プロローグ ~追撃~
小説を開いていただき、ありがとうございます。幸風と申します。
初めて投稿させていただきます。大変稚拙な文章かつ不定期な更新となりますが、どうかお付き合いいただければ幸せです。
また、若干ですが残酷な描写、性的な表現、百合的な要素を含みむ“予定”ですのでご留意ください。
感想、批評、ご指摘などをいただければ、これ以上の喜びはありません。
では、どうかお楽しみください。
――――――それは、神話と歴史の区別が曖昧な時代。魔法という言葉が、確かな現実味を帯びて、人々の口から発せられていた時代。
深夜、月すら陰る豪雨の中。山中を五騎の騎馬が走る。外套を纏い、フードを深く被った騎手たちの顔を窺い知ることは出来ない。彼らは、一騎を中心としてその前方に並行して二騎、後方に同様に二騎という陣形。あちらこちらに泥濘ができ、不安定になった山道を巧みに走破していく。
後方右翼にいた騎手が一瞬だけ背後を振り返った。
「……追手だ」
動揺の無い、落ち着き払った男の声だった。
他の仲間にも、動揺は見られない。
「何騎いる?」
「……七騎。速いな、追い付かれるぞ」
「騎士団の連中か。分が悪いな」
男たちの後方、幾つかの霞んだ影が現れる。影の速度は、男たちよりもさらに速いようで、じわりじわりと距離は詰まってきていた。
「教主様」
右翼の男の呼びかけに、中心の騎手が振り返る。
フードがずれ、顔が顕わになる。女だ。
「出番ですか……」
「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません。なるべく引き付けます」
後方の男たちは、懐から布製の小袋を取り出す。それの口を堅く結ぶ紐は元から解くことを想定されておらず、男たちは紐を食い千切った。
もう一度背後の影との距離を確認した後、袋の中身を撒き始める。
中身は、粉塵だった。雨の中で光り輝くそれは、地面に落ちることなく薄絹のように漂う。
男たちは粉塵の帯が途中で途切れないように量を調節しながら撒く。中心の騎馬が、後方の二騎の間へと下がってくる。
二人の男は、まだ粉塵のこぼれ続ける袋の口を、女の口へ寄せる。女は、それに静かに息を吹きかけた。
夜が明けた。いや、そう錯覚するほどの閃光だった。女の息を吹きかけられた粉塵の帯は、爆発的勢いで発火した。
男たちは、迫ってきていた七つの影が炎に呑まれるのを確かに見届けた。追手の鎧は一瞬にして溶解し、着ている人間は全身に纏わりつく鉄により大火傷を負う。さらに、熱された空気を吸った喉は火傷で腫れ上がり、呼吸を妨げる。溶解した鎧は雨で冷やされ、再び硬化し、彫像と化した追手たちは身動きすら出来ずに蒸し焼きにされたのだ。彼らの乗っている馬は辛うじて炎から抜け出すも、体の所々は炭化するほどの焼け焦げ、骨の露出すらも見られた。けれど、彼らは自分の致命傷に気付くことなく、しばらく弱々しく走り続けた。
粉塵を撒き終わった男たちは、七騎の騎馬全てが地面に倒れ伏すのを見届けてから、陣形を変更する。粉塵は一人につき一袋しか持っていないので、前方の二騎と交代して、次の緊急時へと備えるのだ。
――――――尤も、その陣形変更は同時に、彼らにとって最大の隙でもあるのだが。
後方左翼の男の頭が吹き飛んだ。何が起きたか、理解できる人間などいない。短剣の命中した彼は、眼球をはじき出された無残な姿のまま、馬から転げ落ちた。
「まだ何かい――――――!」
前方へ向かって叫ぼうとした後方右翼の男も、同様に後頭部を砕かれた。本来刺突に使われる短剣は、強烈な投擲の勢いにより石礫じみた威力を発揮した。
慌てて、前方の二騎が下がる。
叩きつける雨音の中に、蹄で地面を踏み鳴らす音が明らかに混ざる。
振り返って、彼らは追手の姿を初めて確かめた。
風に踊る外套、雨に濡れ煌めく鎧、跨るは赤毛の馬。
ハルベルトと呼ばれる複合兵装を携えた騎士は、男たちにとって紛う事無き死神だ。
「教主様、我らに構わず『息』をお使いください!!」
粉塵を撒く時間は無い。騎士の速度は尋常を凌駕していた。地面の状態など関係ない。騎士の駆る馬は滑るかのように地面を疾駆する。
女の息に指向性を与える粉塵を使わなければ、周囲は火の海となり護衛の男たちも死亡する。しかし、彼らの第一目標は女の生存であって、命を惜しむ理由は無かった。
男たちは腰に携えた剣を抜いて、迫り来る騎士に斬りかかる。左右同時の攻撃。騎士は眉一つ動かさずに、自らの得物を横一文字に振るった。
鈍い音を立てて、男たちの剣が折れる。その瞬間、男たちは騎士に追い抜かれる。そして、擦れ違いざまに再び振るわれる戦斧は男たちを胴から真っ二つにした。
一秒に満たない虐殺。騎士は女に肉薄する。
女は寸前まで息を吐こうとしていた。そうすれば、騎士は先ほどの追手と同じように焼き尽くされ、彼女は生き残る。だが、彼女は騎士の姿を間近で見た瞬間に、息を呑んでしまった。
騎士が得物を反転させる。戦斧の反対側の柄の先端に付いている、小さな槍。それを巧みに使い、騎士は背後を向いている女の喉を浅く切り裂いた。
女は呼吸を封じられた。けれど、致命傷ではない。なぜなら、騎士に与えられた指令は『なるべく傷をつけずに目標を捕縛、もしくは殺害』という内容だったからだ。
女の斬れた喉からは、火の粉が漂う。落馬する彼女を、騎士は地面に叩き付けられるより先に拾った。女の意識は既に無い。騎士は自分と馬の頭の間に女を入れると、踵を返す。
この日、『光る息』の異名で信奉され或いは蔑まれた魔女、カテリア=ルイは討伐された。捕縛された彼女が、そのまま死亡できたのか、それとも過酷な拷問の末に未だ何処かで生き地獄に閉じ込められているのか、知る者は少ない。
そして、彼女を討伐した騎士と、彼に後を託して盾となり焼き殺された仲間の名を知る者は、さらに少ないのだった。