誰かが君を愛してる
12月23日(火曜日) PM11:11
その雨は暗闇の中、ひたすらに強く翔太郎を打ちのめしていた。今日がまた終わる。
レインコートもなく、人通りも街頭も少ない裏道を走りながら、翔太郎の心は落ち着いていた。
塵機保持者となり、様々な生物的制約から解放された翔太郎にとってはバイクに乗っている間だけが休息になる。
ヘルメットを被っていればガイコツのような頭も隠せるし、ふいにすれ違ったり追い越す車を覗きこめば、後部座席に気持ちよく眠る子供たちを乗せていたり、見るからにクリスマスプレゼントと分かる小箱を助手席に乗せて走るドライバーも居る。
このときだけ、翔太郎も人と同じように演じられる。周囲のドライバーと言葉もなくとも、同じ流れの中に人間として参加できている。それが翔太郎にとっては嬉しかった。
通る車もない十字路交差点、信号待ちをしている間に赤信号の間だけ点くテレビ画面には、行方不明者の数が毎月激増しているというニュースが流れていき、その次に都市伝説の“ガイコツアタマのバイカー”の目撃情報が沖縄で有ったというニュース。
《…ジブン、沖縄なんて行ったこと無いんだけどなァ》
また強くなった雨足が翔太郎の呟きをかきけす。ニュースも云っているが、これは記録的な豪雨であるらしい。
シャワーのような勢いで降り続ける雨、油汚れの酷い食器とか置いといたら勝手にキレイになるんじゃないだろうか。自分のやってきたことも洗い流してくれないだろうか。
目覚めてから九ヵ月近く戦い続け、出会う塵機保持者を次々と倒し続けてきた。
あるものとは翔太郎を殺そうとする敵として出会い、あるものとは人間を殺そうとしている現場で出会い、あるものとは互いに塵機保持者と知らずに出会い、あるものは塵機保持者であることを苦悩し翔太郎に殺してくれと懇願してきた。
多くの敵や味方が居た。多くの人間や塵機保持者と戦い、死んでいった命。翔太郎が殺していった命。翔太郎が助けられなかった命。
翔太郎の身体にも、愛機シュタルカー・ヴィントにも、歴戦の傷は一つもない。戦闘中に幾度となく破壊されてきたが、その都度、塵機によって傷口を修復する。
人間はもっとも馴染みの深い無傷な状態を覚えているもので、その認識を元に再生するため、彼らの身体には戦いの形を残すことはできない…雨が降り止まないまま、翔太郎は目的地に着いた。
《…待たせましたか?》
「いいや、俺も今着いたところよ」
夜の公園。広く草花もキレイに手入れされているいい公園だが、遊具が少ないため子供たちからの評判はイマイチ、そして見晴らしが良くトイレが遠いことからホームレスの方からも不人気。
ならば、誰にならばウケが良いのかといえば、こんな場合。男と女が夜に遭うために。
その女はあの時となにひとつ変わっていない。改造セーラー服に長すぎるマフラー、布の面積は多いのに肌の露出は多め。その女の本名は知らないが、なんと呼べば良いのかは判っている。
「話を聞くには…あんた、クロスファイヤの隊員のどっちかなんだって?」
既に塵機保持者の中では翔太郎の話は有名になっているらしい。惑星番長から塵機を受け継いだ男が倒し続けているということは。
《思い出せてはいませんけどね》
「俺は覚えてるけど。あんたたちふたりは、全部の敵の中でも敢闘賞ものよ?」
気軽な昔話をするように、というより惑星番長にとっては本当にそれだけの意味しかないのだろうが、その平然とした態度を受けても翔太郎の心も大きな揺れは存在していなかった。
親友や自分自身を殺した女が目の前に居ても、記憶がないせいで感情的になれない自分に対して憤るのも毎度のこと。
《…初めていいですか、雨が止んだら困りますから》
「ええ、そうね。今日は本当に良い天気…力比べにはこの上ないわ」
ハイテクの塵機といっても、しょせんは小さな機械に過ぎない。
こんな状態で臨界自由状態になりでもすれば、ひとつひとつの塵機は雨粒の衝撃や表面張力で完全に破壊される。
無論、雨粒が当らない塵機もあるだろうが、大幅な塵機の減少は避けられない。
