光と闇の楔 ~同僚者と資金ぐり~
今回はケレスがでばってます。
あと、あとがきでこの世界の通貨設定を出したいとおもいます
「…何、この空気……」
思わず体を抱きしめる。
こんな空気など感じたことはない。
ゆえに体が震えだしてしまう。
まるで体全体が底なし沼に引き込まれてゆくようなそんな感覚。
底なし沼にはまったことがあるのか、といえば答えは否。
しかし感覚的にそう表現したほうがこの空気はしっくりくる。
それほどの空気が今、この屋敷の内部には漂っている。
「……は~……これはどうやら、【呪】……ね」
そんなケレスとは対照的に額に手をやりため息をつきつついっているディア。
……どうやら今回の依頼については依頼とは別に何かがありそうである……
光と闇の楔 ~同僚者と資金ぐり~
「……あれ?ケレス?何でこっちに?」
授業も終わり、本日より暮らすことになる寮へと手続きにとやってきていた。
それはいいのだが……
どうして彼女が目の前にいるのかがよくわからない。
本日、召喚授業でたまたま一緒になった同じ総合科のしかも特待生ともいえるAクラス。
そのAクラスに在籍している彼女がここにいる理由がいまいち把握しきれない。
それゆえの問いかけ。
基本、総合科はすべての科目における文字通り、総合修学の場であることから、
そのAクラスに選ばれた、ということそのものがその能力と知識の高さを物語っている。
「あ。ディアもここの寮生なんだ。これからよろしくね!」
にっこりとそんなディアにほほ笑みかけてくるケレスであるが。
「…なんで、しかもアストレア家の家系ともあろう人がこっちの寮?」
どう考えてもギルド寮にはいるような金銭的な問題をかかえているとは思えない。
…いや、可能性としてはあるにはあるが…
それでもAクラスにおける授業料は他のクラスと異なり果てしなく高い。
「ああ。それは、我がアストレア家の家訓よ。
『自分のことは自分でしろ。親をたよるな。自立しろ。』…だからよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
つまり、まだ子供だから、といって容赦はせずに、自分で自分の生活費と学費をかせげ。
とおもいっきりいっているようなもの。
ゆえにディアが思わず無言になるのはおそらく誰にも責められないであろう。
ふと、どこか遠くをみつつ、
……それ、ぜったいに影響うけてるし……
そんなことをおもいつつ、彼女の家系のものたちに何となく申し訳ないような気持ちになってしまう。
ちなみに、特待生に選ばれている生徒達は国から学費を免除されるのであるが、
かのアストレア家はそれすら辞退している。
「……何というか、がんばって……」
そういうより他にない。
「でも、ディアもここの寮かぁ。ねえねえ。ギルドでパーティー組まない?」
まだ成人していない彼女にとって資金を稼ぐ手段はやはりギルドに依存することになる。
「他にもいい人いるとおもうけど?」
そもそもこのギルド寮には様々な事情で資金を稼がなければいけない生徒達がいるのである。
ちなみに生徒だけでなく普通の人も対象となっているこの寮。
生徒は比較的、学生料金、ということで寮の代金も割安にはなっているが、
それでも収入源がほぼなきに等しい生徒にとってはかなり割高。
…大概は、国に援助を申請し、出世払い方式を取り入れるのだが……
ゆえに身よりのない存在達も一応は学校に通える仕組みになっている。
ちなみに良心的なことに
学費等におけるギルド協会にむけての国からの援助に対しては利息は一切付かない。
何でも未来への先行投資を兼ねているらしい。
しかし、当然、ディアもその制度にたよる気はない。
そしてまた、ケレスも家訓によりその制度が受けられない。
ディアとしてはそこそこぎりぎりで生活して目立たなくしたいのが山々なのだが……
「だって。今日の召喚授業で召喚術を成功させたのディアだけでしょ?」
さすがに二人しかいなかったこともあり、今日の授業中に互いを呼び捨てにするようになっている。
もっとも、ディアからしてみれば誰かに敬称をつける、というのはある特定の存在に限っていたので、
どうしても呼び捨てになってしまう傾向があったがゆえさほど気にしてはいない。
何よりも名前で呼ばれる、というのはかなり新鮮味をもっていて
ディアからすれば少しばかりこそばゆくも面白い。
「召喚が扱える、ということは他の術もある程度はできるってことよね?」
にっこり。
それはほぼ確信。
それゆえににこやかにほほ笑みつつも聞いてくる。
「まあ、使えなくはないけど……」
「と、いうわけで。一緒にパーティー組みましょ?同い年みたいだし」
下手に詳しく説明するのが面倒なので見た目の年齢だ、とは言ってある。
それに何よりもギルドに登録したのもその年齢。
「…私、一人がいいんだけど……」
というかそのほうが楽。
というよりは面倒事は避けたい。
「何いってるのよ!一人より二人のほうが資金繰りはかなり楽になるのよっ!
