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FORGET MEMORIE's

 3月2日(日曜日) AM4:27


 過ぎ去りし過去、千九百三十五年。

 とある男が好奇心という神に従い、一匹の猿で実験を行った。

 まずは頭の毛を剃ったが、坊主頭が見たかったわけじゃない。

 次に肉を切ったが、サルのガイコツが見たかったわけじゃない。

 そして骨を割って脳を露出させたが、猿の脳味噌踊り食いがしたかったわけじゃない。

 もっとシンプルに、脳における理性と本能を司る前頭葉を取り除きたかった、取り除いて猿が生きていられるのかが知りたかった。

 猿は死ななかった。それどころか、チンパンジー独特の凶暴性が無くなり、それは外科手術によって人間性の矯正ができることを意味し、すぐに人間への転用が研究され、人格の改変が実際に行われた。



 魂は存在するのだろう。しかしそれは二キロに満たない肉の塊に付随する幻のような存在でしかないのかもしれない。



 それから長い年月が経過し、過去として風化した頃、静かに世紀末へと近づいていく。

 人類は未だに多くの問題を抱えながらも未来へと邁進する人類に訪れた次なる危機、それが全自動殺人機(オートマティック・キラー)事件だった。

 脳のちょっとしたバランスのせいで人間は苦しむ。どんな言葉で隠しても苦しみは止まない。

 だから止めた。ストレスが多いならノルアドレナリンを抑えるためにシナプスを“調整”すれば、どんなストレスも感じない。

 自己嫌悪に陥るようなら、その部分の脳を鋭敏にするか鈍重に“調整”さえすれば、望むとおりの自分が手に入る。 それこそ己を磨いて自分が待ち望む真の自分、すなわち神へと至る術。空手道が、仏教が、恋する乙女が、アスリートが、自己啓発セミナーが、皆が目指した完成形、それこそが…。



 《塵機精神外科手術ナノ・ハートクリア?》

 拘束のバンドを解かれてから、両手に箸を構えて“彼”は病院食を玉入れ競争のように口に放り込んでいく。しかしそれでも喋ることを苦にしない、口に入ると同時に米も漬物も煮物も消えているように飲み込んでいる。

 既に何人分食べたか分からないが、食べるのをやめると更に不安になっていく。自分が何なのか、何をすべきなのか、それすらもわからないまま。

 「そう、塵機(ナノマシン)で脳を最適化する新技術…ああ、塵機っていうのは小さい機械。バイキンより二回りか三回り大きいくらいで…」

 《ニワトリのような機械。そのニワトリは雑食でなんでも食べて卵を産む。その卵からは親と全く同じ姿に成長するヒヨコが生まれる…?》

 女医の説明を遮って、箸を置いた“彼”が淀みなく呪文のように言い切ったそれはアセンブラ・ナノマシンの基本的な説明であり、大好きな歌を口ずさむように自然に出ていた。そういう切り替えしをされれば、女医も月並みな補足を付け加えるだけ。

 「そう、まさにそう。 塵機(ニワトリ)は周囲の原子(エサ)を食べて、自分と同じ(コピー)を作っていく構築者(アセンブラー)、だから倍々で増えていく」

 この説明に“彼”は納得、というより既に知っていたわけだが。

 さらに注釈するなら構築速度とは、その鶏が卵を生む速度のことだ。

 自分と同じものを組み上げるのに一時間掛かるなら、一時間で二体、二時間で四体、三時間で八体、となる。

 ちなみに完全なアセンブラーとして世界で始めて開発されたものはフォトンエッジと呼ばれる光の刃でナノより細かいピコという単位で構築しており、それは自分自身を複製するのに十一ヵ月を要した。

 「あなたが所属していた特務部隊は塵機精神外科手術の開発者、全堂全一の確保が任務だった…そう聞いているわ」

 《ぜん…どう?》

 “彼”は忘れてしまったが、忘れてはいけない名前だったことだけは理解している。

 その名前を聞けば、名状し難い憤りが胸の奥から込み上げてくるが、その感情とは別に、“彼”の理性は女医の奇妙な一言を聞き逃さず、次の質問を選んでいた。

 《あの。どうして、ジブンがそのクロス・ファイアの隊員だと? ジブンが誰か分からないんじゃないんですか?》

 「発見時の状況よ。あなたはクロス・ファイヤの制服を着て倒れていた。個人識別用のマーキングは爆発で吹き飛んでいたけどね。

  それに焼け残った監視カメラの映像では改造セーラー服の女が他の隊員たちを何らかのナノマシン攻撃で殺害、小野田翔一と寺井弦太郎との戦闘になっていた。状況証拠的にあなたはそのどちらか、ということになるわ」

 オノダショウイチ、テライゲンタロウ。それらの名前に“彼”は自嘲気味に笑っていた。

 完全に知っている名前、他人ではない名前、だがそれでも思い出せない自分の滑稽さ。

 女医は病室備え付けのロッカーから紙袋をふたつ引き出し、そこからいくつかの財布やカード入れを取り出し、食べ終えた病院食の隣に置いた。

 キーチェーンで鍵やストラップがジャラジャラと付けられたものと、それとは対照的に何も付いていない物。女医はそこから一枚ずつA4サイズの紙を探し出し、“彼”に手渡した。


 寺井弦太郎

 身長:176センチ

 体重:81キロ

 血液型:O型

 満年齢:31歳

 誕生日:11月25日(庚辰)

