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恋人に振られて捨てられたわたしの愚痴に親友は「任せときなァ」と呟いた

作者: Ruka

恋人に振られたことを一緒に田舎から出稼ぎに出て来た親友に愚痴ったら……なお話。


 ガヤガヤと賑やかな酒場では人々の笑い声や泣き声があちらこちらの席から聞こえてくる。大半は野太い男の声だがその中に男達にも負けないほど大きく、そして悲痛な女性の声が混じっていた。

 

「おぉーーーーん!! ぐやじいよおぉぉぉッ!!」

 

 ダンッ! と木製ジョッキをテーブルに叩きつけて人目もはばからず泣きじゃくるのはこの街のカフェで働くエミリーだ。

 素直な働き者であり、いつも明るい性格でちょっとやそっとじゃへこたれない彼女がどうしてこんなに泣いているのか。それはもうすぐ交際して一年になる恋人からこっぴどく振られた事にある。


「よしよし、全部吐き出しちゃいな〜」


 べしょべしょに顔を濡らしたエミリーにハンカチと水、そしてエミリーの好物であるブラックペッパーのきいた腸詰めを差し出してくれるのは親友のブレア。二人は出稼ぎの為に同じ田舎から都会の街にやって来た幼馴染だ。

 

「まったく……。こーんな可愛い女の子を振るなんて、あのゴミカス野郎は見る目ないよ。ほんとに」

「ブレア〜〜〜〜っ! うっ、うぅ……うおぉぉぉんッ!!」

 

 ブレアに慰められたエミリーはまた大量の涙を流す。ついでに鼻水も。ブレアのハンカチはあっという間にその役目を終えた。

 癖の強い泣き声をあげながらエミリーは恋人、いやもう元恋人のジョーダンとの思い出を振り返る。


 告白は彼からだった。カフェでくるくると動き回るエミリーを見たジョーダンが話しかけて来たのがきっかけ。

 ジョーダンは街の警備をする騎士だ。逞しい体に整った顔立ちの彼から声をかけられた時、エミリーはからかわれているのだと最初は相手にしなかった。ただでさえ女性人気の高い騎士……その中でも見た目の良いジョーダンが田舎娘など本気で口説くわけがない。もしかすると賭け事でもされているのではとエミリーは警戒心すら抱いていた。

 その警戒心をゆっくり解くようにジョーダンはエミリーに声をかけ続けた。贈り物も高価な物ではなく、すぐに食べられるお菓子などで食事に誘われる場所も高級店ではなく、エミリーが気後れしない庶民的なお店であった。それでいてオシャレで隠れ家的な雰囲気な店内は恋人同士で来ることを意識させる。押し付けがましくなく、それでいて時に少し踏み込むようなアプローチが三ヶ月も続けばエミリーもジョーダンの気持ちが本気なのだと感じられた。


 何度目かの告白に頷いた時のジョーダンはエミリーを抱き上げてその場でくるくると回転するほど喜んだ。嬉しそうなジョーダンに胸がいっぱいになったエミリーがは彼のひたいに口付けを落とした。本当に幸せだった。


 なのに……。エミリーの目の奥からまた涙がせり上がってくる。

 あんなに愛を伝えてくれていたジョーダンはあっさりとエミリーに別れを告げた。エミリーの知らない女性の腰を抱いて言い放ったのだ。

 

「エミリー、お前とはもう終わりだから」

 

 何を言われたのか理解が追いつかないエミリーにジョーダンは見せつけるように女性と口付けをし、エミリーと女性の違いをつらつらと述べる。

 作る料理が田舎くさい、身持ちが固い、女性としての魅力が足りない……などなど。それら全てがエミリーの心にグサグサと突き刺さっていく。女性の嘲るような笑いが時折挟まれ、それが傷に塩を塗り込むようだった。

 ショックで固まるエミリーにジョーダンは冷ややかな視線と声でとどめを刺す。

 

「じゃあな。もう二度と声かけんなよ」

 

