕の一本は覚悟していたが、どうやらそこまでは至らなかったらしい。

 「団長から、夕食後に出頭するようにって言伝だ」

 団長……正確には、神光騎士団司令官。簡易的に団員からは“団長”の名で呼ばれる。大元の騎士団のトップは騎士団長と呼ばれている。

 「そうか。こりゃ、解雇かなぁ」

 「ほんとに何やったんだよ、お前」

 好奇ではなく、憂慮の声でリオは訊ねてくる。あまり話したいことではないが、どうせ黙っていても何処からか情報は洩れるだろうし、それならば自分から話したほうがいいと思った。

 「――――――メルトア隊特別編成八名、壊滅。生き残ったのは、俺だけだ」

 努めて平静を保ちながら、端的に結果を説明した。

 「ふむ……」

 リオは静かに頷く。唸るような声を出しながら、先ほどまで腰かけていた椅子に座りなおした。

 「そうか……。メルトア隊長が」

 僕の隊長は、リオとも顔見知りだった。新人の教導官、神光騎士団のベテラン騎士。被害を何より嫌い、人材の温存を第一優先とする理想的な人格者(ロマンチスト)。彼にとって、今回のような形で最期を迎えてしまったのは、無念で仕方ないだろう。

 「追討相手は?」

 「光る息のカテリナ。プレミオールの山に入られることを前提で、命令が下された」

 「なんだそれ、まるで……」

 「やられに行ったようなもの、だろ」

 リオの台詞を奪う。そのことを他人に言われるのは、なぜか厭だった。現実、今回のような命令を下されたら誰もが思うことだが。

 やはり、不審な点は幾つもある。その点が解明されない限り、やはり隊長たちは報われない気がした。

 「で、団長に詰め寄ったわけか。気持ちはわからないことは無いけどな」

 「それぐらいしなければ、腹の虫がおさまらない」

 吐き捨てるように言い放つ。だが、先刻よりも怒りは収まっていることに僕は気づいていた。単に頭が冷えたのか、或いは執務室から引きずり出される直前に聞いた団長の言葉が、無視出来ない重さを持っていたからか。

 「まあ、やっちまったもんはしょうがない。何か調べたいことがあれば言ってくれ。俺も出来るだけ調べてみる」

 リオはそれでこの話を一応区切ったようだ。他人から見るとどうかは知らないが、僕はリオのこういう性格が好ましかった。相手の話を自分から訊ねるが、深い所へ潜るまでに切り上げる。相手も自分も辛くない深度を維持しながら付き合う。その後、相手から頼まれればさらに深いところまで協力する。

 抉り合うような干渉が嫌いな僕にとって、リオのスタンスはまさに願ってもいないものだ。

 「まあいいや。夕食に行くか」

 ベッドから立ち上がる。僕たちのような一般騎士は基本的に決められた時間に食堂で三度の食事をとる。年齢や出身地など関係なく歓談が自由に行われるそこは、僕たちにとって貴重な情報交換の場であった。恐らく、今回の件も皆に知れ渡っているだろう。質問攻めか、腫物に触るように扱われるか。どちらにしても、気が滅入る。

 「そういえば、昨日の食事の時に今回の件についての話題は出なかったぜ」

 「……?」

 その言に違和感を覚える。“昨日”の夕食の時点では、まだ僕は帰還していない。

 「まさか……、僕は一日寝てたのか?」

 「ああ。疲れもあったんだろう。昨日の夕方から今まで、ピクリとも動かなかったぜ」

 「…………」

 呆れた。どうやら僕は、自分で思っている以上の愚か者らしい。

 「おかしいな」

 自嘲気味に笑うと、リオは僅かに首を傾げた後にその意味を悟ったようだ。

 「夢に見なかったか?」

 「ああ。本当に。それだけ眠っていたなら、皆のことを夢に見ても良い筈なんだが。……薄情だな」

 「そう卑下するな。別に、それが全てじゃないだろ。とりあえず飯に行こう」

 リオが立ち上がる。他の騎士たちも移動を始めたのだろう。ドアの外はにわかに騒がしくなっている。早く行かないと、席が無くなるかもしれない。

 「今日は何が出るかね」

 「さてね。何か肉が食いたいが」

 二人で他愛も無い話をしながら部屋を出る。寸前、窓に叩き付ける風が急に激しくなった。

 


 僕たちのような身分の低い騎士でも、日常生活の水準は一般市民よりはるかに上だ。住の心配はとりあえず無く、職にあぶれることも無い。そして何より、三食が保証済み。

 今日の夕食はパンが二切れと野菜を煮込んだスープ、ソーセージとチーズ。

 市民は潰したじゃがいもやネズミの肉しか食べていないことを考えると、やはりこれは豪勢だった。

 食事は各々に一人前ずつ配給される。以前は大皿に乗った料理が長テーブルに置かれ、スープは大きな器に入ったものが同様に一つ。これを奪い合ったり、回し飲みしたりしていた。今考えると、自分でもどうかと思う不作法さだが、当時はそれが普通だったのだ。そして、その様子を見た現在の騎士団長―――といっても当時は新任だった―――が頭を痛めて、結局一人一人の分を元から分けておく方式となった。これによって、食事時の様子は一応見れるほどまで改善された。

