天井
暑く、ムシムシとした夜。カーテンの隙間から洩れた、どこかの街灯の明かりが、部屋を少し明るく照らしている。
当然、そんな日に快眠が出来る訳も無い。
夏の寝苦しさに耐えながら、ベットの上で無駄な時間を過ごす。
「あー……」
今は奇妙な声しか出せない。
何かをする程元気は無いが、それでも、行動をした方が良いのでは無いかと考えてしまう。
壁の時計を見る。
0時半。
時の流れが遅い。秒針が刻一刻と進むのが、酷く鈍い。
ただ、天井を見つめる。
そこから、どれくらいの時間が過ぎたのだろう。眠気がようやく襲ってきた頃、ふと、一つ気になる点が産まれた。
どうも、本棚と天井の距離が近い気がする。
それだけでなく、家具全部が天井に近い。
家具が動いている。
そう、思考した。だが、直ぐにそれよりも合理的な考察が出た。
―――天井が近付いてる、降りてきている。
おかしな事だとは重々理解している。それでも、そう思う他無かった。今、仰向けの私が見ている光景は、そう解釈するしかないのだ。
私は自分の心臓の位置を強く感じた。手が知らぬ内に汗ばむ。
天井は、秒針が進むよりも、もっと早く私に迫る。
焦燥がじわじわと心を蝕む。視線は自然と横を向いていた。直視したくないのもあるが、逃げなければならないと強く感じたからだ。
足を動かそうとする。けれども、それはまるで私の物では無いかの様にピクリとも動かない。
鉛の様な重さがある訳では無い。これは金縛りであると、直感した。
更に気持ちは憔悴する。
脳が思考を巡らせる度、このまま押しつぶされる未来が見える。
私は神に祈る気持ちで、この厄災が鎮まる事を願った。それでも、天井は何の躊躇いも無く、冷酷に近付く。
もう、天井は私から50cm離れている程度では無かろうか。
周りの様子はもはや分からない。
窓から射していた街灯の明かりも、気が付けば消失していた。
死ぬ。
そう感じるには十分過ぎる状況だった。
さりながら、それに対して恐怖感が薄れてゆくのを感じた。
凡そ、諦めだろう。ところが、それ以外の感情。受け入れるという気持ち。そんな物が泥だらけの心の底から、ふつふつと沸き上がってくる。
私は天井へと右手を伸ばす。いや、伸ばす程、もう、天井との距離は残っていない。
指先でそっと触れる天井は、真夏の深夜とは到底思えぬ位、ひんやりと冷たかった。そして、濡れている様に感じられた。
何故か、私は安堵感を覚えた。
これは、何を受け入れるつもりなのだろう。
天井は、私の眼の全てを埋め尽くした。
既に、鼻先に触れている。
私は過剰な安心を抱いて瞳を閉じた。二度と開けるつもりは無かった。
不意に私の目は開いた。反射の様なものかもしれない。体も同様に起き上がる。
部屋を見回せば、妙な白っぽい明るさ。
それが何なのか、即時に理解出来なかったが、私はおぼろげながらに自覚した。
私は朝を迎えたのだ。
夜となんら変わり無い時計を見ると、朝5時9分を示している。
死んでいない事は確かであった。
私は……。
どこか、寂しい様な、悔しい様な気持ちで立ち上がる。
もしかすると、あれは夢だったのでは無いか。そう思った。苦しくなるから、そう思う他無かった。
だが、天井を触れた右手だけは湿っており、冷たく震えていた。