そ・れ・に!学生がパーティーを組んで解決したらその依頼料は倍もらえるのよっ!」
普通に依頼をうける場合、それが数名のパーティーを組んでいてもその金額は変わることはない。
が、しかし、学生も扱える依頼はといえばその定義は異なってくる。
学生証を提示することにより、その依頼完了時の成功報酬。
それが三人まで文字通り、依頼金額のまま、各自へと支払われる。
つまりは、それだけ学生に対して依頼を出す方も率先して協力し、
未来において様々な分野で活躍してほしい、という人々の期待が込められている。
ゆえに、一人で解決するよりは、確実にパーティーを組んだほうがはるかに効率がよい。
何しろ一人当たりが手にする成功報酬の金額は同額もらえるのだから。
その紅き髪をさらに情熱で紅く染め上げるがごとくに熱演するケレス。
彼女の家系を示すかのごとくにその髪の色は燃え盛る炎の色。
能力に応じて炎の高さを示すかのようにそれぞれ各個人の髪の色、そして瞳の色は異なっている。
ケレスの瞳の色は青。
橙色の髪をもつ存在はかなり高濃度な炎を操ることが可能。
つまり、紅色の髪に青い瞳のケレスは、かの一族の中では中位の位置に属する実力となる。
もっとも、常に黒いローブとフードで全身をほぼ覆っているので
その容姿はフードを取らなければ確認のしようがない。
「……は~…わかった。わかったわよ……。だからそんなに熱くならなくても……」
どうやらあきらめる様子はなさそうである。
「大変だねぇ。お嬢ちゃん」
くすくすくす。
寮の手続きを行っていた寮担当の事務員がそんなディアにと声をかけてくる。
「さあさあ。そっちのお嬢ちゃんも。手続きにきたんだろ?
