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1. 婚約破棄



春の訪れとともに、暖かく爽やかな風が柔らかな葉を揺らしている。

新たな命の恵みを祝福する様に、小鳥達が囀り歌っていた。

そんな麗らかな日、王都に設立された歴史ある学園では新たな門出を祝う卒業パーティが開催されていた。令嬢たちはここぞとばかりにおめかしをし、色とりどりのドレスの花を咲かせていた。


「アニエス・エイルハート侯爵令嬢!!エリスディア王国が王太子、ラインバルト・エリスディアの名のもとに貴女との婚約を破棄をここに宣言する!」

賑わう会場の中、祝福のムードを切り裂くように、自信に満ち溢れた高慢な声が高らかに響いた。

金髪に碧眼、美しい要素をこれでもかっと詰め込んだ顔の青年が、大広間の真ん中でアニエスを指差している。

彼に寄り添うように、不安そうな顔をした薄桃色の髪の可憐な少女がその胸に抱かれている。

放たれた声は館内を反響し存在感を増していた為、誰もが何事かと振り返った。注視した先にいる人物を見ると、誰もが口を閉じ辺りはしんと静まりかえった。

王侯貴族の子女とその家族の集まる中、アニエスたちを中心に大きく人垣が出来ており、まるで円卓の真ん中に立たされているようだった。


本当だわ・・・。本当にこの展開が起こった。あの方の言う通りだった。

アニエスは俯いて震えそうにるのをぐっと堪えた。

辺りを小さく見渡すと誰もがこちらを注視している。


あぁ、皆さま見ていらっしゃる・・・。


わたくしとこの大勢で確り言質をとれました♡


「喜んで♡」


アニエスはうっとりとした笑顔で答えた。

会場の空気が止まる。当事者である第一王子もポカンとした顔で固まり、その隣にいる少女もぎょっとした顔を隠せていない。

余りに嬉しくて飛び跳ねそうになりながらアニエスは振り返り彼の姿を探した。目が合うと彼は少し呆れた様に笑って、それから小さく首を振った。

いけない!余りの嬉しさに取り乱してしまった。アニエスはハッとして第一王子ラインバルトに向き直った。

居住まいを正し、淑女の礼をとってから鈴が転がるような声で答えなおした。


「王国の輝かしい太陽にご挨拶申し上げます。大変申し訳ありませんでした。殿下。少し、驚いてしまって取り乱してしまいました。婚約破棄と申されましたが、この婚約は十年も前に国王様の勅令で決まったものです。そうそう簡単に破棄できる事柄ではありません。理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


先ほどとは打って変るほど、美しい佇まいでアニエスは微笑んだ。

アニエスの態度が想像とは違ったのだろう、ラインバルドは睨むように目を眇めた。


「そんなことは分かっている。アニエス、私とて君のことを素晴らしい婚約者だと思っていたさ。だが、君の愚かな行いには失望させられた。父上も事実を知れは破棄に同意せざる得ないだろう。」


「愚かな行い?何の事でございましょう?」


「惚けるのもいい加減にするといい。私の隣にいる彼女を見ても釈明の言葉もでないとはね。君がこのミラベルに対して行った非道の数々を私が知らないとでも思っているのか?」


パサッと扇を広げるとアニエスは優雅に口元を隠した。


「分かりませんわ。殿下、わたくし、そちらの令嬢とは会話もしたことはありませんし、挨拶を交わした事もございません。どちらのミラベル様でございましょう?」


ちらりと令嬢に視線を送ると、怯えたようにラインバルドの胸元に顔を隠してしまった。


「まぁ!自己紹介してくださらないの?」


ラインバルドは令嬢の肩を、庇うように抱くと眉根を寄せてアニエスを睨む。


「君の性根がここまで腐っているとはな。彼女はローズナー子爵けの令嬢のミラベルだ。まさかここまでシラを切るとは。君が自分から謝罪をする機会を与えたというのに、残念だ。」


「謝罪、ですか?それよりも、殿下。そのローズナー嬢とは余りにも距離が近いのではないでしょうか?婚約破棄を望んでいらっしゃっていても、まだわたくし、殿下の婚約者ですのよ?」


「よくもぬけぬけと。君はそうやってミラベルに嫉妬をし、彼女に対して嫌がらせを行った。剰え、命をも奪おうと画策をしたんだ。証拠は全て揃っている。」


「まぁ、それは凄いですわね。では是非、お聞かせ願いますわ。」


扇をタンっと閉じたアニエスは、両手を叩くように催促した。

ラインバルドは苛立ちを隠すことなく舌打ちをすると声を上げた。


「ウォルト!持ってこい!」


ウォルトと呼ばれたのは、ラインバルドの側近の一人でワグナー伯爵家の令息だ。ウォルトは軽く手を上げ取り巻き立ちに支持を出すと、観客の様に静観している生徒とその家族に書類を纏めた冊子を一部ずつ配り渡らせた。

