第3話「猫になれたにゃん!」
また……暗闇の中で、ふわっと意識が浮かび上がる。
眠っていたはずの身体が、どこかあたたかくて、やわらかくて、なにより軽い。
これは——
「にゃ……にゃん……」
——目を開けた瞬間、かえにゃは黒猫だった。
前足をそっと動かすと、ふわふわの毛がぴくりと動く。身体が軽い。しなやか。完全に昨日と同じ感覚。
また、猫になれてるにゃん!!
再びこの世界に来れたことに、心の中で喜びの舞を踊る。
楓の身体は、前回と同じ黒猫。足も短くて、ふわっふわ。肉球ぷにぷに。
動くたびにしっぽがパタパタしてて、もう最高にゃん。
そして、目の前には——
「おはよう、ルナ」
……来た。
来たよ、霧崎さん……!
顔は近く、でも指先はさっきよりもゆっくりと、やや意地悪そうに背中をなぞってくる。
「今日も甘えたいのか?」
言葉のニュアンスが、ちょっと昨日より攻めてる。
指先がしっぽの付け根まで触れたとき、かえにゃの身体がビクンと跳ねた。
「……敏感だな。昨日の続き、してほしいのか?」
「にゃっ……にゃんっ」
え、あたし今、返事しちゃった!?!?!?
ていうか「にゃん」で肯定になっちゃってる!?
霧崎さんは、にやりと笑った。絶対わざとだ。
「……素直なやつだな。そんなに俺に撫でられたいのか」
違う! そうじゃない! いや違くないけど、でもそういうわけじゃなくて!
うわあああ、混乱してるうちに撫でがエロくなってきてるぅぅぅ!!
「俺の猫なら、ちゃんと可愛く鳴けよ?」
そう言って、霧崎さんはかえにゃの喉元をぐっと押さえた。柔らかく、でも支配するように。
「……にゃあ……ぁ」
「……可愛い」
霧崎さんの、あの低い、けど優しげな声。
霧崎さんはいつもの白シャツ姿。スーツの上着は脱いでいて、袖をまくってる。
その腕まくりがえっっっっっっっろい。なんで!? ただの布の位置なのに、えっっっっっっろい!!!
ソファに座った霧崎さんが、わたしの方に手を伸ばす。
や、やばい、くる……!
撫でられる……!
その手のひらが、するっと背中に触れた瞬間。
「……にぁっ……」
猫ボディでも感じる、ゾクッとする快感。
それはもはや、物理的な“撫で”じゃなくて、精神的な“ご褒美”に近い。
「……ふふ、気持ちいいか?」
その低くて甘い声で囁かないでぇえええ!!!
霧崎さんは、わたしの頭から首、背中、しっぽの付け根にかけて、流れるように撫でていく。
猫になってるのに、体温が上がるのがわかる。
耳が熱い。いや、耳どこ!?猫耳ってどこに感情表現出るの!?
「おまえ……本当に、気持ちよさそうな顔するな」
次の瞬間、かえにゃの身体が抱き上げられた。
思わず反射で前足を霧崎さんの胸に置く。鼓動が聞こえる。彼の、鼓動。
距離がゼロになる。
霧崎さんの指先が、わたしのあごの下に触れて、くいっと持ち上げる。
「……今日は、逃がさないからな」
その言葉に、体の中がジンと震えた。
(……にゃん……)
まさか——キス、くる!?今回は本当にくる!?
霧崎さんの顔が近づいてくる。
猫であるわたしの顔のすぐ前に、あの完璧な整った顔があって、視界全部が霧崎さんに染まっていく。
(だ、ダメだって、こんなの、心臓もたないにゃん……!)
でも、逃げたくない。
このまま——
目を閉じて、
その唇が、わたしの鼻先にふれる、ほんの直前——
「……にゃあ……」
——目が、覚めた。
「……にゃぁあああああああああああああ!!」
布団の中で暴れる楓(人間)。
「なんで!? なんでまた起きちゃうの!?!?!?!?」
両手で顔を覆って、布団をバンバン叩く。
「あとちょっとだったのににゃん!!!!!」
息が、荒い。心臓がバクバクしてる。
かえにゃの身体は、汗ばんで、脚の間はまた……。
あの抱きしめられる感覚。あの腕の力。匂い。
現実じゃありえないくらい、愛されてる感触。
「……はぁ。霧崎さん、ほんと、ずるいにゃん……」
かえにゃは、顔を両手で覆いながら、クッションにうずくまった。
しゅんとしながらも、思い出してニヤける自分。
猫になって、霧崎さんに優しく責められて——
ときどき意地悪な声で、耳元でささやかれて——
撫でられて、撫でられて、撫でられて——
(……もう、夢の中のわたし、完全に発情期の猫じゃないの……)
はぁ、と息をついて天井を見上げる。
「次こそ、最後までいくにゃん……っ!!」
明晰夢の秘密を解き明かして、毎晩、霧崎さんの猫になるんだにゃん。