 離れていく二人に恨み言のひとつも投げられないまま、エミリーは胸の痛みに耐えるしかなかった。ブレアが通りかからなければ今もあの場に一人で蹲っていたかもしれない。

 話を聞いたブレアは憤り、ジョーダンと女性を罵り、エミリーを酒場へと連れて来た。酒と美味しいご飯、そして涙と愚痴でエミリーの心は何とか持ち直す。

 

「ブレア、本当にありがとう……あなたがいてくれて本当に良かった。やっぱり持つべきものは最高の親友だわ」

「ふふ、いいよ。エミリーが少しでも元気になってくれたなら」

 

 優しい言葉が胸に染みる。思い返せばエミリーが困ったり落ち込んでいる時に一番に力になってくれるのはブレアだった。

 元気が出てきて、ぐびぐび飲んでいたお酒を今度はちびちび舐めながらエミリーはぶちぶちと怒りを零す。

 

「別に他に好きな人ができたなら言ってくれれば別れるのに……わざわざ酷いこと言う必要なくない?」

 

 料理が田舎くさい、なんてエミリーが田舎の出である事は付き合う前から知っていただろうに。それに母直伝のレシピはエミリーにとって宝物である。ジョーダンだって美味い美味いと食べていたくせに。


 身持ちが固いというのだって、ジョーダンが住む騎士団の寮は部外者立ち入り禁止でエミリーの住むアパートは壁が薄い。誰に聞かれるか分からないでそういう行為はしたくないし、そもそもエミリーにとっては結婚を約束する相手とする行為という認識でありジョーダンにもそう伝えていた。今はタイミングでないと了承したのはジョーダンではないか。


 女性としての魅力が足りないなんて、それこそエミリーの知ったことではない。交際を申し込んできたのはジョーダンだ。あの時からエミリーは変わっていない……いや、むしろ恋人が出来たから身だしなみもより一層気を使ったし周囲からは綺麗になったと言ってもらえた。


 考えれば考えるほど馬鹿らしい。涙はいつの間にか止まり、傷んでいた心も落ち着いている。くだらない男に時間を使ってしまったがこれも人生勉強と割り切る余裕も生まれてきた……が、やはりムカつくものはムカつく。

 

「はぁ〜……不幸になれとまでは言わないけど、ちょっとした天罰くらいは当たってほしいな」

 

 独り言として呟いた言葉は喧騒に紛れることなくブレアの耳に届いた。

 

「……任せときなァ」

 

 そしてブレアの呟きはエミリーの耳に届くことはなかった。


 


 街の巡回に出ようとしたジョーダンを上司が呼び止める。上司の傍らには初めて見る騎士見習いの制服を着た男。

 

「ジョーダン、今日から騎士見習いとしてうちで働くブレアだ。色々教えてやってくれ」

 

 紹介を受けたブレアはキラキラとした眼差しでジョーダンを見つめる。

 

「ブレアです! 憧れのジョーダンさんとお仕事出来るなんて光栄です!」

 

 女性からの黄色い声には慣れているジョーダンも純粋で真っ直ぐなブレアの反応に口角が上がった。

 

「あぁ、よろしくね。ブレア」

「はい! よろしくお願いします!」


 従順で仕事の覚えも早く、常に自分を持ち上げるブレアにジョーダンは言いようのない高揚感を抱いていた。

 街の喧嘩の仲裁に入れば「さすがジョーダンさん!」

 馴染みの店で飯を奢れば「ジョーダンさんの連れて行ってくれるお店はどこも美味しいです!」

 同僚や上司、ジョーダンの友人に対して「ジョーダンさんは優しくて強くて、憧れの存在です!」

 女性の甘えてくる言葉とは違う、同性の惜しみのない賛辞はジョーダンにとって麻薬そのものだった。

 つい仕事の時間だけでなく休日にもブレアを誘って一緒に行動する時間が増えていく。ジョーダンが誘えばブレアは断らないし、ブレアは三ヶ月したら騎士見習いを辞するらしかった。

