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本音を喋ってしまう魔女の秘薬を飲んだ旦那様が、急に口説き始めました。その裏に、メイドあり。

作者: 有梨束
掲載日:2026/09/07

「これ、なんでしょうか?」

小さな瓶に入った、丸くて白い飴玉のようなものを掲げて、私は旦那様を睨んだ。


旦那様とは、政略結婚だ。

互いにやるべきことをこなしていれば、それでいいと思っていた。

関心もなければ、興味もない。

愛人を作られたりは面倒だが、ある程度の女遊びなんかも許容の範囲だと思っていた。

実家でも、母がそうしていたのだし。


男の人を立てて、家を守りながら、世継ぎを産む。

それが私の役目であり、求められていることだと。


それは旦那様も同じだと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。



違和感を覚えたのは、花を買って帰ってきたことだ。

結婚して一年、婚約期間を入れればもっと長い間この人といるけれど、花を贈られたことはなかった。

ましてや、私の好きな花を把握しているなんて思わなかった。

意外だったし、正直驚いた。


婚約期間でも、贈り物はしてくれていた。

でも、それは夜会に必要なドレスやアクセサリーだったり、旦那様の好きな本だったりと、私の好みに沿ったものは特になかった。

婚約者の義務を果たしてくれているのだと思って、有り難く受け取っていたし、私も自分の好きな詩集を返したりはしていたが…。


なぜ突然、私の好きな花…?


こういう時の女の勘は、当たるものなのかもしれない。


裏に女がいるのでは、と思った。

そんなそぶりもなく、怪しいこともなかったが、急にそう思った。

だから、注意深く観察するようになった。

すると、時々我が家のとある洗濯メイドと話しているではないか。

何かを相談するには相応の相手でもないし、雇い主とはいえ、身分差のある者に頻繁に話しかけに行くのは、いかがなものだろうか。


家の中で、不倫…?

手近すぎやしないだろうか。

そもそも良識もあり、貴族階級を重んじている旦那様が、メイド相手に浮気に走るだろうか?

