光と闇の楔 ~呪の発動と浄化、そして……~
これ以後、ときど~き特殊な言語が出てくることがたびたび起こります。
それらについては簡単ながらも一応簡潔に文章の中で補足説明としていれる予定です。
世界設定などこの段階で詳しくだしましたら完全に内容のネタバレになりますので、
あえてしばらくは別口としては出しません。
そのあたりは何とどご了解ください。
呪。
知識としては習ってはいた。
しかしそれを目の当たりにすることは今回が初めて。
だからこそ、畏れと恐怖を抱いたのは仕方がないのかもしれない。
しかし一緒にいたはずのディアをみればまったくそんな様子はさらさらみえなかった。
…彼女、いったいどんな力をもってるのかしら?
ふと、昨日の召喚の儀式のことといい、気になることはいろいろある。
だけどもおそらく聞いてもはぐらかされるような気がひしひしとするのは間違ってはいないと思う。
自分の能力のすべてを誰か第三者に教えたりすればそれを悪用する輩もでるかもしれない。
そしてその結果、まわりめぐって教えたものに罰がむけられる可能性がかなり高い。
世界は、様々な神々によって身守られているのだから――
ケレス=アストレア ~初めての依頼についての感想日記より~
光と闇の楔 ~呪の発動と浄化、そして……~
「……何、このまとわりつくような嫌な感じ……」
ねちりとまとわりつく、何かの感覚。
おそらく風の結界を纏っていなければ正気を保てないような気がする。
それゆえにおもわず歩きつつもつぶやくケレスに対し、
「ああ。ケレスはこういうのは初めて?ま、説明するよりも視たほうが早い、けどね。…きたわね」
何でもないように淡々と答え、目の前の暗闇を見つめているディア。
ディアの言葉と同時、歩いていた屋敷の廊下部分の闇がさらに濃さを増し、
やがてそれは一つの塊のような形をとる。
そしてそれを目にしたとたん、なぜか確信する。
この【闇】は意思をもっている、と。
「生き物の念が生み出し存在。負の心の結晶体。…【呪闇】、よ」
【呪闇】。
それは負の心が生み出したあるいみ悲しい存在。
生み出されたそれの意思はいたって単純明快。
生み出されたその意図のままにと行動する。
それ自身が浄化されるその瞬間まで。
【呪】には様々な種が存在する。
よく近いもので間違われるのが【呪】や【呪い(まじない)】
それらは別に誰もが扱える分野であるものの、しかし呪いに関しては術者にもその影響は及ぶ。
呪いに至っては、自分とは異なるものに簡易的に請うことにより成果が発せられるもの。
ゆえにほとんどそれをつかっても影響はない。
だがしかし、【呪闇】という存在は別。
それらが生み出されたときの感情のままにと行動する。
それ自身が触れるすべてのものを飲み込んで。
「この屋敷がこのまま残ってる、となると。この屋敷に関してのモノ、でしょうね」
周囲の木々もこれの影響をうけて喰われた、のであろうことは容易に予測できる。
そもそも、ディアには、これの中には幾多の存在が捕えられているのが【視えて】いる。
「くるわよ。気をつけて」
「え!?」
ディアの言葉の意味がわからない。
ゆえに何が、と聞き返そうとする間もなく、
ぶわっ!
二人の周囲…否、二人の全身を取り込むように目の前に闇がいきなり突進してくる。
突進、というかいきなり包み込んできた、というほうが正しいか。
いきなり視界、という視界が真っ暗な闇にと包まれる。
「え?え?何?何、これ!?ディア!?」
周囲を見渡しても、そこにみえるのは…果てしない、闇。
横にいたディアの姿も見えない漆黒の闇。
いきなりのことで混乱し正確な思考が回らないケレス。
人間、誰しもいきなり暗闇に放り出されれば多少なりとも動揺してしまう。
その心構えがまったくできていなければなおさらに。
――許さない。
――なぜ。裏切った。
――なぜ、我らを殺した。
――なぜ、我らは死んだのに【おまえ】はいきているっ!