そこで熱く語ってないで。この用紙に必要事項を記入しておくれね」
いまだに何やら熱く語りそうな様子をひしひしとみせているケレスににこやかに注意を促し、
新たな入寮受付用紙を差し出す事務員。
ちなみにこの用紙はとある動物の毛によりできており、簡単な防水、防火の恩恵がかけられている。
何かカスミをつかんだかのような、ふわり、とした感覚のような手触りの品。
「は~い。というわけでこれからよろしくね。ディア!」
「あ…うん……」
よかった。
まず始めに一人部屋がいい、と申請しておいて……
彼女よりも先に申請にきており、相部屋か、もしくは個室がいいか、という問いかけに、
即座に個室で、と答えていたのが功を奏した。
なんとなくだが次に彼女が提案してくることがありありと予測ができる。
ゆえにこそ、そのことに安堵するディア。
案の定、というべきか、どうやらケレスはディアの部屋希望を聞いてくる。
「私は個室を希望してるから」
すでにもうその手続きも済ませてある。
その手続きが完了したときにケレスはこの場にやってきた。
「なんだ~…ディア、個室にしてたんだ。まだだったら相部屋希望だったのになぁ~……
ね?変える気ない?」
「ない」
即座にそれだけは否定する。
…何しろ会いに来る可能性がある以上、これだけは譲れない。
…あの授業の後にきちんと口止めしておいたので大丈夫だとはおもうが……
そんなことをおもいつつも、ケレスの誘いを一刀両断にしているディア。
はたから見れば仲のいい友達同士がじゃれあっているようにかみえないが。
水面下ではあるいみぎりぎりの駆け引きを行われている、といっても過言ではない。
「あ、なら、すいません。部屋を彼女のとなりにしてもらえますか?ダメなら正面で」
「いいよ。ついこの間、部屋はあいたからねぇ」
ケレスの希望にあう部屋がどうやらあいているらしい。
いくらギルド直属の寮だ、といえどもそう近くがあいているとは滅多とないはず。
「そんな近くの部屋同士が空いてるなんて、何かあったんですか?」
気になったのでひとまず確認。
「ああ。このあいだ、部屋を借りてたグループの子達が亡くなってねぇ~……」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・』
どうやら彼女達は部屋の主かいなくなったがために新たな主として認められたらしい。
喜んでいいのか何なのか。
何ともいえない空気が二人の間を包み込む。
「なんで、なくなったんですか?」
「さあ?何かの依頼をうけにいって、
それから亡くなった、と本部から連絡があったっきりだからねぇ。
あ、品物とかはそのまま残ってるから、そのままつかってもいいよ?」
事務員の背後にいた別の人物がそんなセレスの問いかけに答えるかのように振り向きざまにこたえてくる。
亡くなった人の生活用品を勝手に使ってもいい、といいきるこの寮の管理人はあるいみ強い。
「ああ。でも生活用品、といっても家具くらいしかのこってないよ?
さすがに他の品はきちんと処分してあるよ?」
「で…ですよね…あはは……」
もしかしたら部屋の主が亡くなったその状態のままの部屋にいれられるのかもしれない。
そんなことをふと思ったケレスは思わず乾いた笑いを挙げていたりする。
いくら何でも部屋の以前の主が使っていたそのままの状態で次に引き継ぐはずもないのだが。
しかし、この世の中、何がおこるかわからない。
しかもそういった場所がいい!
という存在までいたりするのだから趣味はそれぞれ。
「ま、みたところ、お嬢ちゃん達は先に荷物とか運び込んでないようだし。ちょうどいいでしょ?」
普通は寮にはいるときは先に手続きを済ませておくものである。
そもそも、拠点となるべき場所を先に確保しておかなければ色々とこまる。
ゆえに普通は先に手続きを済ました後に入学試験を受けるのであるが……
ディアの場合は別に入れなければそれはそれでかまわないので当日やってきた。
ケレスの場合は初日がおわってから自分の住み家はみつけるように。
と家をでるときに父親から言われていたので従ったまでのこと。
その言葉に従わなければ死んだ方がまし、というほどのお仕置きがまっている。
そのことを長年、実家で過ごしていた彼女は十分に承知している。
だからこそ、学校がおわり寮への入寮のために手続しきにきた。
「うん。不備はないようだね。それじゃ、これからの長い学園生活、がんばっておくれね」
ギルド協会学校。
正式名称が長すぎ、また言いにくいこともあり、通称【学園】とほとんどのものは呼んでいる。
二人に割り当てられたのは二階の端にあたる部屋。
どうやら隣同士の部屋らしく、
鍵をうけとりはいってみればたしかに家具などがそのまま設置したままになっている。
どこかいまだに生活の匂いがただよっているのは、
つい最近までこの部屋で誰かが生活していた証であろう。
割り当てられた部屋は基本的には二部屋に別れており、台所の奥にお風呂があり、
そしてその奥に寝室兼ちょっとした部屋が存在している。
一人ですむには広すぎず、かといって狭すぎず、といった空間がそこにはある。
ぐるり、と部屋を見渡しつつも部屋の様子を確認してゆくディア。
と。
「…うん?あれ?」
気配をたどれどもあるべき場所に気配がない。
ゆえにこそ、何となくだが嫌な予感がしてくるが、まあ自分がヘタに介入する問題でもない。
そもそも、各自の問題はそれぞれが解決しなければどうにもならない。
「とりあえず。二の姉様には拠点を伝えておいたほうがいい、わよね?
