第9話「猫じゃないのにゃん…!?」
「……本当に、来ちゃった……」
玄関のドアを閉めた瞬間、わたしの中の“まともな思考回路”は爆散した。
だって、今。
霧崎 誘が。
うちの、わたしの、狭〜いアパートの部屋の、中にいるんですよ……!?
「…この部屋で明晰夢を見てるのか」
「や、やっぱり!? やっぱり狭いですよね!? あの、会社の研究棟とか広すぎるから相対的にこう、アレでソレであのっ」
動揺しすぎて意味不明な返答になる。
「いや、悪くない。むしろ君っぽい」
「へっ!?!?」
落ち着いた低音で、そんなこと言われたらもう、死ぬにゃん。
心拍数が明らかに明晰夢中レベル。
霧崎さんは、いつも通りのクールな顔で部屋をぐるっと見渡している。
この人、家の中にいるのにスーツばっちり決まってるの反則じゃない?
(はあぁ〜……ベッド、見られちゃった……。あの中で何度も猫になったのに……ってあれ、あの猫バイブ片付けた!?)
「ちょ、ちょっと! お茶淹れますね! ここに座っててくださいね!? 絶対! 絶対そこから動かないでくださいね!?」
「ふふ……動かないように頑張るよ」
ふ、ふふって今……笑った!? めちゃレア表情出たにゃん!?
かえにゃ、大混乱。
夢じゃない。これ、ほんとに現実なの?
キッチンでお湯を沸かしながら、わたしは超高速で思考を回す。
(どうしようどうしようどうしようどうしよう!!!
霧崎さんにスマホの夢記録見られたかもだし、
今ここで“詳しく聞かせて”って言われたら、わたし、恥ずかしすぎて爆発するにゃん……!)
そんな中、ポン、と軽い音がして振り返ると——
霧崎さんが、うちの黒猫クッション(わたしの愛用)をぽんぽんと膝に乗せていた。
「これ、君の好きな猫か?」
「ひぃっ! そ、それっ、わたしが猫になった気分を味わうための……! じゃなくて! 癒しグッズです! ただのクッションです!」
「……ふぅん?」
こわっ……この“ふぅん?”は、絶対なにか悟ってる時のやつ。
「天王洲」
「ひゃいっ!?」
「明晰夢のことだけど——」
きた。
ついにきた。
「夢の中で、何を見てる?」
霧崎さんは穏やかだけど、じっとこちらを見つめるその目は、真剣そのもの。
逃げられない。ごまかせない。
だけど……
だけど、これは、言えない。言いたくない。
だって、猫になって、あなたに撫でられて、舐められて、
興奮して絶頂してるなんて……
「……言えませんっ」
言った。
言わない、じゃなくて——言えないって言った。
それはもう、何かを見てると認めたってことだ。
霧崎さんの目が、すっと細くなる。
「……やっぱり、君が被験者だったんだな」
「うぅぅ……っ……」
「君の脳波データ、明らかに性的興奮と関連してた」
「」
言葉が出なかった。
喉が詰まって、体が石みたいに固まった。
「……俺と話してる時の脳波にも異常値が出ていた」
たしかに研究室の共通システムを使ってるから、見ようと思えば見れる。
「君の夢には……俺が出てくるんだろ?」
「にゃっっっっっ!!!???」
核心を突かれた。
(だめ……かえにゃ、もう言い逃れできない……っ)
わたしは、ソファにへたり込む。
「ごめんなさい……全部……わたしの、勝手な妄想なんです……
霧崎さんを巻き込むつもりは、なかったのに……にゃ……」
その時。
霧崎さんが、わたしの目の前にしゃがんだ。
「妄想だなんて、言うなよ」
その手が、そっとわたしの頭を撫でる。
えっ、待って、なにこの展開。夢!?
これまた夢にゃの!?
「夢の中の俺は、君に何をする?」
「な、なな、撫でたり……いじわるしたり……したり……するにゃ……」
「そうか。じゃあ——現実の俺も、君の期待に応えたくなるな」
「っっっ!!?」
耳元に、熱い息。
近すぎる。距離が、ゼロすぎる。
霧崎さんの手が、わたしの頬に触れたその瞬間。
カウンターに置いたスマホが、
ピコン♪と明るく光る。
通知の内容が、画面に、でかでかと表示される。
『にゃんこ・ドリームノート:絶賛発情中♡(新しい記録あり)』
「くっっっ!! 」
わたしは反射的にスマホを手に取り、全力で玄関に逃げた。
「待て」
霧崎さんがガッと腕を掴む。
もうだめだ。これ以上、心臓もたないにゃん!!
「安心しろ。俺が出ていく」
「部屋見せてくれてありがとな」
そう言い残し霧崎さんは笑顔で帰っていった。
そのあとしばらくぼーっとしていた。
でも、部屋の空気は変わってた。
霧崎さんは、わたしの夢を知ってて、笑ってた。
わたしの妄想じゃなくて——霧崎さんも、何かを感じてる。
「……わたし、本当に猫になる夢だけじゃ、もう足りないかも……にゃん……」