それと同時、脳裏に響くような深く、深く絶望しきった声がどこからともなく聞こえてくる。
――すべてが滅べばいい。
――滅べ。死ね。そして滅びを広げ絶望にさいなまれるがいいっ!
「いやっ!!」
意識をはっきりたもっているのも苦しいほどの強い殺意と悪意。
おそらく風の結界を身にまとっていなければ
まちがいなくこの悪意に簡単に飲み込まれてしまっていたであろう。
――すべてに絶望と、そして滅びと死を……
脳裏に響いてくる声と同時にさらに周囲の闇が濃くなってゆく。
何、何これ?何?何なの?
すざましいまでの殺意。
それらは周囲の闇全体から発せられているのが嫌でもわかる。
ここまでの悪意にみちた殺意を今だかつてケレスは知らない。
だからこそ混乱せずにはいられない。
しかし、彼女は気づいていない。
彼女が混乱することは、そこに【負の心】が誕生してしまうことであり、
そしてその心は【それら】がすぐに付け入るすきになってしまうことを。
じわじわとケレスの張っていた結界すらをもむしばむように、
ケレスの周囲を舞っていた風すらもがだんだんと暗さを増してゆく。
「…や…や…いやぁっ!」
だんだんと周囲に闇が迫ってくる。
それと同時に何かに自分自身が蝕まれているような、そんな感覚。
意識そのものがどこかに抑え込まれるような、そんな感覚。
それに対し、恐怖を感じていたその刹那。
――哀れなる心 打ちひしがれた結晶よ その思い我がひきうけよう 哀れなるものよ 我がもとへ――
「Une chose a nomme la pensee je la sympathie
d'un coeur a deprime cristal l'autre place a nomme
la sympathie a notre cause」
ケレスの耳に聞きなれない何かの旋律が聞こえてくる。
それはとても哀しくもそして慈愛に満ちた旋律。
しかしその旋律が何を意味しているのかケレスには判らない。
――哀れなる捕らわれの魂よ 番人の元へ導きゆかん――
「Je le mene a la cause du garde
l'ame de tomber miserable dans mains de l'ennemi et ne vais pas」
言葉に意味を込めて必要な旋律を紡ぎだす。
この言語はこの世界の【理】をよりよく導きだすためのもの。
その本当の意味を知っているものはごくわずか。
それと同時。
闇の中に光が発生し、周囲の闇全体が光の洪水にと見舞われる。
それは先日の召喚の儀式のときに垣間見た光景によく似ている。
しかしあのときと異なり、周囲には小さな小さな光の粒がいくつも舞いつつ光の洪水をうみだしている。
「…な…何?いったい……」
いきなり闇に包まれたとおもったら今度は光。
いったい何がおこったのかケレスには理解不能。
光の粒はやがていくつもの形を成して、それらははじけるようにとかき消える。
「…な…なんなの?いったい……」
光が形を成したものがはじけたかとおもうと
今度は目もくらむような眩しき光がケレスの感覚そのものを貫いてゆく――
「ケレス。ケレス……」
ふと名前を呼ばれてぼんやりと目をあける。
「…あれ?ディア?…え?」
自分はいったいどこにいるのであろうか。
たしか先ほどまでいた屋敷はこれほど朽ちてはいなかったはず。
屋敷の内部はしっかりしていたと自分では記憶している。
なのに今いる自分はまさに廃墟ともいえる場所としかいいようがない。
ぱっとみた目にとびこんできたのは壊れた壁に間取りの残骸。
しかも確かにさっきまできちんと天上などもしっかりしていたはずなのに
青空が壊れた天井部分からかいまみえている。
しかし周囲を見渡してみれば壊れた窓から見える外の景色は来る時と同じもの。
