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覚醒

 3月2日(日曜日) AM2:33


 夢というのは、寝る前に起きた情報の処理をするために起きるスクリーン・セーバー。

 連想ゲームのように前日に有ったことから関連した情報が引き出されるが、その連想ゲームの途中を忘れて目を覚ますので、意味が分からなくなる。

 この“彼”の夢には連想はない。強烈過ぎる記憶、それ自体を何度も反芻する。これは夢だ。




 「お前が死ぬと“彼女”が泣く」

 親友が自分の盾になるように立ちはだかるのを見て、“彼”の涙腺はとめどない。

 少なくとも男には死ぬより辛いことがいくらかあるし、これもそうだ。親友は楽な方を選んだ。ふたりとも気持ちは同じだ。

 「死ぬな、相棒、お前が死ぬことなんて…ッ」

 涙なんて親友にも見せていなかった。いつも強がって“彼女”にも見せなかった涙。だがふたりにはそれよりに“彼女”の涙は見たくない。

 弦太郎も翔一も、形は違えど、同じ女性を愛している。そして彼女が親友に対して持っている愛情も知っている、だからこそ親友を殺させるわけにはいかない、自分が死ぬことになろうとも。

 「ダチのために俺の必殺技にひとりで挑むか…イイねぇ、男って感じだぜッ、殺すヤツってのは…そうでなくちゃならねえ!」

 惑星番長は頬についた返り血を蛇のような長い舌で舐め取り、楽しそうにその赤い唾を拳に吹きかける。

 しかし、そんなことをしなくとも既に惑星番長の拳は血に染まっているわけだが。

 「あばよ、ダチ公」

 破裂した肺で繰り出した“彼”の叫びが喉を衝く。もちろん親友は止まらない、ただ力強さだけを増して。




 「弦太郎ッ!

 「翔一ッ!」




 「あー…楽しかった」

 スカートが破れ、肩で息はしているものの、湯気が見えるほど温まった身体やランランと輝く瞳は、惑星番長の戦力が落ちていないことを意味していた。

 「いやァ、お前のダチ。本当に良かったわ」

 “彼”の視線を全身に受けながら、惑星番長は満足そうに“親友”の首を投げ捨てる。対して“彼”は動けない、身動き一つ取れない。

 「身体が動けば、俺に襲い掛かってくる、そういう態度だよな? それ?」

 「…ゥっ」

 口も回らない、血走った眼球は睨むこともままならない。

 それでも心だけは折れない、屈しない、命乞いもしない。作戦も使命も任務も関係ない、ただそうしたいと思うから。

 「なら、俺の血をやるよ。略奪者(ラオブ)(トラウム)を移した。栄養満点…俺の血だ。そのくらいの怪我なら絶対に治る。運がよければ」

 惑星番長は、確実に“外れた”人間だ。 殺人依存症。 殺人を食事や睡眠、生殖のように生きるうえで必要だと認識する人種。

 だが、プリンにマヨネーズをかける人間がいる、パジャマを着ないと眠れない人間がいる、服を着ていないとたたない人間も居る。

 この惑星番長は無抵抗な人間を殺しても満足できない殺人狂、そういう趣味の犯罪者だ。

 マヨネーズをかけないプリンなんて食べる価値もない、そういうことだ。

 「後悔…させてやる…ぜッ」

 体内で何かが暴れているのを“彼”は実感していた。

 火傷で感覚が麻痺しているはずなのに、衝撃が直接脳を破壊する、それでも脳髄に、“彼”を待つ女の顔が浮かぶ。親友のデスマスクが思い出される。死ねない、絶対に死ねない…そして“彼”は眼を覚ました。







 3月2日(日曜日) AM4:13


 妙な圧迫感のある部屋、そんなに広い空間ではない。

 見覚えのない天井。嗅いだことのない匂い、目ヤニを取ろうとするが、彼の腕は上がらない、彼の両手両足に巻いてあるのは材質は分からないが、かなり丈夫なバンドらしく、さらに顔面には真っ白の包帯が巻かれている。誰かに呼ばれた気がした。

 誰かに呼ばれて目覚めた

 ここがどこかは簡単。病室だ。窓にカーテンが掛かっているせいで今が何時か、どこの病院かは彼にはわからないが。

 「気が付いた?」

 《大丈夫…》

 妙に甲高い声に驚いたのは彼自身だった。聞き覚えのない歌手のような声。自分の声はもっと…とにかく別の声だった気がしていた。

 そんな“彼”の狼狽を聞き流し、病室に入ってきた女性は“彼”を見下ろすように枕元に立った。

 「声がおかしいでしょ? まあ、気にしないで?」

 奇妙な感覚に襲われていた。“彼”は自分の声がおかしい理由を知っている気がする。

 絶対に知っている、うろ覚えだが“彼”はそれのために病院の世話になった、そんな所感。

 「質問があるんだけど、聞いて良い?」

 《すみません、その前にバカな質問だと思うかもしれませんが、ちょっとだけ聞かせてください》

 「…? 何?」

 《ジブンは、誰なんでしょう?》

 そうなのだ。“彼”にはここがどこであるかとか何日眠っていたのか、それよりも大事なことがあった。

 自分が誰なのかが分からない。哲学的な意味合いではなく実生活的な意味で分からない。

 小麦粉を水で溶くときは器に先に小麦粉を入れて水は後。仕事の基本はホウ・レン・ソウ。カーブなんていくら練習しても三塁側に折れやがる。切れたイヤホンはハンダ付けしても長持ちしない。

 男子便所の小便用では既に使用者がいればできるだけ隣は使わない。ラーメンをカウンター席で食べるなら最高の席は左端。世界で一番面白いマンガはドラゴンボール。暑い日はタオルを持って歩く。

 そんな“彼”の中での常識は思い出せる、だがそれ以上の情報が思いだせない。

 自分自身の一人称が『私』なのか、それとも『僕』や『俺』、下手したら『あたし』や『オラ』としても否定できないほどに自信が持てない。

 「…ちょっと待って…? 私もあなたに…同じことを聞こうと思ってたのよ?」

 Q&Q、互いに彼が誰であるかを知らない、それが彼と彼女の初対面であり、再会だった。

 そんな中でも、“彼”は誰かに呼ばれている実感を持ち続けていた。


 序章って言っておいて、続編を作らないってマジでやめて欲しい。

 …とにかく、俺、忘顔は書ききるんで、そのあとに色々と片付けるから、さ。

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