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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

『風紀委員長が裏垢で同級生のギャルに甘えまくっているのがバレる話』

作者: だけんど
掲載日:2026/04/24

放課後の教室は、茜色の西日に沈みかけていた。

微かに漂うチョークの粉の匂いと、遠くから聞こえる吹奏楽部のチューニング音。

誰もいない静寂のなかで、私――風紀委員長である白石しらいし しおりは、小さく、ひどく甘えた声を漏らした。

『……うん、今日もね、すっごく疲れちゃった』

スマートフォンから漏れる、ノイズ混じりの優しい声。

通話アプリの向こう側にいるのは、顔も本名も知らないネットの友人。

私が唯一、委員長という重たい鎧を脱ぎ捨てて、ただの「寂しがり屋の女の子」になれる絶対的な避難所だった。

『そっかぁ。しおちゃん、今日もえらかったね。よしよししてあげる』

「……えへへ、もっと言って……。今日ね、またあの金髪のギャルを怒らなきゃいけなくて……ほんとは、誰かに嫌われるの、すごく怖いのに……」

制服のスカートをぎゅっと握りしめながら、私はスマートフォンの画面に頬をすり寄せる。

自分でも気持ち悪いと思うほど、鼻にかかった甘ったるい声。

でも、止められない。昼間に張り詰めていた糸が切れるこの瞬間だけが、私の生きるよすがだったから。

画面の向こうの彼女は、私がどれだけ情けない泣き言を吐いても、決して否定しない。

ただ、ひたすらに甘やかしてくれる。

『……ふーん? その金髪のギャルって、そんなに嫌なヤツなの?』

「嫌っていうか……その、不真面目だし、香水の匂いはキツいし……」

その時だった。

ガラッ、と。

乱暴に教室の後ろの戸が開く音がした。

ビクッと肩が跳ねる。

心臓が、早鐘のように嫌な音を立て始めた。

「……あー、ごめん。忘れ物しちゃって……って、あれ?」

西日を背負って立っていたのは、見慣れたシルエット。

緩められたネクタイ、短く直されたスカート。

そして、夕日を反射してキラキラと光る、色素の薄い金髪。

黒川くろかわ 莉奈りな

つい数時間前、私が厳しい言葉で身だしなみを注意したばかりの、同級生だった。

「……っ!」

私は弾かれたように立ち上がり、スマートフォンを背中に隠す。

顔から一気に血の気が引いていくのがわかった。

黒川さんは、目を丸くして私を見ている。

そして、ゆっくりと、猫のように音もなく私に近づいてきた。

「……委員長? なんでそんなに顔、真っ赤にしてんの?」

「な、なんでもありません! 私はただ、残務処理をしていて……!」

声が震える。

先ほどまで甘えきっていた声帯が、急に「委員長」のトーンを作ろうとして、不様にひっくり返った。

黒川さんは、私の目の前まで来ると、ふわりと立ち止まった。

彼女の首筋から、あの甘ったるい、けれどどこか頭の芯を麻痺させるようなバニラの香水が匂い立つ。

「ふーん……残務処理、ね」

黒川さんの視線が、私の背中に隠した手元へと滑り落ちる。

「……ねえ、委員長。さっきの甘っっっったるい声、誰に出してたの?」

心臓が、ドクンと大きく跳ねた。

聞かれていた。

よりによって、一番知られたくない相手に。

「ち、違います……! これは、その……!」

言い訳を探して唇を震わせる私の耳に、ふと、電子音が届いた。

通話状態のままになっていた、私のスマートフォンから。

そして――目の前に立つ、黒川さんのポケットの中から。

同時に、ノイズが響く。

黒川さんは、ゆっくりと自分のポケットからスマートフォンを取り出した。

画面には、私のアカウント名が表示されている。