 「おい聞いたか、あの南地区にある飯屋に嫁さんが来たって」

 「ほんとかよ。あの甲斐性無の店主にかい……。どうせミミズクみたいな顔してんだろう」

 「ところがどっこい、これが可愛いんだな、これが。確かに目はくりくりしててミミズクみたいだが、印象はどっちかと言えば小動物だよ」

 「子兎ちゃんか。いやぁ、いいねえ。久々に“狩り”に出たくなる」

 「やめとけよ、人妻だぜ。それよりも、西の賭博場が潰されたらしい」

 「またかよ。ったく、楽しみが無くなるなぁ」

 尤も、会話の下賤さは変わらないのだが。

 他の人間と言葉を交わすことなく、食事をとる。隣のリオも同様だ。周囲の会話に耳を澄ませ、必要な情報だけを拾いあげる。

 「やっぱり、僕たちの話は出てないな」

 「恐らく、情報統制がされているんだろう。相当隠したいことがあるって自分から言ってるようなもんだが……」

 「まあ、向こうがそこまでするなら、僕たちも無理には動けないだろう」

 喧騒の中で食事は進んでいく。騎士団と言えども、下の方にいるのはならず者や傭兵紛いの人間が多くなる。数年前に起こった隣国との小競り合いの後、戦力増強を見境なく行った結果がこれだった。

 「しかし、不味い。教会で出されていた食事のほうが数段マシだった」

 「贅沢は言えないだろう。外で食えるほど時間があるわけでもなし」

 二人で文句を言いながらも、しっかりと完食する。食べれる時に食べておくのは戦士の素質。メルトア隊長が教えてくれた最初のことだった。


 「君の所属が変更になる」

 団長は、変わらぬ声の調子で用件を伝えた。

 「それは、昨日の暴言に対する処分でしょうか?」

 「いや、あの件は不問だ。仲間を失い、錯乱するのもまた仕方ない」

 紙の束を渡される。下級騎士へとは言え、正式の命令書。上質の紙に必要事項が綴られている。

 「ルマク……。存じ上げませんが」 

 「この帝都から、南に五日。君には悪いが、いわゆる閑村だ。だが、収穫量や納税も安定している。しばらく療養するにはいい場所だろう」

 “療養”の二文字が宙に浮いたかのような違和感を醸し出す。

 「やはり、何も教えてはいただけないのですね?」

 問いかけには答えず、団長は葉巻入れを開けた。一本取り出し、先端を切り落とす。

 「君もどうだ?」

 「遠慮しておきます」

 手近な蝋燭を使って、葉巻に火をつけた。手馴れている様子には見えない。

 不味そうに紫煙を吐きだした。

 「いや、やはり君に分けよう。餞別だ」

 葉巻を五本渡される。不要とも言えず、仕方なく受け取った。

 「私には、それの良さがわからない。いつか君がわかるようになったら、教えてくれ」

 「自信はありません」

 「正直でいい。一日、猶予を与える。明後日の朝に発て」

 返事をする気にはなれず、首肯で応える。上官に対してはあり得ない非礼だったが、もはやすでにかなりの非礼は犯しているので気にしないことにした。

 特に咎められることも無く退室する。執務室を出ると、昨日と同じ衛兵が僕を睨み付けてきた。

 軽く微笑んで返す。ギョッとした顔の衛兵を尻目に、自分の部屋へと引き返した。



 翌日は朝から俄かに忙しかった。リオは邪魔にならないようにと気を遣ったのか、僕が出立の準備を始めると早々に何処かへ行った。

 私物は多くない。僅かな平服、毛布、防寒用の外套。筆記具、何年も使っている古びた手帳。簡素な鎧、剣。

 「いや、旅となるとこれは嵩張るな」

 愛槍、ハルベルト。斬撃、刺突、打撃、圧砕。一つの武器に詰め込めるだけの機能を詰め込んだ複合兵装。熟練した騎士でも扱いが難しい(これは彼らが剣や槍を使ってきたことを考えれば至極当然だが)のだが、僕は昔から愛用している。

 盾は騎士団からの借り物なので持っていけない。弓矢も同様だ。短剣は、前回の戦闘でちょうど使い切ってしまった。

 「借用物だからてケチるなよ、騎士団様よぉ」

 荷物を入れるための茶色い布袋には、まだずいぶん空きがある。あと必要な物は、携帯用の食料か。聞く話によると、目的地のルマクへは五日かかる。だが、途中の宿場町は三つ。町にすらなれない粗末な宿屋があることを期待したいが、そんな宿屋は大抵旅人狙いの強盗や美人局がいたりするので利用しないのが得策だろう。たとえ騎士でも、襲われる今のご時世では。