違っているのは朽ちた木々が立ち枯れているのではなく完全に折れているくらいであろう。
「え?…ここ、どこ?というか何がどうなったの?というか、今までの…夢?」
そんなことをふと思い、ケレスは思わず口にするものの。
ぞくり。
すぐさまそれは夢ではなかった、と自覚する。
何よりも体…そして自らの魂があれは現実だった、と訴えている。
それに夢にしてはあまりにうけた悪意が生々しかった。
触れただけでまずまちがいなく発狂してしまいかねないほどの悪意。
理由はない。
ただ、彼女の魂がそう直感的に判断した。
あの【闇】はそういうものであった、と。
たしかに、アストレア家に生まれた以上、誰かに疎まれることなどはあったが、
あれほどまでの悪意をうけたことはない。
「よかった。どうやら精神異常などの副作用は起こしてないみたいね」
結界を纏わせていたがゆえに大丈夫だとはおもったが、それでもやはり人の心は弱いもの。
本当ならばケレスに任せようかともおもったが、どうみても混乱し取り込まれそうになっていた。
近づいた生きている存在、すべてを取り込むことのみがあれが存在していた意義。
それほどまでに哀しい…悪意。
それがあの【呪闇】。
本来、この場にはまともな屋敷など存在していなかった。
しかし、突如としてこの屋敷は出現した。
ゆえにこそ内部捜索の依頼がギルドに出された。
どうして壊れていたはずの館がいきなり再生したのか、という原因を追及するために。
【――さまよいの館】
そう呼ばれている館の存在は確認されているだけでいくつかある。
それは館の中にはいった存在、生きた存在すべてを飲み込む存在。
飲み込み、魂ごと…喰らう。
喰われた魂はその館の核の一部となりさらなる贄を求めだす。
世界各国からしてもその存在は非常に危険、とされている。
しかし、その現物を目にしたものは皆無であり、ゆえに伝説上の話だ、ともある一部ではいわれている。
誰も目にしたことがないのは、目にした存在達はすべては取り込まれているからであり、
そしてまた、それらは文字どおり、世界中をさまよっているからに他ならない。
そしてその力が増してゆくごとに、それらが移動する【界】の幅もまた広がってくる。
もっとも、【天界】にまで達する前に精霊達がその存在そのものを消滅させているのだが。
だからこそ、ここに現れた【館】が【さまよいの館】だと人々は気付かなかった。
元々この場にあった館に同化してしまったがゆえに気づくのが遅れた、ともいえる。
その証拠に以前、この館を調査しにやってきていた存在達はことごとく屋敷そのものに【喰われて】いた。
「浄化の言葉を唱えたら、こうなっちゃった。みたらケレスが倒れてたから。大丈夫?」
いまだに混乱しているであろうケレスにむかい問いかけるディア。
ケレスが混乱しているのはおそらくこの場の様子にもよるものである。
そう理解しているがゆえに完結に説明する。
もっとも、普通にあったはずの建物が目覚めればいきなり廃墟になっていた。
そんな現実を目の当たりにすれば誰もが混乱しても仕方ないのかもしれない。
浄化、と言っているが実際はそんな生易しいものではない。
捕らわれていた魂をすべて解放し、そしてそれらの魂を浄化するためにあらたな場所にと導いた。
しかしディアからしてみればそれを説明する気はさらさらない。
そもそも、本当はあまり目立ちたくないのが本音なのだから。
「浄化…?」
そういえば遠くなりかけた意識のスミに何か旋律のような響きをきいたような気がしなくもない。
「…あの歌ってディア?」
「歌?…まあ、そんなところかな?それより、体調、おかしくない?立てれる?」
ふと気付けばどうやらケレスはディアに膝枕なるものをしてもらっている今の現状。
蝕まれかけていた魂はすでに浄化され終わっている。
その余波にていままで目覚めることなく眠っていたケレス。
