第4話「猫になれるにゃん!」
「……あの感触、あの匂い、あの距離感……にゃあああああああああああん!!!」
目覚めた瞬間から悶絶絶叫しながらベッドの上で転がるわたし、天王洲楓(25)、職業・睡眠研究員。
もう一度言います。わたくし、研究員です。大人の女性です。れっきとした社会人です。
でも、今朝のテンションは完全に猫。ていうか、発情猫。
「霧崎さん……いいやあれは……っ、にゃ、にゃあああああ!!(語彙崩壊)」
自分でもやばいと思うけど、朝から妄想が止まらない。
だって昨日——いや、今朝の夢があまりにもエッチすぎた。
黒猫のわたしを霧崎さんが撫でて撫でて、もう優しくて意地悪で、絶妙にリードしてくれて、
「今日は逃がさない」とか囁かれちゃって、もう、心臓ドッキドキの限界突破……!
(……そして目が覚めた)
——ここからはまじめな話。
わたしたちが働いてる『株式会社 veil of sleep』は、睡眠に関するあらゆる研究をしている会社。
睡眠誘導機器の開発や、夢と記憶の関連性、脳波パターンの解析……最先端のことをゴリゴリやってる。
あの猫の夢、ただの夢じゃない。あれは*明晰夢*だった。
夢の中で「これは夢だ」と気づき、ある程度自由に行動できる、夢の中の現実。
つまり、あれはただの妄想じゃなくて、「体験」だった。
猫になって霧崎さんに可愛がられる、夢の中の「わたし」。
しかも、1度だけじゃなく、もう2回も!
「これは……完全に再現性ありにゃん……!」
わたしはガバッとベッドから起きて、パジャマのままデスクのパソコンを叩く。
起動させたのは、社内でも非公式で使っている【夢記録プロトコルシステム】、略して「YUMEMEMO」。
外部脳波デバイスと連動させれば、眠っている間の脳波と視覚記憶の再構成ログを記録できる。
「はぁ〜……やっばり君が夢の鍵だったんだにゃん……」
——そう、発端は例のバイブ。
黒猫の顔がついた、ちょっとかわいいやつ。でも見た目に反して性能がすごくて……
あの晩、たまたま絶頂したまま寝落ちして、気づいたら猫になってた。
で、それを思い出して、同じように【絶頂→刺したまま就寝】の流れを再現したら——また、猫になれた。
「この条件……まさかの、有効……っ!」
しかも、睡眠の深さ、脳波のパターン、REMのタイミングを照合した結果、
両方とも明晰夢の典型的な発生パターンと一致してるにゃん!!!
「これは……! 発見ですにゃん!!(猫語がうっかり漏れるほどの興奮)」
自分の手で明晰夢に入れる方法を開発したとか、まじですごい。
ただ問題はひとつ。
(方法が……恥ずかしすぎる)
「だって、バイブで絶頂して、刺したまま寝るって……それを論文に書くってどういう羞恥プレイ……?」
提出前に査読で吹き出される未来しか見えない。
かといって、誰かに相談なんてもっと無理。
……でも。わたしは知ってしまった。
霧崎さんの、あの表情。
現実では絶対に見せない、猫相手のやさしい視線と、M心をくすぐるセクシーな指使い。
夢でしか会えない、あの”もう一人の霧崎さん”。
「……また、会いたいにゃん……」
だから——わたしは決めた。
「もう、誰にも言わないにゃん。ひとりで……この夢を極めてみせるにゃん!」
ここから、かえにゃの快感と理性のバトルが始まった。
休憩時間、こっそりラウンジのソファでスマホをチェックする。
“夢研究”と称して自作したアプリには、睡眠記録、バイブの使用状況、前回の絶頂時間などが記録されている。客観的に見たら完全に性癖管理アプリ。
「昨日は……やっぱり興奮レベルが高かったにゃん」
スクロールしていくと、ある言葉が浮かぶ。
“覚醒トリガー:キス未遂 → 強い幸福感 → 目覚め”
「……幸福感が強すぎると、起きちゃうのか」
霧崎さんにキスされそうになる。抱きしめられる。
その“ドキドキ”がピークになると、夢は終わる。
「……にゃー……それって、わたしの限界ってこと……?」
興奮に身体が耐えきれなくて、夢から追い出されてしまうなんて、悔しすぎるにゃん。
その日の夕方、研究チームでの定例ミーティングがあった。
眠気誘発マットの試作品、脳波記録装置の開発進捗、快眠用サウンドのアルゴリズム改良などが議題だったけど、楓の頭の中はほぼ別件。
(これって、全部わたしの猫計画に転用できるんじゃ……!?)
たとえば、脳波記録装置で“興奮しすぎた時”の波形を検出すれば、「限界手前」で止められるようになるかも?
「それだにゃん……!」
口に出そうになって慌てて口元を押さえる。
会議の最後、霧崎さんがぼそっと言った。
「天王洲、お前、最近テンションおかしくないか?」
ビクッ。
「な、ななななななんのことですか!?」
「いや、なんか……“にゃん”って言いそうな顔してた」
「!?」
どうやったら、霧崎さんのセクシー攻撃に負けずに、夢の中で最後までいけるのか。
どうしたら、興奮しすぎて起きる現象を乗り越えられるのか。
どうやったら……猫のまま、霧崎さんと“最後”までできるのか。
「ふふっ……かえにゃ、がんばるにゃん……」
こうして、天王洲楓——改め、かえにゃの新たな研究テーマが決まった。
その名も、
『猫化明晰夢による擬似恋愛体験と覚醒抑制パターンに関する実証実験』
うん、これならタイトルだけではバイブのことはバレないにゃん!
(バレたら即死だが)
でもいい。わたしはこの研究に人生をかける。
霧崎さんと……夢の中で、何度でも、会うために。