何だか一の姉様のほうはあわただしいみたいだし」
大姉様と何やら最近いろいろとやり取りを交わしているらしくあわただしくしている様は知っている。
まあ何かあれば自分のほうにも話しはむかってくるはずで。
「さて。と。しばらくのんびりとしますか」
まずしなければならないのは部屋の隔離。
傍目にわからないように、中の様子が普通に見えるように少しばかり細工をほどこす。
「さて。次は掃除だけど……」
のんびりと時間をかけてやるべきか、それとも一気にするべきか。
のんびりとやるのもまた一興。
そんなことを思っている最中。
「ディア、いるっ!!」
ドンドンドン!
大きな声とともに部屋の扉をたたく音がおもいっきり聞こえてくる。
気のせい、とすましたいがおそらくそうもいかないのは嫌でもわかる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
さっきの今。
という言葉が思わず浮かぶのはおそらく気のせいではない。
「……何?ケレス?」
このままほうっておいたら他の存在に迷惑がかかるのはほぼ間違いがない。
ゆえにため息をつきつつもしかたなく扉をあける。
「初仕事よっ!」
「……は?」
目の前のこの人物はいったい何をいっているのであろうか。
ディアにはその意味が皆目不明。
ゆえにこそ思わず唖然、として言葉をもらす。
「だから、初仕事だってば!ここに来る前に仕事をうけおってたのよ!
大丈夫!パーティーも可、とかいてあった仕事だもんっ!」
「~~~~~………」
きっぱりと目の前で言い切るケレスの言葉に思わずその場にて無言になってしまうディア。
何といっていいものか。
こちらの意見などは皆目無視、である。
だからこそ無言にならざるを得ない。
しかし悪意がないのはその表情からしても一目瞭然。
だから余計にタチがわるい。
「…まあ、いいけどね……」
こういう人物はほうっておいたらとことん暴走してまう傾向がある。
それを修正するのもまたおもしろくていいかもしれない。
そんなことをふと思いたち、
とりあえず立ち話しも何なので部屋の中にケレスを招き入れ、
台所にある椅子に座り話し合いを開始してゆく――
「それで?何の依頼をうけたわけ?」
とりあえず互いに向き合うようにと机を挟んでお互いに椅子にと座る。
「あ、これおいしい」
何も出さない、というのも何なので簡単な紅茶をひとまず出しているディア。
出された紅茶を一口のみ、そんな感想をもらしているケレス。
「あ。それなんだけどね。ディアは資金繰りのアテはもうきめた?」
ギルド協会学校に入学したとはいえあくまでもそれは仮入学。
本日の授業は仮入学における授業の一環。
本格的に入学するためには今から十日以内に決められた授業料を治める必要性がある。
ほとんどの存在は国の援助などを利用する手続きを行っているのだが、
ディアもそしてケレスもいろいろな事情からその手続きはおこなっていない。
すなわち、自力でその資金をかせがなければ入学は取り消し、もしくは保留、となってしまう。
「まあ、まだといえばまだだけど」
とりあえず無難な返事を返すディア。
たしかに決めてはいない。
いないがいろいろな方法はいくらでもある。
だがそれをあえて言う必要性もないのでいうきもない。
「今日、ちょうどギルドに帰りによったらね。いい依頼があったのよ。
黒晶貨で2枚。ね?いいでしょ?」
「…学生にそこまで払う依頼って……」
何だかものすごく何かがあるかもしれませんが、何かあっても責任はとりませんよ?
