3
「正気か?」
同じベッドで寝る。その言葉に思わず漏れた言葉だ。その言葉にオレリアの顔が少し固まる。
「えっと…何か気に食わなかったかい?」
「俺は男だぞ?」
確かめるように問いかければ、今度はにんまりと笑って近づいてくる。そこには、からかいと言うよりも安堵の成分が大きく含まれていた。
「構わないとも。少なくとも私が君を拒絶することはないさ!」
「それにしてもだ。あんたは美人なことを自覚してくれ…」
「…そんな事を言うのは君くらいなものだよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。私はハーフだからね。ハーフエルフ。どの種族も混血は嫌われる。何度恨んだことか…」
寂しそうにつぶやくオレリアに、シンは耳の話をした時の様子を思い出していた。あの時、過剰反応していたのはこのことだったのだろう。
「混血で差別か。俺には理解できんな」
「だろうね。記憶がないならそうだろうさ。混血は不吉の象徴って言われてる。両親がどれだけ愛し合っていたとしても、子どもは世の中じゃ爪弾きにされる。君はそんな話も知らないからそう言える」
「………不吉ね?俺からすりゃ、お人好しの救世主だけどな」
「あっははっ。それも初めて言われたよ。大体助けたって、触れるな穢れた血めって言われて終わりだからね。冒険者の依頼としていけば仕事だけの関係だって相手も割り切ってくれるけど…それも、人によっては混血ってだけで断る依頼人もいるくらいだ」
何でもないことのように言っているが、その言葉はシンにとっては大きな衝撃だった。ぼやけた記憶がそれはおかしいと叫ぶ。だが、同時に一人の言葉では世の中は変わらないことも、諦めのような感情とともに教えてくる。
「……少なくとも、俺は感謝しているし、穢れたなんて思っちゃいない。これからも思うことはない」
言えたのはこれだけだった。空虚だ。今の感情に任せただけの無責任な言葉。
「そっか…そうなんだね。変な奴だよ、君は」
くるりと背を向け、外を見るオレリア。シンからその表情は見えないが、背中が少し震えていることから大体の予想はつく。
「とりあえず、ねよっか」
「そこは、変わらないのね」
「勿論だよ。明日からはまた忙しいんだ。少しでもいい場所で寝ないと!」
暫くして振り返ったオレリアは出会ったときと変わらない、にこやかな雰囲気だった。彼女はぬるりとシンに近づき、その体をベッドに引きずり込む。
「おおう!?今どうやってっ?」
「いーからいーから。さ、寝るよー」
「は、ちょ、まじで、やば―」
「知らなーい。はいお休み」
毛布でくるまれ、お互いが密着するようなカタチでベッドに拘束される。あまりに顔が近く、柔らかな感覚に焦りと衝動が沸き起こるが、それも最初だけ。なんだかんだ言っても、この怒涛の1日に疲労がたまっていたのだろう。シンの意識はすぐに闇に沈んでいった。
「………ねた、かな?」
それから暫くして、シンの様子を確かめるようにオレリアが呟いた。シンは深い眠りに落ち、気づいた様子はない。それを確認してからオレリアは一人呟く。
「ごめんね、騙すような真似して。怖かったんだよ。でも寂しかったんだ。記憶がなくて、混血どころか多種族にすら差別意識がない。こんな人、どこを探したっていない。だから、欲しくなっちゃったんだ…」
慈しむように、頭をなでる。その目は…愛や恋と言うには妖しすぎる光が宿っている。
「顔も悪くない。むしろ整ってる。体の大きさも私が収まるには丁度いいね。ふふふ…大丈夫、記憶がなくても、戻らなくても私が一緒にいてあげるね」
ようやく手に入れた、自分を排斥しない拠り所。記憶なし、貧弱で格好もおかしい。あまりに怪しく、すぐに地雷と分かる人物。それでも関係ない。こんな幸運な拾い物、もう一生に二度とないのだ。逃がしてやるものか。と、言わんばかりに抱きしめる。
「おやすみ、私のシン」
世界に嫌われた少女にとって、シンの異質さは毒と変わらなかった。
――――朝。
シンが目が覚を覚ますと熱を感じる。視線を下げれば、自分の胸に潜り込むようにして眠るオレリアがいる。
「どうしたもんかね…」
このままではいずれ理性の糸が切れるだろう。昨日こそ疲労で眠れたが、今後どうなるかは分かったものではない。しかし、そうなれば助けてくれた恩人に対して余りにもひどい仕打ちである。
「あ、シン。起きたんだね」
悩んでいるうちに、オレリアも目を覚ます。無防備な笑顔ですりすりと胸に顔を埋めてくる。柔らかく温かな感触が、シンの悩みなど知ったことではないとばかりに、何かを削る。
「っ…ああ。おはよう」
このままでは不味い。そう感じたシンは、慌てて起き上がりベッドから立ち上がる。
「むー、まぁおいおいかな?」
少しばかり不満を漏らしながらもオレリアも立ち上がると、彼女の体が淡い光りに包まれる。
ふわり。光とともに風過吹き抜け、彼女についていた汚れやほこりがなくなった。オレリアが納得してくれたことにほっと息を吐きながらも、そのあり得ざる光景に目を見開く。
「今のは?」
「ああ、そりゃそうだよね。これは『魔法』ってやつだよ。今のは軽い浄化。冒険者なら誰でも使える体の汚れを落とすやつ。君にも使ってあげる」
そう言って彼女が軽く指を振ると、シンの体も淡い光りに包まれる。ほんのりと温かく、まるで風呂に入っているような心地だ。が、それもすぐ消える。同時にさっきまで感じていた体の不快感が嘘のようになくなっていた。
「すげえ…」
「今日の用事が終わったら教えてあげるよ。簡単だしね」
「いいのか!?」
「もちろんさ。じゃ、まずはご飯だ。朝食は下、食堂で食べるよ」
「ああ、分かった」
今日の用が終われば魔法を教えてもらえる。そのことにうきうきとしながらオレリアの後ろについて歩く。
食堂は賑わっていたが、オレリア達が降りると一瞬静かになったあと、またすぐに元の喧騒に戻る。
「店主。朝食2つ。昨日注文してたろ?」
「ああ。用意してある。そこに座れ」
指定されたテーブルに座ると、すぐに朝食がよういされた。黒いパンに、少しの野菜とスープのようだ。
「硬っ…」
「そのまま食べりゃそうなるよ。こいつはスープにつけて柔らかくして食べるんだ」
「な、なるほど…」
にこにこと楽しそうに教えてくれる、オレリアの真似をしてパンを食べる。味は、特筆しておいしいというわけでもない。寧ろ不味いくらいだが、食べられないほどでははない。
「なんでこんなに硬いんだ…」
「保存食にもなってるからね。基本的にパン屋でもない限り柔らかいパンは食べられないよ」
「そうなのか」
「うん。まぁ、昼にでも柔らかいのは食べさせてあげるよ。今日は買い物の日だしね」
「いいのか?ありがとう」
「どーいたしまして」
それから暫くして、食事を終えた二人は街を歩く。街は昨日の夕暮れと違い、活気に溢れ、多くの人が行き交っていた。
「じゃあ、まずは君の装備を整えようか。冒険者で生きてくには剣くらいは持ってないとね」
そう言って彼女は昨日と同じようにシンの手を優しく握った。