疑問は膨らむばかりだったが、今日の帰りはやたら遅く、普段堂々としている旦那様の様子がどうもおかしかった。


だから、つい訊いてしまったのだ。

「何か隠し事でもおありなのですか?」、と。

そして、動揺した旦那様の鞄の中から、白い玉の入った小瓶が転がり落ちたのだった。

だから、私が拾い上げた。

そうして旦那様を見ると、顔を青くしているのだった。



「これはなんでしょうか、旦那様」

「あ、いや……、なんでもないんだ」

「ご説明はしていただけないのですね」

「……そうではなくて」

こんなにたじたじの旦那様は、見たことがなかった。


私に何か不満でもあるのかしら。

だったら、私に直接言ってほしい。

直せるところは改善するし、夫婦である以上必要なことなら歩み寄る。

夫に尽くすのが妻なのだと言われれば、それにも応じよう。

だって、政略結婚であり、私のすべきことであるのだから。



「これ、避妊薬とかですか?」

「は…」

「いえ。結婚して一年も妊娠しないので、私には見切りをつけて、次に行かれるための準備なのかなと」

それにしては、相手が洗濯メイドだというのも納得はいかないが、理由にはなる。

率直にそう言うと、旦那様の顔がもっと青くなった。


「違う…!そんなものじゃない!」

「そうですか」

「君にそんなもの、飲ませるわけがないじゃないかっ…!」

声を荒げている旦那様に、ますます不信感を覚える。

何をそんなに隠したがっているのだろうか。

そして、なぜにこんなにも焦っているのだろうか。


私の知っている旦那様は、冷静沈着で、仕事ができて、厳しい人ではあるが真面目で、すべきことをきちんとされる方だ。

取り乱している旦那様は、はじめて見る。


「では、こちらはなんなのですか?」

そこまで言われたら、確かめたくもなるだろう。

干渉しすぎかもしれないが、隠されれば暴きたくなるのも、また人というものだ。


私の夫は、私に何かを隠したがっている。

もしくは、触れられたくないと思っている。

いつもの私なら気にしないようにしたと思うが、今日の私は無理だった。


「何か言えない、まずいことでもあるのでしょうか?」

「…君には、あまり知られたくなかっただけだ」

「左様ですか。私なんかに教えるほどのものではないということですね。それは、分が過ぎましたわ。申し訳ありません」

「いやっ、そういうことではなくて」

「こちらはお返ししますね」

私と旦那様の線引きは、ここまでらしい。

踏み込み過ぎてしまったわ、私としたことが妻の立場でなんでも知れると思ったら大間違いよ。

私たちは、なんでも話す夫婦ではないのだし。


小瓶をそっと旦那様の手の中に返すと、旦那様は苦渋の顔をされた。

だからもう一度謝って部屋を去ろうとした時、とても言いにくそうな低い声が漏れた。


「これは、魔女の秘薬なんだ…」

旦那様は目を逸らして、そう呟いた。


「秘薬?効果はなんですか?」

「…………飲んだ者が、本音で話してしまう代物だ」

「それは随分まあ勝手な効果ですこと。これを私に飲ませる気だったのですか?」

「ちが、違うんだ…」

「では、どうなさるおつもりで?ああ、洗濯メイドにでも飲ませて、愛を確かめ合うおつもりだったとか?」

「……なんで洗濯メイドなんだ」

「旦那様が、最近懇意にされているお相手なのではないのですか?」

私がそこまで言うと、旦那様は私の両腕を掴んだ。

乱暴にギュッと掴むと、必死な形相がこちらを向いた。

その顔は、傷ついているように見えた。


「違う!彼女とはそんなんじゃないっ!ただ、僕は…!」

彼女とすぐにどの相手かわかるぐらいには親密ではないかと思ったが、旦那様は泣きそうな顔で続けた。


「僕は、口下手で、君には何も伝えられていなくて…、そんな自分に嫌気がさして、これぐらいしないと僕の気持ちは伝わらないと思って…。こんなことを頼るしかないなんて、卑怯な話なのだが……」

「? なんの話でございましょうか?」

「僕はっ…!」

そこで区切ると、旦那様は小瓶を開けて、なんの躊躇いもなく魔女の秘薬を飲み込んだ。

さすがの私もギョッとした。

魔女の秘薬なんて怪しいもの、簡単に口にすべきではない。


「何をなされているんですか、早く吐き出してくださいっ」

「僕はっ!君が好きなんだ…!」

「……はいっ?」

声が裏返って、一瞬で思考が違う方向へ塗り替えられた。

何を言われたんだろうか。


熱っぽい目が、私を見ていた。

こんな目もするのかと、頭の冷静な部分で思った。


「…君のことが好きなんだ。でも、君と僕は政略結婚だし、君は僕に興味がないってわかっているし、夫ではいられるのだからそれで我慢すべきだったんだ」

「な、んの話を、しておられるのですか」

「良き夫でいれば、少なくとも愛人を作るとか、そういうことはされないだろうと思ったり。そんなことしかできない自分が、情けなくてたまらないんだが」

「……旦那様ですよね?その秘薬、中身が入れ替わるとかでは」

「こんなもの飲まないと、君に好きも言えないなんて、本当に幻滅するだろう…?」

旦那様は項垂れて、顔が見えなくなってしまった。

その耳は赤く、やっぱり見たことのない旦那様だった。


幻滅、しているのだろうか、私は…。


「…どうして、この前花を買っていらしたんですか?」

自分でもわからなかったけど、口を衝いていた。

他にも訊いたらよさそうなことがあるのに、小さな引っ掛かりを訊いてしまった。

旦那様は気まずそうに俯いたまま。


これでは、私が尋問しているみたいだ。

でも、それと相違ないのかもしれない。

だって、今の旦那様は本音を喋ってしまうのだから。


「君があの花を好きだとは知っていた…。結婚当初に庭師が教えてくれた」

「では、なぜ突然?」

「たまたま、洗濯メイドと話す機会があって、彼女に勧められた」

「なぜ彼女だったのですか?」

棘のある言い方になってしまって、旦那様の方がピクリと動いた。

これでは、夫を責める嫌な嫁みたいだわ。

愛人を作らなければ、と割り切っていた私はどこへ行ってしまったのか。

旦那様の熱に、あてられている気がする。

私、今冷静じゃない。

よくないわ、立て直してからまた話をお聞きした方が…。

いや、そもそもたかが政略結婚の相手として、でしゃばりすぎ…。

……でも、多分、旦那様は踏み込んだ関係を望んでいる。


私まで、気まずい。


「最近入ったばかりのメイドだったから、仕事は大丈夫かと聞いただけだった。彼女の家はお祖父様との古い縁があって、困っているということだったから、今回我が家で採用することになったから、確認をしたんだ」