「……あーあ。まさかとは思ったけど」

黒川さんは、私を見下ろした。

普段の、気怠げで適当な彼女じゃない。

獲物を逃さないような、ねっとりとした、冷たい爬虫類のような瞳。

「私の『しおちゃん』って、いつも私にガミガミ説教してくる、お堅い委員長だったんだ」

「……あ、……ぁ……」

膝から力が抜けそうになった。

社会的な死。

もし、この裏の顔が学校中にバレたら。

毎日「よしよしして」と見ず知らずの相手に媚びを売っていたことが知れ渡ったら。

呼吸が浅くなる。視界がグラグラと揺れる。

純粋な恐怖と、強烈な羞恥心が、私の内側をドロドロに溶かしていく。

「お、お願い……言わないで……誰にも……」

私は気付けば、彼女のブレザーの袖を掴んで、懇願していた。

プライドなんて、もうどこにもなかった。

涙が込み上げ、ポロポロと頬を伝って落ちる。

黒川さんは、泣き崩れる私を見て、ふっと口角を上げた。

それは、酷く歪で、艶やかな笑みだった。

「いいよ。誰にも言わない」

黒川さんの細い指が、私の涙を乱暴に拭い、そのまま私の頬を撫でる。

ひんやりとした指先の感触に、ゾクッと背筋が震えた。

「その代わりさぁ」

黒川さんは、私の耳元に唇を寄せた。

甘いバニラの香りが、私の肺を完全に支配する。

「……これからは、画面越しじゃなくて。リアルで私に甘えなよ」

「……え?」

「毎日、放課後。私の部屋で、私が直々に『よしよし』してあげる。……委員長も、本当はそういうのが欲しいんでしょ?」

それは、悪魔の囁きだった。

拒絶しなければいけない。こんな関係、絶対におかしい。

けれど、彼女の指先が私の髪をすくうたび、私の心の奥底にあった「誰かに完全に支配されたい」という悍ましい欲求が、甘く疼き始めていた。

「……はい、……莉奈、さん……」

私がその名前を呼んだ瞬間、彼女の瞳の奥で、ドロリとしたど黒い感情が渦を巻いたのを見た気がした。

それが、引き返せない依存の始まりだということに、この時の私はまだ気づいていなかった。


* * *


初めて黒川さんの部屋に足を踏み入れた日のことを、私は今でも鮮明に覚えている。

部屋中に充満する、あの甘ったるいバニラの香り。

間接照明だけの薄暗い空間は、優等生として生きてきた私にとって、ひどく場違いで、息苦しい場所だった。

「……ほら、突っ立ってないで。こっち来なよ」

ベッドに腰掛けた黒川さんが、自分の隣をポンポンと叩く。

私は制服のスカートを強く握りしめ、ガチガチに強張った足でゆっくりと近づいた。

「わ、私……やっぱり、こんなの……」

「秘密、バラされたいの?」

「っ……」

意地悪く目を細めた彼女に逆らえず、私は震える身体でベッドに腰を下ろした。

途端に、ぐいっと強い力で腕を引かれる。

「きゃっ……!」

バランスを崩した私の頭が、柔らかい太ももの上に収まった。

膝枕。

顔のすぐ近くに彼女の腹部があり、バニラの香りが暴力的なまでに鼻腔を支配する。

「委員長、いつも肩書き張ってて疲れるでしょ。……ほら、力抜いて」

「だ、だめ、です……私、は、生徒の模範で……っ、ぁ……」

黒川さんのひんやりとした指先が、私のきつく結ばれた髪を解き、頭皮をゆっくりと撫で始めた。

ぞわり、と背筋に電流が走る。

「毎日遅くまで残って、嫌われ役買って……えらいね、しおちゃん。頑張ってるね」

「あ……ぅ……」

ダメだ。こんなの、絶対におかしい。

頭では分かっているのに、彼女の指先が髪を梳くたび、甘い声で肯定されるたび、私の中で張り詰めていた鋼の糸が、プツリ、プツリと音を立てて千切れていく。

「誰も見てないよ。ここでは、ただの『寂しがり屋のしおちゃん』でいいんだよ」

「……あ、あぁ……っ……ひぐっ……」

理性が、完全に決壊した瞬間だった。