そんなケレスを動かすわけにもいかずにこの場にて座り込み、
ケレスに膝枕して目覚めをまっていたディア。
「うええっ!?ご、ごめんっ!」
いわれて初めて自分がどんな格好をしているのか把握し驚愕の声をだし、
あわてて起き上がりつつも謝罪の言葉を紡ぎだす。
「気にしなくてもいいわよ。まあ、私も失念してたし。人の心ってけっこう弱かったりするのを」
混乱し正常な判断ができなくなったものがアレにすぐに飲み込まれてしまうのは容易に予測はつく。
しかしアストレア家の血筋、ということもあり大丈夫であろう、とおもっていたのも事実。
「…もしかして、まだケレスって契約の儀、一つもすませてないの?」
「…ぐっ……」
さらっといわれたディアの言葉におもわず声を詰まらせてしまうのは仕方ないであろう。
連続していわれたケレスにとっては痛いところを付いた問いかけにより、
さきほどの人の心が弱い云々、というディアの台詞は奇麗さっぱりケレスの中では問題視されていない。
普通、術を使うものは様々な精霊と契約を交わし世界とのつながりをより深めている。
が、しかし……
「……うちの家、儀式するのがフォボス火山、なの……」
フォボス火山。
これは地上でもっとも危険な場所、ともいわれており、常に地下よりマグマが噴き出している火山を示す。
そして火の精霊王サラマンダーが拠点を置いている場所でもある。
そこにたどり着く為には水、もしくは火の術をうまく利用しなければその熱さから人は焼け死んでしまう。
ほとんどのもの達からは聖域、とすらいわれている場所。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つまり、まだやってないのね?」
どうりで気配が薄いはず。
ゆえに呆れ半分に問い返すディアであるが、そもそも今まで他の精霊と契約していなかった。
その事実に呆れずにはいられない。
水の精霊なり風の精霊なりそのあたりにいる存在に少しばかり声をかければすむこと。
それをしていない、というのはそのことを教えられていないのか、はたまた自力で気づけ、ということなのか…
おそらくは後者であろうと確信がもててしまうのは、かの性格を誰よりもわかっているからに他ならない。
わかってはいるがやはり呆れてしまうのは事実なわけでおもわずため息をついてしまう。
「…だ、だって!私、水の術、苦手だし!そもそも私の術だとあっという間に蒸発するしっ!」
傍目にもディアが完全に呆れているのが判り、ほとんど必死で言い訳をする。
そもそも水の結界を張ってもすぐに蒸発してしまう。
彼女自身が未熟だ、といわれても仕方がないとはおもっている。
そもそもいまだにケレスは精霊との契約も成功した試しがない。
ゆえにいまだに簡単な契約すら行えていない。
もっとも、契約なしで施行できる術に関してはケレスはほぼ習得してはいるのだが……
その呼びかけ方法が間違っているかもしれない、という可能性についてケレスはまったく気づいていない。
「この近くに確か湖があったわね。ケレス。そこの精霊と契約の交渉してみたら?」
「え?湖の精霊!?…私なんかの話し、きいてくれるかなぁ?」
この丘の近くに小さな湖が存在している。
ゆえにケレスに対して提案するディア。
すくなくとも水の加護くらいはもっていたほうがいいであろう。
特にこれからも自分の傍にいるつもりならばなおさらに。
それに何よりこれから世の中はどうなるか、ディアですら予測がつかない状況になっている。
おそらくそれらに関しては近いうちに連絡が入るであろう、とは確信しているディアであるが。
そんなことをディアが思っていると知るよしもなく、
ディアっていろいろなことに詳しいけど。
まあ、動植物の声が聞けるみたいだし、そのあたりの関係なのかしら?