 

「本当は尊敬するジョーダンさんのように皆に慕われる立派な騎士になりたかったのですが……田舎の父の体調が悪く、店を継いで欲しいと言われてるんです」

 

 寂しそうに語るブレアに残された時間を出来るだけブレアと共に過ごそうとジョーダンは決めた。

 その結果、ジョーダンの新しい恋人は自分を構わないジョーダンに不満を募らせた。ジョーダンは最初こそ恋人の機嫌をとっていたが、ブレアと過ごす方が楽しければ楽しいほど恋人のわがままや不機嫌に疎ましさが勝ってくる。

 ブレアは安い食堂でも喜ぶのに対して恋人は高い服やアクセサリーをねだってくる。恋人と出かけるよりもブレアといる方がジョーダンは自分の好きなことが出来る。

 恋人とは体を重ねる気持ち良さがあったが、夜の誘いをした際にブレアを優先していることにチクチクと嫌味を言われ、最後には男同士なのにブレアとの関係を怪しむ発言にジョーダンがキレた。


 お互いを口汚く罵る怒声は周囲に響き、醜い喧嘩に二人の評判は地の底に落ちた。元々エミリーを手酷く振ったことを知る者から冷ややかに見られていたのに、三ヶ月で破局したジョーダン達に同情する声は無い。特にジョーダンは自分から振ったにも関わらずエミリーの名前を出し、「エミリーはお前みたいに自分勝手な女じゃなかった」などと盛大なブーメランを投げた為に街の女性からは蛇蝎の如く嫌われた。


 今回の騒動は騎士団の耳にも入り、ジョーダンは騎士としての振る舞いについて厳重注意をされた。エミリーを振った時にもジョーダンに対する苦言はいくつか届いていたが、女性問題は騎士には珍しくないからと甘く見てしまっていた騎士団の落ち度だ。近日中に騎士団全体に騎士としての講習が義務付けられることになる。


 ジョーダンと別れた恋人は新たな相手を探したが恋人のいる相手を寝取ったと有名になり、噂に尾ひれ背びれがついて鎮火も出来ずしばらくして遠方にある実家に帰って行ったらしい。





 エミリーとブレアは地元である田舎に帰る馬車に乗っていた。街から離れると風に乗って馴染んだ緑の匂いが二人の鼻をくすぐる。

 街での生活は楽しくもあり、大変であった。地元の友人の多くは都会での暮らしに憧れて出て行ったが、エミリーは自分には地元が合っていると感じていた。向かいに座るブレアにエミリーが話しかける。


「そう言えばブレアのお父さん、大丈夫なの? ぎっくり腰だよね?」

「うん。街でよく効く薬を送ったからもうすっかり良くなったって。これで隣のおばあさんの謎の薬飲まされずに済むって感謝の手紙が来た」

「ふふっ、それなら良かった。……ねぇ、ブレア本当にわたしとこのまま帰るの?」


 騎士見習いとは言え田舎での仕事に比べれば給金の良い仕事をあっさりと手放したブレアにエミリーは自分に付き合わせてしまっているのではと考えていた。

 不安そうな顔のエミリーにブレアは軽い調子で答える。

 

「出る前にも行ったけど、俺は騎士になるより店の手伝いとか農作業とかのが性に合ってるんだ。緑も多い方がいい。だからエミリーの為に一緒に帰るんじゃなくて、俺の為に一緒に帰ってるだけだから気にしないで」


 綺麗にウィンクをするブレアにエミリーは安堵の表情で肩の力を抜いた。ブレアの言葉に嘘がないことは付き合いの長さから分かり、早合点した罪悪感が急速に萎んでいく。

 本当にこの親友はいつだってエミリーの気持ちを持ち直させるのが上手い。


「じゃあ、これからもよろしくね。ブレア」

「こちらこそ、よろしくね。エミリー」

エミリーはブレアがジョーダンを嵌めたことは知りません。

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