第20話「すきぴの猫」(最終話)
朝、研究室に向かう。
「……す……す……すごかったにゃん……」
今回は人間として霧崎さんと向き合った。
猫の時は猫ですのでーって割り切れたし、自分の身体じゃ無いから羞恥心は少なかったのかもしれない。
でも、今回の夢は完全に私の声、私の顔、何より……私の身体。
その刺激は想像絶するもので、羞恥が限界になり目覚めてしまった。
……夢と現実が曖昧になってしまっているのを強く感じた。
昼
カフェでぼんやりアイスカフェラテを飲んでいたわたしに、霧崎さんは後ろから話しかけてきた。
「……あんな甘え方、現実でもしてくれたらいいのに」
「……にゃぃ!!!」
そのイケボほんとやめてください!!!
「……にしても“意識の帰還ポイント”は、猫の体で感情がピークに達した時点から一定時間で、夢または転移が終わるってのは意外だったな……」
私にギリギリ聞こえる声でぼそぼそと研究の事を呟いている。
しかし、それを聞いた私はコップを持つ手が止まってしまっていた。
意味は全くわからないが“その話”はわたしの夢の中でしていたやつと全く同じだった。
なのに……なんで、知ってるの?
冷たかったはずのカフェラテが、手のひらで熱く感じた。
研究中もずっとその事を考えてしまう。
夢の中の事を知っている?
はたまた妄想?
脳波からシーンを出力出来るようになった?
……等々
……考えても、もう埒があかない。
猫である前にわたしは研究者である。(人間です)
もう、覚悟を決める事にした。
「……霧崎さん。ちょっと……今夜、うちに来てもらえませんか?」
「……実験だな?」
「はい、ちょっと……大事な実験にゃん」
まだ昨日の記憶が残っていて、恥ずかしくて目は合わせられないけど、家に呼ぶことには成功した。
夜
部屋にはわたしと霧崎さん、二人きり。
わたしはベッドの上、膝立ちになって、真剣な顔で彼を見つめる。
「ねぇ、霧崎さん。……正直に答えてほしいにゃん」
「……なんだ?」
「わたしの明晰夢の内容……霧崎さんは知る方法があるのかにゃん……?」
彼はしばらく黙った。
そして、深く息を吐き、静かに口を開く。
「……ある。」
わたしはゴクリと喉を鳴らした。続きを促す。
「……実は俺も見てたんだ。明晰夢を。」
「……え?」
ど、どういう事……?
霧崎さんも夢を見てた……?
「しばらく前から、毎晩のように同じ猫が夢に出てきてた。黒くて、やたら懐いてくる、小さな猫」
「……」
「猫は飼った事ないんだけど、黒い体に黄色い瞳が月のようで、ルナって呼んで可愛がってた。」
猫、飼ってなかったんだ……
「そんな時、君のスマホの通知を偶然見て、明晰夢の実験の事を知ったんだ」
「……!」
「そのあとすぐ、天王洲の脳波の分析データと、俺の脳波データを見比べて… …確信した。あの猫は、天王洲楓……お前だって」
「……っ」
「それからは、意識的に、夢の中のお前に触れるようになった。頭を撫でるのも、抱き上げるのも、キス……だって——」
言葉を詰まらせた霧崎さんが、ふっと苦笑した。
「……全部、俺の意思だった」
わたしは両手で口を覆った。
思い出す。夢の中の、あんなこと、こんなこと。
甘やかされたり、撫でられたり、ひざの上で丸められたり、時には、くちびるを……。
あれ全部、霧崎さん自身が、したくてしてたんだ。
嬉しい。
でも、恥ずかしすぎる……!
顔が真っ赤になって、どうにかなりそうだった。
「でもな」
霧崎さんは、そっとわたしの手を取った。指先が、優しく絡む。
「夢の前から、お前のことは気になってた。
けど、夢の中でこうして触れ合って、心まで近づいてしまった。……もう、誤魔化せないくらい、好きになった」
「……」
「夢の中のお前も、現実のお前も、どっちも——全部、俺の好きな天王洲楓だ」
わたしの目の前で、霧崎さんが優しく微笑む。
心臓が痛いくらい、ドキドキしてた。
なのに、わたしの心は、何も迷わなかった。
霧崎さんが手を伸ばし、そっとわたしの頬に触れる。
「だから、天王洲」
名前を呼ばれて、全身が震えた。
「今日からは——夢じゃなく、現実でしよう」
「……」
「俺の猫になってくれ」
——ズルい。
そんな優しい声で、そんな甘い顔で言われたら、
わたし、断れるわけないじゃない。
「……にゃん」
小さく、返事をする。
霧崎さんの目が嬉しそうに細められた瞬間、
強く、ぎゅっと抱きしめられる。
「……これからたっぷり、現実で甘えさせてやる」
「え、えっと、それって……?」
「耳元で囁くのも、舌で喉を撫でるのも、
膝の上で丸くさせるのも——」
わざといやらしく、耳元で低く囁かれる。
「……バイブの実験も、現実でたっぷりしような?」
「〜〜〜〜っ!!」
嬉しくて、恥ずかしくて、もう体が爆発しそうだった。
これからは、夢じゃない。
本当に、霧崎さんのものになれる。
本当に、霧崎さんと、何度だって、愛し合える。
わたしの新しい毎日が、ここから始まる——
そんな予感が、胸いっぱいに広がっていった。
【完】