私は黒川さんの腰に腕を回し、顔を押し付けて、子供のように声を上げて泣きじゃくった。

彼女はただ優しく、何も言わずに私の背中を撫で続けてくれた。

それが、すべての始まり。

私が彼女の与える甘い毒に、自ら喉を鳴らして喰らいついた最初の日だった。


* * *


それから、わずか一ヶ月後。

私が完全に「壊れる」のに、大した時間は必要なかった。

「……莉奈、さん……っ、はぁ、……りな、さん……」

放課後の、黒川さんの部屋。

私は今、床に座り込み、ベッドに腰掛ける彼女の膝にすがりついている。

「んー? どうしたの、委員長。今日はやけに必死じゃん」

黒川さんは、片手でスマートフォンをいじりながら、気怠そうに見下ろしてくる。

私を撫でてくれるはずのもう片方の手は、ベッドの上に置かれたままだ。

「おねがい……撫でて……よしよし、して……っ」

「えー、今ちょっと返信忙しいから後で」

「いやっ、今……っ、今がいいの……! 私、今日、すごく頑張ったから……っ」

情けない声だった。

学校では完璧な風紀委員長を取り繕っている私が、一回りも小さな同級生に、犬のように撫でられることを乞うている。

プライドなんて、とっくの昔にあのバニラの香りに溶けて消え失せていた。

彼女に触れられていないと、息の仕方すらわからなくなる。

頭の芯が痺れて、不安で狂いそうになるのだ。

「……ねえ。誰に甘えてるか、ちゃんと分かってる?」

黒川さんがスマホを置き、冷たい指先で私の顎をくいっと持ち上げた。

見下ろしてくる彼女の瞳は、普段のゆるふわなギャルのものじゃない。

もっと暗く、泥のように濁った、支配欲に満ちた瞳。

その視線に見つめられるだけで、背筋がゾクゾクと粟立ち、下腹部の奥が熱くなる。

「わ、わかってる……っ。莉奈さん……私の、ご主人様……っ」

その言葉を聞いた瞬間、黒川さんの口角が、歪に吊り上がった。

「ふふっ、あはは! まさかあの堅物委員長に『ご主人様』なんて呼ばれる日が来るなんてね」

彼女の両手が、ついに私の頬を包み込み、そして優しく髪を梳き始めた。

「あ……ぁっ、……ん……」

「よしよし、えらいねしおちゃん。いい子だね。もう私なしじゃ、何もできないね」

「……うん……っ、莉奈さんだけ……莉奈さんがいれば、私、なにもいらない……っ」

与えられた快感と安堵感に、私はポロポロと涙をこぼしながら彼女の手に頬を擦り寄せる。

自分が異常な共依存の沼に沈んでいることくらい、とうに気づいていた。

でも、もう抜け出せない。抜け出したくなんてない。

彼女の指先が、声が、匂いが。

私の世界のすべてを塗り潰してしまったのだから。

「ずーっと、よしよししてあげる。……だから、一生私に縋って生きてね、しおちゃん」

頭上から降ってくる、呪いのように甘く、恐ろしい執着の言葉。

私はそれに、幸福感で頭を真っ白にしながら、ただ深く、深く頷き続けていた。


◆◆◆


私の膝の上で、規則正しい寝息を立てる白石栞。

学校では「氷の風紀委員長」なんて呼ばれている彼女が、今は私の太ももに涎を垂らしそうなほど顔を押し付けて、無防備に眠りこけている。

「……ほんと、バカだよねぇ。しおちゃんは」

私は、彼女の艶やかな黒髪を指に絡めながら、小さく独り言をこぼした。

少しでも撫でる手を止めると、眠っているのに「んん……っ」と不安そうな声を漏らして、私の服の裾をぎゅっと握りしめてくる。

完全に、私という精神安定剤ドラッグがないと生きていけない身体になっている。

その事実が、私の内側をどうしようもなく満たし、暗く歪んだ優越感でゾクゾクさせた。

彼女はきっと思っているはずだ。

あの日、放課後の教室で『偶然』裏垢での通話を聞かれてしまい、運悪く私に弱みを握られてしまった悲劇のヒロインだと。