というような依頼のような気がするのはおそらく気のせいではないであろう。
ちなみに、今現在、この地上…否、この世界で流通している貨幣は、一般に水晶貨といわれている。
普通の水晶よりも頑丈で、そしてまた特殊な方法でなければ精製はできない。
そして特殊、とはいえ水晶であることから透き通っており、
太陽の光にかざすとその内部にとある球体のようなものが浮かび上がってみえる。
色によりその価値がわかれており、銀、金、黒、白、赤、緑、青、紫の計八種類ほど存在する。
紫の水晶貨が五枚に対し、青の水晶貨が一枚。
青の水晶貨二枚に対し、緑の水晶貨が一枚。
緑の水晶貨五枚に対し、赤の水晶貨が一枚。
赤の水晶貨二枚に対し白の水晶貨が一枚。
白の水晶貨十枚に対し、黒の水晶貨が一枚。
黒の水晶貨十枚に対し金の水晶貨が一枚
金の水晶貨百枚に対し銀の水晶貨が一枚、となっている。
それぞれの水晶の色別ごととに呼び方があり、
今、ケレスがいった黒晶貨の呼び名はラクリスタ、と呼ばれており、
そして基本的に一般に扱われる通貨を【水晶貨】と呼び称している。
普通に生活するのであればまず白水晶貨が十数枚もあれば確実に季節一つくらいはのりこえられる。
余談ではあるが、日常的にほとんどが、色もしくは通称で通常取引されている。
つまりは、黒水晶貨、二枚、というのはかなりの大金といえるのだが。
「なんでそんな大金をギルドの依頼、しかも学生向けでもだしてるわけ?」
当然といえば当然の疑問。
「それがね。術がつかえる人限定なのよ。そのために報酬も高くなってるみたい」
たしかに術者を限定するのであれば報酬がたかくてもおかしくない。
おかしくはないがやはり普通に考えてもたかすぎる。
「とりあえず依頼の内容は、『放置された屋敷の探索と浄化』なんだけど」
「……なるほど……」
浄化。
その言葉をきき思わず苦笑してしまう。
つまりはその場には何らかの要員がある、ということ。
少しばかり歪みが起こっている、といったところか。
「とりあえず、これを完成させれば一年分の学費はどうにかなるしっ!」
一つの依頼で一年分の学費が稼げるのはとてもたすかる。
ゆえにこそ成功報酬の額だけでこの依頼を受けることを即決したケレス。
たしかに、学校の一年間の授業料は一黒五白。
「私の炎の浄化だけでもこころもとなかったけど。ディアも手続きしてなかったでしょ?
きいてみたらしてないって受付の人がいってたし。だからこの寮であえてよかったわ」
援助をうける手続きをする受付のものに一応、ケレスは確認をとっている。
その結果、ディアもまた受付を済ませていないことをしり、後から探し出そう。
そう心にきめていた。
ここ、ギルド寮でぱったりあえたのはケレスにとっては幸運であったといえる。
「やっぱり早めにこういうのは済ましておいたほうがいいとおもうし。
というわけで、明日、さっそく目的の場所にいってみない?」
場所は王都から少し離れた位置に存在しているとある丘。
その丘の一角にかつてはどこかのお金持ちが所有していたといわれている屋敷が存在している。
今回の依頼はその屋敷に関してのもの。
「どうせ、いや、といってもきかないんでしょ?別にいいけど。暇だし」
それに何よりも『何がたまっている』のかも興味がある。
【彼ら】が動いていない以上、さほど問題視するようなものでもないであろうが、
小さなきっかけでも大事になりうることがある。
「よかった!じゃ、明日、さっそく一緒にいきましょうね!きまりね!