そんなことを思いつつも、ディアの提案した事柄におもいっきり動揺を示すケレス。
いくら小規模な湖、とはいえそこに住んでいる精霊ともなるとそこそこ実力のある精霊のはずである。
つまりは、【主】がいる場所においては【主】を無視して契約が履行されることはない。
ゆえに、まず先に【主】と話しあうことが必要不可欠。
これもまた、世界の【理】の一つ。
力を求めるものがその力におぼれないようにするための枷の一つ。
「ま、私も口きいてあげるから。…せめて下位の精霊との契約くらいはしとかないと」
うまくしたら個人に対しての守護精霊になることもある。
下位に位置する精霊とて人より格段にその【力】は上。
精霊と契約しているか、いないか、によっても扱える術の威力が異なってくる。
契約を交わしている。
ということは世界の【理】に背くことなく従います。
という同意を示したと同意義としてみなされる。
ゆえに簡単な術などは願っただけで発動が可能となる。
「それより。何がどうなったのか知りたいんだけど?」
このままではどうもなし崩し的に水の精霊との交渉を押し付けられそうな気がひしひしとする。
ゆえにこそ何やら話題が自分のことにそれてしまっていたが、
もともとここには屋敷の調査と浄化にきたはず。
何があったのかケレスは判らない。
おそらくディアは理解しているはず。
当事者として自分自身も知る必要性がある。
それゆえにちょこん、とディアと向き合うようにすわり、じっとその瞳を見つめ返すケレス。
「まあ、説明する、といっても難しいことじゃないんだけど。
そもそも、ケレスは【呪】の種についてどこまでしってる?」
それによって説明の仕様もかわってくる。
「どこまで…って、生きとし生けるものに害する可能性がある種もいれば、
未来を指し示す種もある、ということ…くらいかな?」
そもそも、【呪】という種に関してはいまだによくわかっていないというのが定説。
生き物の【念】というか【思い】がその種に変化する、ということは長年の研究の結果証明されている。
「さっきのあれは、触れてわかったとおもうけど。人の思念から生まれたもの、ね。
それも、相手に対する恨みから発したもの。
その恨みの対象者がいなくなってもそのまま成長をつづけていっていたようだし」
もう少し王都に近ければ間違いなく、王都の守護精霊が対処を施したであろう。
しかしこのあたりに通常近づくものは滅多といない。
それでもそんな場所に【移動】してきた、ということは
おそらくここの【廃墟】に染みついていた気配からであろうことは容易に予測はつく。
この今は廃墟とかしている屋敷ではかつて非道な実験を行おうとした人間がいた。
それは魔と契約し自らの力を駆使し権力を握ろうとした。
が、しかしそのような存在を精霊達がだまって見逃すはずもない。
そもそも、契約した魔も勝手な行動をしたことでおとがめを受けている。
世界の【理】に反して自らの欲のために行動しようとしたその人物は
そのまま【部屋】の中へと押し込められた。
しかしその欲の深さは果てしなく、この屋敷そのものに【念】として染みついた。
その【念】にひかれて、【さまよいの館】はやってきた。
「おそらくかなりの数の生命体を取り込んできていたはずよ。あの様子だと。
まあだけど、【念】を核として成長した【呪闇】とて元々は念には違いないし。
消すこともその成り立ちさえ判っていれば簡単なのよ」
ちなみに精神力、もしくは霊力のみでそれを消しさることもできる。
それはどの存在にもいえること。
しかし大概の存在はそれを発揮することなく、その【闇】にと呑まれてしまう。
あれに自分達が入室することになった先住者達が取り込まれていた。
というのはケレスには説明しないほうがいいでしょうね……
そんなことを思いつつも言葉を選びながら説明するディア。
「ここまではわかるかしら?」
「…ごめん。意味不明……」
「あ~……。ともかく、簡単にいえば屋敷の姿をしていたのは、アレが獲物をおびき寄せるためであって。
元々ここは廃墟であった、これはわかるわよね?
依頼内容が復活した廃墟の調査と浄化だったでしょ?」
確かに。
ケレスがギルドでみつけてきた依頼はそのようなことが書かれていた。
昨日、そこまでディアに詳しく説明したっけ?