臨界自由状態という緊急回避がなくなれば、塵機保持者といっても真っ向から激突するしかない、お互いに逃げの手がないのだから。
「一度目は炎の中、二度目は水の中…次はどんなシチュエーションを用意してるの?」
《次はありません、ここで終わらせますっ》
言葉と同時に翔太郎の左腕を赤い炎が包み込む。燃えているわけではない。全身の塵機が少しずつ発散した熱を炎に変え、その炎を固体化させる。
物体は熱量によって姿を変える。氷を暖めると水になり、お湯を経て蒸気になる。さらに熱量を上げた姿がプラズマ体。
炎とはプラズマの最も一般的な姿であり、その熱量をそのままに固体のように固めておき、塵機保持者の全身を構成する塵機に対して一気に放出して燃やし尽くすことが可能。。
多くの塵機保持者を破壊してきたシンプルな攻撃手段、それが固形雷打による直接攻撃。
「いいねえ、じゃあ…そういう対決、行ってみるっ?」
惑星番長はモーションもなく、当然のように全身に赤い鎧を出現させる。翔太郎には不可能である固形雷打で全身を覆うだけの出力が彼女の塵機にはあるらしい。
《固形雷打燃消拳…ッ!》
これからすることを言葉にすることで、強くイメージする。強くその炎を明確に作り出すように塵機に指令を出す。
一度でも高く、一瞬でも速く、この一撃を叩き込むために。
「それなら俺の方は、ソリッドプラズマ…ええっと…アーマー…じゃ、弱いわね。ドレス…うん。固形雷打弩烈守、こうね」
わざとらしく、固形雷打でスカート部分も作り出してみせる。全身を薄くし、概観だけのために捻出したスカート。防御力も攻撃力も落ちているはずだが、それでも片腕だけの翔太郎よりは強いだろう。
互いに間合いを詰めず、一定の距離を開けて構える。
惑星番長は翔太郎の隙を突いた攻撃を楽しみに待つ。そのために構えを変えたりしながら隙をいくつも作ってみせるが、翔太郎はその挑発に乗らない。
男を誘う女なら脱ぐに限る、とばかりに惑星番長は次々と固形雷打に薄い部分を作っていく。時にはヘソや胸元など、致命的な部分の肌を晒し、雨粒を滴らせる。
だが、翔太郎は攻撃しない。
――怖い――
こんなに力が違うなんて、翔太郎は思っていなかった。
同じ塵機保持者同士で、こんなに違うなんて…生身だった翔一や弦太郎のときでもいいところまで戦えたんだから、今なら互角には戦えるはずだった。
だが、あのときよりも惑星番長は強くなっていた。圧倒的なまでに。
――調子に乗った。他のザコ塵機保持者と一緒だと思った。悲劇のヒーローを気取った。いい気になってました。消えたくない。世界のヒーローだと勝手に思ってました、許してください、ゴメンナサイ、消えたくありません、どうすればいいんですか、どうすれば、なにを、速く死にたくない消えたくない壊れたくない消えたくない生きていたいカッコヨク瞳美が待ってて――
命乞いをしなければならないが、そんなことをすれば惑星番長の気を悪くするだろう。怒らせてしまうかもしれないし、逆効果だ。まずこの場を生き延びなければならない、
「ねえ、俺さ、これでも女なんだけど、女待たせて楽しい?」
彼女の下駄がカカっと泥を払うようにブランコの支柱に叩き付けられ、彼女の太股の上から水滴が跳ねる。
野球拳で云えばあと二回で敗北が決まる、そんな状態まで素肌を露出させている惑星番長。恥じらいもなくゲームをしているように翔太郎を待ち構えている。
《え、あ、いや…》
「う、うあああわあああああああッッ!?」
なんと云えば良いのかすら分からなかった翔太郎の言葉を遮ったのは、豪雨の中でも特に甲高い悲鳴だった。
ふたりが視線を向ければ、そこにはレインコートを羽織って腰を抜かしためがねを掛けた中年男性と、その男にそっくりなめがねを掛けた女の子だった。
「…ちょっとぉ。グズグズしてて邪魔まで入るとか…冷めるわ」
ちっとも冷めている様子のない固形雷打の一部を分離し、両腕に一本ずつの大振りなナイフとして定着させる。
《逃げてください、頼むから!》
逆効果だ。こんな状態で翔太郎のようなガイコツアタマの怪人がこんなことを云っても混乱させるだけ。
