月が綺麗ですね
100奇譚・5話目
「月が綺麗だね。」
月明りだけが海に落ちる。
街灯もない寂れた橋の上で、男は月を見て言った。
「ええ、そうね。」と女が返事をする。
互いの表情を隠すように、月が雲に消えた。
「―――殺される覚悟は、まだできてないかも。」
女はその着こなしたスーツのジャケットから、使い慣れた拳銃を取り出した。
尖った奇抜なネイルで、グリップに力を込めて握った。
車1つ通らない静寂の中で、火薬の破裂音だけが美しく広がった。
一瞬の光で見えた女の目元はくしゃっと歪んでいた。
「おっと、気合十分。」
おどけたように男は嘲る。どこか、淋しげではあるが。
女が舌打ちする。
「まぁそんなに急ぐな、晩餐はどうだった?」
他愛もない会話を振りつつ、ポケットから同じく拳銃を取り出す。
「あなたにしては珍しく、イマイチな味だったわ。普段はもっとセンスがいいもの。」
男は拳銃を現れた月にかざし、布で拭いている。
「イマイチな方がいいんだ。何よりこういう場面ではね。」
そう言って一発。女の頬にかすり傷。
「悪趣味ね。女の顔にキズをつけるなんて。」
「お互い様だろ?お前なら避けられた。」
軽口を叩きながら、もう一発。
今度は避ける。長い髪が揺れ、左へ走り出す。
コツコツとヒールの音が小刻みに響き、男はそれを追う。
もう一発。
右のヒールの足。
女も拳銃を向ける。男も駆け出す。
足音はまるで舞踏のように、美しく旋回する。
発砲音はアクセント。
息遣いは旋律を奏でた。
舞踏は終盤に差し掛かり、テンポは遅くなる。
次第に発砲音が増えていった。
男の足から血は流れ、
女は右肩を押さえていた。
最後に男は、確かに女の腹を撃ち抜いた。
そして自分の腹にも、最後の1つを使った。
彼らはその場に倒れた。
その場の静けさで、何となく、女は口を開いた。
「―――死んでもいいわ。」
男は腕で目を覆う。
「…なんだよそれ…。」
女は声を上げて笑った。
「あなたのこと、好きだったのよ。でも、返せないじゃない。」
男は大きくため息をついた。
「―――晩餐はもっとおいしい方が良かったな、ごめん。」
そうね、と女が返す。
「もっと素直に言った方がよかったかなぁ…」
男のそんな呟きは、次第に静寂に溶けた。
コンセプト
"「月が綺麗ですね。」って言われてもわからん。"
続きはないので作れません。