ともおもうが、ディアのことなのであれからギルドに確認しにいったのかもしれない。
そう思い一人納得する。
「たしかにそう、だけど。おびきよせる…って、そんなことも可能、なの?」
「その核となっている思いの強さが強ければ対象者に対して現実的な幻をみせることくらいは簡単なのよ」
幻、と表現しておいたほうがおそらくわかりやすいであろう。
実際に館そのものはかつての姿を模して具現化されていたに他ならない。
地にしろ建物にしろかならずその【記憶】の痕跡はのこる。
その痕跡をよみこみ、具現化された建物。
それが先ほどケレスとディアが玄関の扉をくぐってはいった屋敷の正体。
「詳しいのね。ディア」
「伊達に動植物と話しができるわけじゃないってことよ」
本当は別の原因があるのだが、話す必要性がないのでそのあたりは黙っておく。
ディアからしてみれば本当は手をだすつもりなどさらさらなかったのだ。
おそらく、あちら側からしてみれば自分がどこにいるのか、というのを予測をつけてくるのは必然。
…しばらくは大人しくしときましょう。
そんなことをおもいつつ、
「まあ、ここに存在していた【呪闇】は浄化したし。
その結果、ここの屋敷も元の姿にもどったわけなんだけど」
とりあえずさらっとごまかし簡単にと説明を締めくくる。
「浄化?あの旋律みたいなのって、ディアが?何なの?あれ?」
「ん~、まあ、【戒めの旋律】ってところ…かしら、ね?」
それはかつての悲劇を起こしたものたちへの戒め。
二度とそんなことがないようにと、新たに創られた【理】の一つ。
いくら当時、それぞれに完全なる個々の意思がなかったとはいえ協力したのはまちがいようのない事実。
ただ、あるだけであるがままに存在していた。
その結果、人類の暴走を手助けしてしまったのも事実。
だからこそ、【戒め】の言葉というものが新たに創りだされた。
その事実を知るものは【世界】を動かす上層部の一部のみ。
それらはすべて【意思】により創りだされたもの。
そして……
「さて、と。こんなところで座りこんで話しててもなんだし。
とりあえず湖にむかいましょ?それに。早くしないと日が暮れるしね」
いくら何でも女性の夜間の二人歩きはあまりに危険。
それこそいろいろな意味で。
「む~…なんだかよくわからないし。なんかはぐらかされてるような気がする……」
今のディアの説明をうけてもはっきりいってさっぱり意味がわからない。
そもそも、戒め、とはいったい何のことなのだろうか?
そうはおもうがこれ以上、どうやら聞いても答えてもらえそうにない。
その口調からそう判断し、
「…たしかに。とりあえずここを出ましょうか」
壁もあってなきがごとしの廃墟にずっと居座ることは、襲ってください、といっているようなもの。
おそらく脅威となるモノがいなくなったこの場には
今まで近づくことのなかった存在達がやってくるであろう。
そしてその中に人に害を与えるものがいない、とは絶対に言い切れない。
ここは精霊の加護がない場所。
加護のある場所ならばそういった存在は近づくことは許されない。
「まず、湖にいきましょ?うまくすれば、王都の近くの泉まで運んでもらえるし…ね?」
にっこり。
いまだに何だか納得していない表情のケレスをたたみかけるようににっこりと笑みを浮かべるディア。
というかディアとしてもこの場に長居はしたくない。
…いつ、ここを【探索】されるとも限らない。
「…う~……いかないと、だめ?」
「だめ。たぶんだけど。ケレスは自分が火の属性と相性がいいから躊躇してるんでしょうけど」
ケレスの性格はその属性からきているもの。
属性、とはこの世界に存在する様々なものに生まれつき与えられている【能力】を指し示す。
今現在、その属性をもたない生命はこの世界には存在していない。
そのようにあらたに生みなおされた(・・・・・・・)。
詳しくは語られてはいないがそのあたりのことは、伝道師達が様々な場所において伝え広めている。
それこそ言葉をうまく扱い広めているので、属性は別名、神々の贈り物、とすらいわれていたりする。
…実際は異なるのだが……
属性をもっている、ということは、世界、しいては神々にあなたがたは認められて存在していますよ?