秘密を守るための対価として、仕方なく私の部屋に通ううちに、甘い毒に当てられて堕落してしまった哀れな優等生だと。

「……偶然バレた? ばっかみたい。そんなわけないじゃん」

くすくすと、声の出ない笑いが込み上げる。

私が彼女の裏垢――『しおちゃん』の存在に気づいたのは、もう半年も前のことだ。

たまたまおすすめに流れてきた、顔出しなしの愚痴アカウント。

毎日毎日「誰かよしよしして」「褒めて」と呟く承認欲求の塊みたいなそのアカウントがアップした写真の隅に、うちの学校の指定カバンと、栞がいつも持ち歩いている特徴的な万年筆が写り込んでいたのだ。

それに気づいた瞬間、私の頭の中で何かが弾けた。

いつも私に「スカートが短い」「遅刻するな」と冷たい目を向けてくる、あの高潔で完璧な委員長が。

裏では泣きながら他人の愛を乞うている。

たまらなかった。

その矛盾が、その脆さが、どうしようもなく私を興奮させた。

私はすぐに捨て垢を作り、『ゆるふわなネッ友』を演じて彼女に近づいた。

毎日毎日、彼女が欲しがる言葉だけを与え続けた。

「えらいね」「がんばってるね」「よしよししてあげる」。

画面越しの安っぽい言葉だけで、彼女は面白いように私に依存していった。

でも、それじゃ足りなかった。

画面越しのテキストや通話だけじゃ、彼女の体温も、震える声も、涙も、直接味わうことができない。

だから、仕掛けたのだ。

わざと香水をきつくして、わざと校則違反をして、彼女の視界に無理やり入り込んだ。

彼女が私に注意をしてくるたびに、内心では「この口で毎晩私に甘えてるくせに」と、ゾクゾクするのを必死に堪えていた。

そしてあの日。

彼女が教室に一人で残り、私との通話を繋いできたあの絶好のタイミングで。

私は、わざと教室に戻った。

ポケットの中で通話を繋いだまま、わざと彼女の目の前に立ち、わざと着信音を鳴らした。

すべては、彼女の『表の顔』をぶっ壊し、完全に私の手中に収めるための、緻密な罠。

「……あの時のしおちゃんの顔、最高に綺麗だったなぁ……」

絶望で青ざめて、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、私の袖にすがりついてきたあの瞬間。

一生忘れられない。

私の胸の奥底で渦巻いていた、真っ黒でドロドロとした『クソデカい感情』が、ついに形を持って彼女を飲み込んだ瞬間だった。

「ん……ぁ……り、な……さん……」

不意に、膝の上の栞が目を覚ました。

寝ぼけ眼で私を見上げ、すりすりと猫のように頬を擦り寄せてくる。

「おはよう、しおちゃん。よく眠れた?」

「うん……莉奈さんが、撫でてくれてたから……えへへ……」

ふにゃりと笑うその顔には、かつての威厳など微塵もない。

ただ私に飼われることだけを望む、甘ったるいお人形。

「あのね、莉奈さん……」

「ん? なあに?」

「私、莉奈さんにバレて、本当によかった……。もしあの時、莉奈さんに秘密を知られてなかったら……私、きっとずっと苦しいままだったもん。……見つけてくれて、ありがとう」

純粋な感謝と、盲目的な愛。

自分が巨大な蜘蛛の巣の中心で、身動きが取れなくなっていることにも気づかずに。

彼女は嬉しそうに、私に絡みついた糸を自らきつく結び直している。

ああ、なんて愛おしくて、なんて愚かなんだろう。

「……うん。どういたしまして、しおちゃん」

私は、彼女には絶対に見せない、底知れず歪んだ笑みを浮かべた。

そして、彼女の細い首筋にそっと手を這わせながら、甘く、呪いのような言葉を落とす。

「もう二度と、私から離れられないようにしてあげるからね」

窓の外では、あの日と同じように、茜色の西日が私たちを不気味なほど赤く照らしていた。

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