…それはそうと、この紅茶、どこの紅茶?」
飲んだことのない味である。
のどにするっとはいりながらも甘みがほんわりとのこり後味もよい。
「ちょっとね」
「ふ~ん。…ま、誰かからもらった、ってところかな?じゃ、また明日ね!ごちそうさま!」
必要なことをいうだけいって紅茶を飲みほし、そのまま部屋をでてゆくケレス。
そんなケレスの後ろ姿を見送りつつ、
「…なんか、面白い子に懐かれたかな?」
ふとおもわず笑みがもれいでる。
まあ、懐かれるのは今に始まったことではない。
…それが他の存在のように依存しすぎなければいいのだけれど。
そんなことをふと思いつつ、
「そういや、この紅茶、この辺りでは普及してないんだったわね~」
かちゃかちゃと、しみじみつぶやきつつも、
コップを片づけてゆくディアの姿がしばし見受けられてゆく――
「ここ、かな?」
「でしょうね」
昨日の話しあいのとおり、
本日二人がやってきているのは王都から少し離れた位置にと存在しているとある丘。
「だけど、ディアってそのあたりの妖精たちとも話しができるのね。話しをきいてくれてたすかったわ」
様々な【命】にはそれに宿った形がある。
精霊にしろ、妖精にしろ。
そして、ディアがおこなったのはここに生息していた木々に話しをきく、というもの。
みんな素直に教えてくれたおかけで二人は迷うことなくこの場にとたどり着いている。
太陽が昇りかけた時刻に出発し、今現在、太陽は上空から半分の位置くらいまで移動している。
女性二人のあるいみ二人旅。
いろいろな意味で危険といえば危険なのだが、なぜか危険な生物などは一度もよってはこなかった。
それゆえにケレスは珍しいこともある、と不思議がっていたりするだが。
何のことはない。
ディアと一緒にいることにより、ケレスの気配も周囲に溶け込むように操作されているからに他ならない。
しかしそのことにケレスは気付かない。
「とりあえず、中にはいりましょ」
「……そうね」
おもわずふと顔をしかめたディアの様子にケレスは気づいてはいない。
ケレスはどうやらこの気配に気づいてないようね。
そうはおもうがこれぱっかりは経験しなければ判らない感覚なのかもしれない。
特に、ケレスのような環境でそだった存在には。
ギィ……
屋敷の周囲の木々は手入れがされていなかったためかすべて枯れ朽ちている。
本来ならば放置された場合、雑草などに埋もれて形も見えなくなったりするのだが。
この屋敷に関してはそれがない。
そもそも周囲に草一本、生えてはいない。
あるのはすでに年月がたったであろう、枯れ朽ちた木々の残骸のみ。
ぽっかりとこの場のみが周囲の自然より切り離されたように存在している。
しかしここでたちどまっていても仕方がない。
そのまま鍵もかかっていない…鍵があったらしいがそれすらもすでにぼろぼろになっており、
以前誰かがはいったときに朽ちたらしく入口の扉の前にほぼ錆ついた鍵らしきものが転がっている。
鍵のかかっていない玄関らしき扉をゆっくりと開く。
ぬるっ。
それと同時に中から何ともいえない生ぬるい、といったほうがしっくりくるかのような感覚をその身にうける。
「…何?この感覚…?」
こんな感覚は今までにうけたことがない。
ゆえに戸惑いの声をあげるケレスに。
「…とりあえず、中にはいりましょ」
知ったからにはどうにかしたほうがいいであろう。
しかしそれを言葉に表すことなく、
戸惑いの表情をうかべているケレスをそのままにするっと扉の中にとはいるディア。
「あ、ディア。まってよ!」
そんなディアにあわててついてゆくケレス。
扉から入ると外の空気とはあからさまに異なっている。
扉の外と中、たったのそれだけであきらかな違いがある。
「……何?この空気……」
そんな空気というか気配というか、
とにかく得体のしれない何かを感じ、おもわず体をだきしめているケレス。
無意識ではあるが体が小刻みに震えているがそのことにケレスは自分でも気づいてはいない。