という定義だ、と言い伝えられている。
それは動植物などにおいても同じこと。
このままこの話しはうやむやで終わらせて、早めのこの場を立ち去りましょう。
そう決意し、
「さ、いきましょ。ケレス。早くしないと日が暮れるしね」
空を見上げた後に再びケレスの瞳をひたり、と見つめる。
「…は~……仕方ない。たしかに。先に湖の精霊と話したほうがいい…のかなぁ~……」
ここにくるまでの時間を考えれば今から急いでもどっても、
どう考えても途中で日がくれる。
道中、盗賊などがでない、とも限らない。
夜に活動する人を喰らう生物も多々といる。
精霊とうまく話しがつけば、精霊の機嫌によってはそのまま王都に送ってもらえることもありえる。
そういった知識だけはケレスは嫌、というほど実家にて叩き込まれている。
しかし、今までも精霊の存在だけは感じることはできるのにどうして認識ができないのか。
それゆえにケレスは今まで契約、という行為ができていない。
そんなことで卒業した後に儀式が耐えられるのか、という疑念もあるにはあるが、
何しろ儀式を行う相手が相手。
たとえ魔力や霊力が欠片ほどしかなくても絶対に認識できる、というほどの聖なる存在。
「…たしかに、水、だけははやく習得しないといけない…のはわかってるのよね……」
ぶつぶつ。
おもわず愚痴を漏らしてしまう。
昨日の精霊召喚に関しては、もともとギルド本部が契約を妖精と交わしていたがゆえに、
生徒の呼びかけに応じて仮召喚されただけに過ぎない。
召喚の魔方陣で立ち上った光の奔流はディアが行ったものとはかけ離れていた。
それだけでも、ディアが精霊達と相性がいい、というのは容易に想像つく。
それに何より、ディアは間違ったことをいっているわけではない。
水はすべての命の源、ともいわれている原初の海ともいえるべきもの。
母なる大地の次に生命の母、といえるであろう。
ゆえに回復術なども水を媒介とすることによりその威力が格段に増す。
自身の中の水を感じて操ることは可能なのだがどうも水の精霊の力を借りて術を発動させる。
というのがいまだに成功できていない。
すこし考え方をやわらかくすればどうしてできないのか、
というのは誰でもわかりそうな小さなことなのだが、
ケレスはまったくそのことに気付いていない。
それがわかっているからこそのディアの提案。
直接に精霊と交渉し、その姿を実際に視ることにより気づかされることもある。
すべては、一つの【意思】の元に繋がっている。
それがこの【世界】の【意思】が新たに【定めた理】の基礎、となっているのだから………
「考えていてもしょうがない。か。
どうせ遅かれ早かれ、水の精霊の誰かとは接触しないといけないんだし」
どちらにしてもいずれは接触をもたなければならないのは事実。
ならばそれが今日でもいつかわからない未来でも同じこと。
「わかったわ。じゃ、いきましょ。湖に」
くよくよ悩むのは自分の趣味ではない。
ゆえにこそ様々な疑問は頭の隅にと押しやり、意識を変える。
このおもいきりのよさ。
それがこのケレスのよい点であり、また欠点でもある。
そんなケレスの様子をほほえましくみつつ、
「じゃ、いきましょうか」
互いにそんな会話を交わしつつも、二人の少女は瓦礫と化した廃墟をそのまま後にすることに――
二人が目指すは、丘のふもとに位置している小さな湖。
その湖にはその湖を守護している守護精霊がいる、というのはまことしやかに噂されてはいる。
いるが、その姿をいまだかつて実際に目撃し拝んだものは…だれもいない……
次回は精霊がでてきます。