既にその親子らしいふたりには、ずぶ濡れになった身体を引きずってこの場から離脱するだけの気概はない。
そんな親子に惑星番長は、面倒な仕事を押し付けられたように、さっきまでのテンションから一転して、ひどく退屈そうに炎のナイフを投げつけた。
――護れるッ、ジブンも固形雷打を分離して投げるか…それなければシュタルカー・ヴィントを遠隔操作すればいい、助けられる、助けろよッ!――
翔太郎が頭の中で自分のすべきことを反芻する間に、炎のナイフは親子に突き刺さった。一本は狙い通りに父親に、もう一本は混乱しながらも娘を庇った父親にダメ押しとして。
《ぁアヲアアアアアアッッ!》
身体が動かなかったのか、心が動かなかったのか。そんな理由を考えている時間はない、今度こそ動かなければならない。
翔太郎は泥の中を這うように進み、親子の下へ行き、父親の腕の中から娘を引きずり出した。
「お父さっ、お父さァんッ」
娘さんの言葉に応えることはなく、父親の肉体は固形雷打の特性によって燃え出し、灰も残らず、残ったとしてもこの豪雨が全てを洗い流していく。
ひどくあっさりとした、何事もなかったかのような死だった。
「や、やああああああッ! 父さ、お父さぁァーーッ!」
「うるせーよ。お前らみたいなゴミなんて俺だって殺したくねーよ」
本当に面倒そうに惑星番長は炎のドレスの形を修復しつつ云う。ナイフとして投げた分なんて彼女にしてみれば減っていないも同然。露出が増えた様子もない。
《逃げてくれ、な? ここは危ない、だから…逃げてくれよ、ここは俺が…私が、なんとかするからッ!》
翔太郎には既に当初の惑星番長を倒そうという意識は消えており、自分も死にたくないが、それ以上に自分の前で誰かに死なれるのが嫌だった。
これ以上、誰の涙も見たくなかった、だから死を覚悟で戦いを挑む…聞こえはいいが、翔太郎のその思いはただの逃避。
《な? 歩けるか? 歩けるだろ? 速く逃げ…て、く…れ?》
腕の中の少女は、涙を流していなかった。
それどころか、明確にその瞳の中に殺意を燃やしている。父親を奪った翔太郎と惑星番長に対して。
どこかで翔太郎も知っている。覚えがある。記憶がある。今の翔太郎よりも強く輝くそれ。
「ねえ、俺も続きをさっさとやりたいんだけど…」
《シュタルカー・ヴィントォーッ!》
愛機を塵機で遠隔操作し、翔太郎は強引に少女を乗せようとするが、少女は何をされるかと思ってか、暴れる。
《さっさとここを離れろ! お前の親父の死を無駄にしたいのかッ?》
言葉は通じないのは翔太郎には判っている。大事な人が目の前で死んだときに他人の言葉が耳に入るわけがない。
そう、判っている。思い出した。翔太郎はこの少女の瞳を知っている。“かつて自分も同じだったから”…だからこそ死なせない、思い出させてくれたこの娘を。強引にベルトで巻きつけるようにし、翔太郎はシュタルカーヴィントを走らせていった。
「…で、初めていいのよね?」
《ああ、掛かって来い。あのときの…続きだ》
自分が許せなかった。
毎日してきた自己嫌悪だが、その中でもぶっちぎる自分を殺したいほど…少女の眼は、あのときの自分自身の眼だ。
怒りだ。憎悪だ。憤りだ。理不尽な出来事に対して、心の温度が上がりすぎてプラズマ化するような…あれを見るまで忘れていた、そんな自分に腹が立つ。
親友はなんのために死んだんだ? 瞳美を幸せにするためだろう? それなのに彼女を置き去りにして戦い、そしてあの惑星番長に命乞いをしようとしていた自分。
今までの小野寺翔太郎という殻を打ち壊す、不健康なほどの心の動き。 間違いなく削除しなければ正常ではいられないほどの感情。
――そうか、だからジブンは記憶を失っていたのか。こんな怒りが有ったら…おかしくなってたな――
塵機の自己防衛機能。 ぶつける対象のない感情は肉体をも破壊する。
惑星番長という捌け口がない状態で、これだけの感情だけが有ったなら…結果は惑星番長以上怪物が誕生するか、翔太郎の死を意味していただろう。
《アアアアアアアマアアアアアゾオオオオ~ォォゥッォ!》