 そうなると、テントを利用した野宿が手段として思い浮かぶが、宿屋を利用するのと大して変わらないので却下。結局は、愛馬を戦闘時の速さで走らせるしかないのだろう。だが、それはそれで馬に負担をかける。これは腕の見せ所か。

 「まあ、一番文句言いたいのは宿場町を作ってないお偉いさんにだがね」

 独り言を呟きながら机やベッドを整える。恐らく、僕の代わりに誰かがこの部屋にやってくる。気を遣う必要はないが、綺麗にしておかなければ気分が悪い。

 「あ、あとこれも」

 机の腹の引き出しに入れてあった小さな肖像画を取り出す。春画(ポルノ)の類だ。これも持って行かなければいけないだろう。見つかると恥ずかしい。

 

 「支給金はこんだけ出してくれるのか……」

 支給されたのは一万レピオ。僕の一ヵ月の給金が五万レピオ。使う機会は無いので貯金してあるし、今回の討伐報酬もあるので旅支度の買い出しには困らない。だが、蝋燭五本が100レピオであることを鑑みると、支給金は多いか少ないか。

 携帯用の食料を僅かだが買う。あまり長持ちはしないし、道中の町でも買い足せるから多くは必要じゃないからだ。

 持って行ける荷物は多くない。愛馬の食糧は道中で“確保”出来るからよし。愛用品以外の物は持たない方が得策。テントは必要となれば道中で買おう。

 そう考えると、もう買う物が無くなってしまった。

 今日の夜にリオと飲むために葡萄酒を買う。中々の品。それでも微々たるもの。燻製肉も買う。

 都の思い出に博打でも打ってみようかと思ったが、気分が乗らないのでやめる。賭博場の饐えた臭いは嫌いだ。かといって女を抱く気にもなれず、そうなると昼間の帝都でやり残した事は一つだけになる。一番気は乗らないが、一番やらねばならないこと。

 「ああ、旦那。花をくれ。高くてもいい。上等なのを七つ」

 


 騎士団の墓地へ向かう。戦死した騎士全員が埋葬される。あの遺体の損壊ぶりでは、親族の到着を待たずに埋葬が行われただろう。

 一番新しい墓を探す。本来簡単に見つかるはずのものが無い。

 一面の芝生と花と墓標。その中で何かの手入れをしていた、墓地の管理を任されている教会の神父を捕まえる。神父に一番最近埋葬された墓を訪ねると、墓地の中でも木陰の、ひっそりとした淋しい場所を指差した。

 たった一つの墓標。刻まれたメルトア隊の文字。間違いなく、ここが彼らの終着点だった。

 こんなことをしても、今回の件は隠し切れるはずは無い。偽りは綻びを誘発し、いずれ訝しむ者が出てくるだろう。そんなこと、わからないほど幹部たちも愚かではないはず。悪足掻きとわかっていても、発覚を遅らせたいのか。

 足元をリスが駆け抜けていく。気づくと、肩に蝶が止まっていた。掴もうとすると、するりと逃れて飛んでいった。

 墓前に、持ってきた花をすべて手向ける。込み上げてくる思い出は数えようがない。古い顔馴染みも、最近出会ったばかりの者もいた。

 謝罪の言葉を口にしようとする。すまない、ごめん、どうして、僕のせいで、必ず、仇を――――――。

 「―――いや……違う。謝罪なんて、無いんだ」

 全ては僕の、そして彼ら自身の選択の結果。騎士になった瞬間から、僕たちは自分たちの命の決定権を持つ。隊長は、僕たちにそう言った。

 彼らはそれを行使した。その結果は否定できない。あの業火の中に消えた彼らの決断を、勝手に僕のモノにはできない。彼らが自らを盾にするとしたなら、その過程も結果も、全て彼らだけのモノ。それに対する謝罪なんて、何の意味もない自己満足。僕の心の安楽の為に、そんなことは出来ない。

 だから、誓おう。

 「―――貴方たちが誇れる騎士になる。僕がそちらに行ったら、歓待されるように吹聴しておいてくれ」

 告げて、その場を去る。もう戻ることは無い。

 風が吹く。腹の底から溢れる感情は、やはり怒りか悲哀か。

 「何を泣いておられるのです?」

 いつの間にか、目の前にさっきの神父が立っていた。

 「―――僕は、泣いていますか?」

 指で目の下をぬぐう。確かに、人差し指は確かに濡れている。

 「お話しになりたいことがあるのならば、お聞きいたしますよ」

 吐き出してしまいたい。いっそ、全てを赤の他人に話せれば楽になるのか。

 「ご厚意は嬉しいが、けっこう」

 「では、貴男様の内を駆け巡るその感情はどうなさるお積りですか?」

 息を深く吸う。喉元までせり上がってきていた感情を深く押し込める。

 「この激情は、僕の中で、来る日まで(たぎ)らせる。これをぶつけるに相応しい時に相応しい相手を得る日まで、ね」

 涙はもうすぐ乾く。出立まで、夜の帝都でやることがあと少し残っている。

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