「そうだったのですね」

「でもっ、断じて彼女と何かあったりはない!古い縁だが、雇うまで面識もなかったし、没落しかけているとはいえそれなりの家のお嬢さんだから、働くには酷かと気にはかけたが、本当にそれだけなんだっ」

こんなに必死に私に向かって弁明している旦那様は、現実味がない。

私も魔女の術中にハマっているかしら。

それくらい、嘘みたいに旦那様がベラベラお喋りになっている。


「それで、彼女に怒られて」

「はい…?」

「奥様のことがお好きだと漏れ出ているのに、なぜ言葉や行動でお示しにならないんですか?旦那様はヘタレなのですか?と言われた…」

「…それは、雇い主に口が過ぎるメイドですね」

思わず苦笑いしてそう言ってしまったが、威勢のいいメイドだなとも思ってしまった。

恩で拾ってもらった身の割には、身の程知らずだが、嫌いではないと思った。

クビになってないといいが…。


「本当にその通りで、ぐうの音も出なかった…」

旦那様は俯きながら、しょんぼりしている。

威厳のない旦那様は、新鮮ね。

なんて声をかけるのが正解なのか、顔も見れないからわからない。


でも、あのメイドがそれなりの家のお嬢さんなら、旦那様とも釣り合っているということになるのかしら。

そう思うと、胸がモヤッとしてくる。

らしくない感情に振り回されそうで、焦燥感に駆られそうになる。

…ダメよ、落ち着いて、何もないって言っているのだし、何かあっても気にしないフリをするのが妻の務めよ。


「旦那様は、本当に私のことが好きなのですか?」

その言葉に、旦那様はバッと顔を上げた。


「好きだっ…!」

「そんなそぶり全くなかったので、正直意外です…」

「自分でも気づくのに時間がかかった、から…。僕も最初はこの結婚は、義務だと思っていた。君との関係も、家のために必要なことで、貴族とはそういうものだと思っていた」

「はい、私もそうかと思っております」

そう答えると、顔を歪めて、旦那様は自嘲気味に笑った。

その顔が、たまらなく悲しかった。


「ああ、そうだろう。だから、ずっと言えないものだと思っていた。君にとっていい夫であればいいと、それだけを思っていくはずだったのに…っ」

「……」

「それなのに、君はそばにいるだろう?どう耐えていけばいいのか、わからなくなってしまった…。でも、自分の気持ちを伝える勇気もなくて、メイドの彼女は物事をはっきり言ってくれるから、つい、背中を押されに行くようになって…」

「旦那様…」

「……わかっている、自分でも痛いほどわかってる」

「メイドの言葉を借りるようですが、ヘタレなのですか…?」

「そうだよっ…!こんないい年になって、初恋で、どうしていいかわからないんだよっ…!」

そんなこと堂々と言ってほしくはなかったが、心は動かされるようだった、

むず痒い、あとちょっと旦那様がかわいい…。


「旦那様は私に興味がないのだと思っておりました」

「それは、君の方だろう…?」

私の様子を伺うように、見たいけど見たくないみたいな視線が届いてくる。

旦那様って、こんなにか弱い生き物のようだったかしら…?


「そうですね、あんまり関心ごとを増やさないようにしていました」

「え…」

「ただの妻ですし。行き過ぎた行動を取らないようにと、思っていましたので」

「……それでは、寂しいんだ」


魔女の秘薬、凄すぎるわ。

いつもキッチリしていて、感情的になったところを見たことがない旦那様の口から、「寂しい」なんて感情ダダ漏れの言葉が出たわよ。

私、今これでもすごく驚いているのだけれど?