怒りを熱量に変換するイメージ。感情を爆発させる。翔太郎の心がデータとしてひとつひとつに記録されている塵機が、その熱量をプラズマとして発散していく。
樹木が枝分かれして生えるように、固形雷打が伸びていく。その熱は周囲の雨粒を蒸発させ、公園内をどんどん溶かしていき、もちろん、惑星番長のドレスなんて比較にはならない。
「あーあ…負けちゃったか…いいよ、あんたにならやられてもいい。俺が弱かったんだもんね」
死への恐怖も既にないらしく、惑星番長は逃げもせず、全身が溶けていく中でも平然としている。
《…お前…死ねると思っているのか?》
「は…?」
《塵機は全体でひとり…ひとつでも本人そのものだ。だから…お前の塵機をひとつ、そのままジブンの中に取り込ませてもらう》
そう云った翔太郎の体内では、今まで倒し取り込んできた無数の塵機保持者たちがひとつずつ残っている。
最初は情けのつもりだった。一片でも残っていれば残っていれば死んだことにはならないし、その方が翔太郎も楽だった。
しかし、違うのだ。取り込まれた塵機保持者たちは全く同じリアクションを取り続けた。
「冗談でしょ、翔太郎…ッ?」
《本気だよ》
既に翔太郎の熱で多くの塵機を失い、辛うじて頭部だけで形を保っている惑星番長の元々血なんて流れていない顔から血の気が引いていく。
固形雷打を生み出そうと暴れまわるが、もう遅い。
「い、いやぁああああッ! いや、いや! 殺す人間の居ない空間なんて…殺せる腕もないなんて…や、やめ、アァーーッ!」
《お前は…ジブンの中で苦しみ続けるだけの塵になれ。 考えるしかできない、人を殺すことしか考えられない、狂うことも死ぬこともできないまま》
だからこそ翔太郎は消し続けてきた。無数の塵機保持者たちと対決し、相手を消し去り続けてきた。
死ぬことだけが救いだとは思ってないが、不幸でないことが幸福だとするならば、塵機保持者たちにとって消滅は幸福なのかもしれない。
「待って! 俺、知ってるよ、あんたが…誰なのか! 教えて欲しくない…驚くと思うよ、あんたは、なんと」
静かに、翔太郎は惑星番長の口に手をやった。
《…どっちでもいいよ。どっちにしてもジブンは…誰も幸せにできない》
そのまま翔太郎は口を塞いだ手を基点に、惑星番長の全身を燃やし尽くし、眼には見えない微小なひとかけらを体内に封じ込めた。
自分が弦太郎だろうと翔一だろうと…そして、それ以外でも、彼のすることは変わりない。
《あと…三百九十八体》
一週間前に出会った幻魔大聖を名乗る塵機保持者から教えられた技で、この地球上に残る自分と共鳴する塵機の種類を感知する技能。
量子リンクの波長係数を利用する技だそうで、原理的には宇宙の果てだろうとなんだろうと見逃すことはないらしい。
雨が上がり、夜が明け、シュタルカー・ヴィントはあの少女をどこか安全な場所に降ろし、戻ってきていた。
《なるほど、時間がない、ってわけだな》
親友の死に様を思い出したとき、そのデータによって翔太郎は自分を構成している塵機たちが変質していくのを感覚として理解していた。
翔太郎は記憶がないからこそ人間に戻ろうとしないから殺人衝動がない、少なくとも翔太郎はそう認識していたが、僅かながら記憶を取り戻し、はたしてこれからも無事にヒーローでいられるのだろうか。
いかなる種類の苦痛も快感に変換する塵機精神外科手術。
だが、その技術は人間の正義と平和を破壊し、人間を全自動殺人機へと変えることを可能としていた。
小野寺翔太郎(仮名)は、塵機によって親友の命と己の記憶を奪われながらも、人類の自由のために謎の全堂電器を相手に戦うべく、敢然と立ち上がった!
行け、仮面バイカーッ!
行け、スカルライダーッ!
行け、誰でもない男ッ!
いつか自分を取り戻したとき、泣くことや幸せを、自らの意思で掴み取るために!
後半、某光の国の巨大宇宙人の曲ばっかり聞きながら書いてた。
平成組はヒーローソングっぽくないカッコイイ曲も多いので、こっちもオススメ。
あとがきは↓
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