 隊員番号:CF―て20964



 小野田翔一

 身長:176センチ

 体重:78キロ

 血液型:AB型

 満年齢:25歳

 誕生日:7月10日(丙戌)

 隊員番号:CF―て20512



 顔写真の張ってあるしっかりとした診断表。バーコードや刻印、読み方の分からないようなマーキングも多い。

 健康診断か何かの書類らしいが、“彼”はその二枚の写真にはもちろん見覚えがあり、そこで気がついた。

 《…ちょっと…待ってください…? どうして、ジブンが誰か、分からないんですか? こんなにしっかり分かってるのに?》

 確かに身長や体格は近いものがあるが、それでもしっかりと計測すれば違いあり、血液型すら違う。

 爆発から救助されたとしたら、怪我の治療のために血液型だって調べられただろう。それだけでどちらかなんてわかるはずだし、それ以前に顔だって雰囲気から違う。

 弦太郎の方は屈強健全な額に傷のあるしょうゆ顔、翔一の方は清潔そうな黒髪の美青年。顔の系統が全く違う。

 「…説明が遅れたのはごめんなさい。でもね、まずは落ち着きなさい」

 云われるままに深呼吸をしてから、“彼”は自分の顔に触った。

 包帯が巻きつけてあるのはわかったが、包帯越しに顔のさわり心地がおかしい。マネキン人形を触っているようで。

 困惑する“彼”を差し置いて、女医は手馴れた様子で包帯を解いていく。

 「鏡はこっちにあるわ、落ち着いて見なさい」

 病院の個室に備え付けられたバスルームの洗面台に招かれ、“彼”は見た。そして触れた。

 自分の顔に見覚えはない、写真とも違う、誰でもない、それどころか人間ではない。肉ですらない金属製の工芸品、ホラー映画で見慣れたその形…“彼”は絶叫し鏡を叩き割っていた。

 興奮したまま放った一撃は、鏡を洗面台ごと叩き割っている。壊れた水道管の噴出した水がシャワーのように降り注ぎ、熱くなった“彼”の頭に降り注ぎ、そのまま秒針が刻む音だけを聞いていた。

 いつの間にか離脱していたのか、部屋の外から静かに見守っていた女医に、“彼”は人で無くなった眼を向けていた。

 《なんなんですか、“これ”はッ…? ジブン、どうなってるんですかッ?》

 「…実はね、あなたのことを誰も治療していないの。発見された時点で怪我なんてなかった。最初からその姿だったの」

 《そんなバカな! 大きな爆発だったんでしょうッ? 何人も死んだ。そんな中でどうし…て…?》

 心身を問わず、いかなる傷をも治せる治療方法。それを破壊することが自分たちに課せられた使命。

 分かっている、それを許さないために自分たちは命を懸けた。

 「もう二十年くらい前の話。ある家族が居たわ。祖母・父・母・息子ふたりの五人家族…色々な問題を抱えていたんだけど、その家族の問題は即座に解決されたわ」

 包帯を頭に巻き直しながら呟いたその名前はぼやけた脳でも思い出せる。

 《最初の…塵機精神外科手術ナノ・ハートクリアの実例、八手一家事件…ッ!》

 根深く記録されている。それはひとつの家族を破壊…いや、完成させ、そして世界を揺るがすことになった事件だった。

 色々なことが起きすぎて、既に“彼”は自分が何を考えればいいのか、何を考えているのかすら分からなくなっている。

 頭は冷えている、生身の頭だったときとは比べ物にならないほどに冷えている。 だが頭の中が片付いておらず、おもむろに窓へと向かい、カーテンを思いっきり開けた。

 空を見たかった。青空でも夕暮れでも星空でも、極端な話、雨風が吹き荒れる台風の空でも良かった。

 だが、これは予想していなかった。軍迷彩色(ミリタリーカラー)の戦闘ヘリが、無音でホバリングしているとは。

 「え…ッ」

 引き伸ばされた一秒。感覚だけがヘリで運搬されている五人の姿を“彼”に察知させた。

 一人乗りのコクピットで運転手として笑顔の可愛い赤い服を着た中年女性が操縦し、本来はそれで定員ちょうど。

 本来の戦闘ヘリはひとりで運転しミサイルを放つ強襲兵器だが、今はミサイルポッドの代わりに、ジャングルジムで遊ぶ子供のような体勢で青・黄・桃・緑色のライダースーツを着た老若男女がぶら下がっている。

 《止まるなッ、ヒトミッ!》

 ヒトミという名前がなんなのか分からないまま“彼”は叫び、それを合図にするように例のカラフルな四人が主翼を軸に病室へと飛び込んできた。

 これで窓を破って入ってくるのではなく、当然のように病院の壁を発泡スチロールのように蹴り、あるいは体当たりで破り、平然と入ってきた。

 その四人を端的に表すなら、青いスーツの色の白い兄ちゃん、黄色のスーツはガラの悪そうな兄さん、ピンクのスーツの優しそうなおばあちゃん、緑のスーツにネクタイを締めた中年男性…というか、ご家族連れにしか見えない、お父さん、おばあちゃん、息子ふたり。

 《八手一家…だな?》

 「有名だね、俺たちも」

 八手一家、それは日本の“どこにでもある”平凡な家庭だったが、全堂全一によって世界一有名で、“幸せな”一家に改造された家族の名前だった。



 この前最終回になったヤツ。

 あれの最強コンボはデンゲキ・イナズマ・ネップウ、だと予想してました。10号的な意味で。

 分からない人置き去りですよ。

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