まるで体全体が底なし沼に引き込まれてゆくようなそんな感覚。
底なし沼にはまったことがあるのか、といえば答えは否。
しかし感覚的にそう表現したほうがこの空気はしっくりくる。
それほどの空気が今、この屋敷の内部には漂っている。
「……は~……これはどうやら、【呪】……ね」
そんなケレスとは対照的に額に手をやりため息をつきつついっているディア。
やはり、というか予測はついていた、というか。
この感じではここ最近、というわけではなさそうだけど。
そうはおもうが、気になるのは別のこと。
「……なるほど。呼ばれた…かな?」
くすっ。
感じる気配に覚えがありおもわず場違いながらも少しばかり笑みが漏れる。
そんなディアのつぶやきは、屋敷の内部の気配に気圧され聞こえていない。
「ケレス。とりあえず自身に聖風の結界まとったほうがいいわよ」
聖風。
風の属性に位置する術の中でも、魔の瘴気などに有効なもの。
簡単にいえば自分自身の周囲に清らかな風の気流を常に発生させる、という代物。
通常の存在などは瘴気に充てられただけでその肉体といわず器を壊してしまう。
そう。
外にあった木々のように。
あれらは枯れた、のではなく瘴気によって喰われ意味を無くしたものだ、とディアは理解している。
「え?あ、うん。…ってやっぱり、ディアって術のことにも詳しいんだ」
「ま、いろいろとツテがあるし」
嘘ではないが事実でもない。
ツテがあるのは事実であるし、そのツテから聞いたり教えてもらったなどともいってはいない。
しかしそんなディアの言葉の裏にケレスが気づくはずもなく、
誰からか教えてもらったか習ったのであろう、そう彼女の中で結論づける。
「わかったわ。…風の精霊よ。我が意思に答えたまえ……」
ふわっ。
ケレスがそういうと同時。
ケレスの体の周囲に微量な風の流れが出現する。
その風はケレスの体全体をまとわりつくように絶えず流れて風の膜のようなものをその場にてつくりだす。
「あれ?ディアはかけないの?」
「まあ、私は慣れてるからね~」
というかこの程度でどうこうなるわけがない。
この程度のものならば普通の存在でも精神力だけでどうにかなるもの。
しかし、あえてケレスに術をつかわせたのは彼女がこの手のものに免疫がないであろう。
そう判断してのこと。
「とにかく。気配が濃く感じるのはこっちだし。いってみましょ」
「え、あ、うん」
…なれてるって……
そういえば、さいきん自然界においても何かがおこってるって噂できいたっけ?
ディアの慣れてる、ということばに以前小耳にはさんだ噂をふと思い出す。
何でも、一夜で森が全部枯れただの何だの、という不可思議な話し。
嘘かまことか、それはわからない。
あくまで人の噂は噂。
噂はときとして真実をもねじまげて伝わることがある。
それをケレスは教育の一環として一応習っている。
実際に、わざと噂を流し、数日でどこまで変化するのか、という実験を両親にさせられたこともある。
ゆえに噂の信憑性、というのをケレスはあまり信用していない。
「だけど、この雰囲気…いったい、何なのかしら?」
ディアの後ろをあわててついていきつつも、正体不明の感覚にただただ首をかしげるケレス。
ケレスはこの気配の正体をしらない。
この気配は、一般に、【呪】と呼ばれるものの一種である、ということを――
この世界における流通通貨:
貨幣ルート:水晶貨。<クリスタ>(日本円ルート換算で示しています)
銀水晶貨<シルクレスタ>=日本円単位百万円。
金水晶貨<ルドクリスタ>=日本円単位一万円。
黒水晶貨<ラクリスタ>=日本円単位千円。
白水晶貨<ホワクリスタ>=日本円単位百円。
赤水晶貨<レッドクリスタ>=日本円単位五十円。
緑水晶貨<リンクリスタ>=日本円単位十円。
青水晶貨<ブルークリスタ>=日本円単位五円。
紫水晶貨<プルクリスタ>=日本円単位一円。
水晶貨<クリスタ>=日本円単位一銭。百枚につき紫一枚。
※物々交換も可