「では、もう少し踏み込ませていただいてもよろしいのですね?」

「君がいいなら」

「妻とは夫のためにいるものです。旦那様が必要だとおっしゃってくださるなら、従うまでです」

「……君の真面目なところはとても好いているけど、仕方なく一緒にいてもらうのは本意じゃないんだ」

「旦那様は私と一緒にいたくないのですか?」

「いたいよっ!」

「では、それでいいではありませんか」

「…そう、なんだけど」

そこまで言って、旦那様は真っ赤な耳のまま、私に手を伸ばした。

いつもだったら必要以上に触れたりしないのに、優しく私の手首を掴んだ。


「僕のこと、もう少し意識してほしい…」


誰かしらね、旦那様をこんなに可愛くしちゃったの。

あ、魔女か。


「少しずつでも、よろしいですか…?」

私のか細くなってしまった声に、旦那様はとろけるような笑みを見せた。

それから、首が取れちゃうんじゃないかというほど、頷いていた。


「もちろんだよ、うれしい、ありがとう…!」

どうやら、私たち夫婦は圧倒的に話し合いなどのすり合わせが足りていなかったらしい。

妻失格だわ、挽回できるように努力しないと。


「その秘薬は、私に飲ませる気ではなかったのですか?」

最後にもう一つだけ疑問を口にすると、旦那様は「うっ」と言葉を詰まらせた。


「そんな怖いことできるわけがないだろう」

「怪しいお薬だからですか?」

「き、君にっ、なんとも思われていないだとか、言われたら、立ち直れない…っ」

「旦那様って、可愛らしい人だったのですね。知りませんでした」

「……ただのヘタレです」

そう白状する旦那様にとうとう笑ってしまった。

私が近づいて、その手を握り返すと、それはそれは見事なほどに顔を真っ赤にさせたのだった。


私、この人と夫婦になりたいな。


そう思ったのは、この日がはじめてだった。

この日以来、私たちは少しずつ近づいていったと思う。

私に慣れずにあわあわしている旦那様を見ながら。





「ねえねえ、最近旦那様と奥様いい感じらしいよ〜」

庭で洗濯物を洗いながら、同僚がニヤニヤしながらそう言った。

まったく、主人に対して下世話である。

バレてクビにならないといいけど、…まあ、クビになるなら私か。

旦那様相手に、「ヘタレなんですか?」って物申しちゃったし。


「そんなの洗濯物の頻度でわかってるわよ。いいわよねえ〜。政略結婚だったのに、愛まで芽生えちゃって。羨ましい〜!」

「まず、あんな素敵な旦那様欲しい〜!」

「はいはい、口じゃなくて手を動かしちゃって」

「もう何よ、一番新人のくせに〜。あんたも夢ぐらい見たら?」

「そんなの見てたら、現実がおかしくなっちゃうわよ」

私はため息をつきながら、さっさと洗濯物を干していく。

今日は晴天だから、干せるだけ干したいところだ。


「夢ないわねえ〜」

「いいの、分不相応な夢なんてっ!私は堅実に生きるの!」

「あんた、いいとこのお嬢ちゃんなんでしょ?旦那様みたいな相手と結婚して、返り咲きたいとかないわけ?」


あーあーあー、うるさいうるさい。

小説の中の『私』は、こうやって誑かされたのかなあ。


「ないないっ、雇ってもらえるだけ感謝しなきゃ!」

そう言って、同僚のつまらない妄想を跳ね除けて、手を動かした。




ここは前世で読んだラブロマンス小説の中だと気づいていた。

しかも、私が主人公のヒロインで、ヒーローはこの家の旦那様だ。

なんと略奪不倫もの、しかも奥様を追い出して、正妻の座に収まるちゃっかりヒロインだ。


私、浮気と不倫、無理なんだよねえ〜〜〜〜〜〜。

しかも、旦那様は奥様への想いを拗らせに拗らせて、簡単に優しくしてくれるヒロインに絆されちゃう残念なヒーローだし。


小説だろうが、現実だろうが、純愛がいいしっ。

私、働く方が性に合っているしっ。

ナイスアシストってことで、この世界で役にも立ったしいいっしょ。


屋敷を見ると、顔を赤らめている旦那様と平然としている奥様が、仲良く廊下を歩いているのが見えた。


ふふっ、よかったよかった。

魔女の秘薬もうまく使えたみたいだし。

だって、私、カップルの壁になって見守りたい派なんだよねぇっ!







お読みくださりありがとうございました!!

249日目。

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