アニエスも失礼しますわ、と一部受け取る。すごい分厚さだ。

全体に行き渡ったのを粗方確認したラインバルドは高らかに言う。


「これはアニエス、お前がミラベルに対して行った悪行を調査し纏めたものだ。」


「一ページ目をご覧ください。ミラベル嬢の所持品が噴水に沈められていた事件の詳細と聞き込みの内容です。」


どれどれ。アニエスも書類に目を落とし黙読した。

一学年の末、12の月15日。ミラベルの私物が教室から紛失。教科書やノート。ハンカチに髪飾り。発見されたのは裏庭の噴水の中で、全て破るなどして損壊されていた。

発見したミラベル嬢は水に浸かりながら拾い集めたが、両手足は赤くはれ治療が遅ければ凍傷の危険性があったこと。数日、高熱で寝込んだことが記してある。

下記には、生徒の証言があり、プライバシーの関係だろうかイニシャルだけが記されていた。


証言1、魔術工学の移動時にエイルハート侯爵令嬢が一人で教室にいた。ローズナー子爵令嬢の机や鞄を物色していた。

証言2、裏庭の噴水広場にてエイルハート侯爵令嬢が噴水にものを投げ入れた後、走り去った。

証言3、ローズナー子爵令嬢が私物がなくなっているのに気が付いて慌てていたときエイルハート侯爵令嬢はそれを見て笑っていた。

証言4とつらつらと似たような内容がページを越して連なっている。

ペラペラとページを捲ると、魔鉱射影器で写された写真が添付してあった。教科書やノート、ハンカチに髪飾りの様なもの、全て引き裂かれたり壊されたり破損している。


「まぁ、酷いですわね・・・。」


思わず声に出てしまう。


「惚けたことを!!アニエス!貴様、ふざけているのか!!」


今にも泣きだしそうなミラベルを抱きしめながら、ラインバルドは声を荒げて激高した。


「そうは言われましても、わたくし、本当に身に覚えがありませんわ。」


「ウォルト!次だ!」


「はい、殿下。皆様、次のページをご覧ください。」


パラっとページを捲る音が至る所から聞こえてくる。勿論、アニエスも言われた通りページを捲る。

アニエスが犯したとされる罪とその証言が次々に読み上げられた。

日常的に嫌味を言っているとか、校舎裏に呼び出されて取り巻き達に罵らせたとか、空き教室に連れ込まれて難癖をつけられたとか、廊下でわざとぶつかったとか、公衆の面前でミスを指摘して傷つけているとか、わざとカップのお茶をかけたとか、お茶会にわざと呼ばなかったとか。


「うーん、残念ですが、全部存じ上げませんわ。このお茶会?とありますがどのお茶会なのでしょう?わたくし、学園に入ってからは特に主催しておりませんわ。ミラベル様、こちら本当にわたくしからでして?」


アニエスの問いかけにミラベルは答えなかった。ただ怯えたように身体を震わせるとまたもやラインバルドの胸に顔を埋めてしまった。


「ミラベル、大丈夫だ。君は答えなくともいいからね。アニエス!ミラベルはお前のせいで心身ともに消耗しているんだ。嫉妬などという一方的な醜い感情で、彼女をここまで追い詰めたんだ。」


「殿下に聞いていませんわ。ミラベル様?もう一度聞きますわね。これは本当にわたくしが」


「黙れ!!これ以上、ミラベルを追い詰めることは許さんぞ!皆、次のページを捲ってくれ!」


周囲を確認しページの捲る音がなくなると、ウォルトはまた罪状を読み上げていった。


「三学年の10の月18日の夕刻、放課後にミラベル嬢が階段から突き落とされた事件がありました。皆さん、記憶に新しいと思います。ミラベル嬢は西棟の一階から二階に上がる階段で何者かに突き落とされ頭を打ち二日間昏睡しています」


「これは立派な殺人未遂だ!!」


「それが、わたくしにどう関係がありまして?」


小首を傾げるアニエスに、ウォルトは眉間に皺を寄せ吠えるように続けた。


「ミラベル嬢が落とされた後!二階から三階へ慌てて駆け上がるエイルハート嬢が目撃されています!皆一様に美しいプラチナブロンドの女生徒だったと、目を覚ましたミラベルもそう証言している!!」


それに対して、怯えもせず怯みもせず、ましてや頬に手を当てながらアニエスは呆れた様に呟いた。


「まぁ、わたくしが階段を駆け上がるようなはしたない真似をするとでも?」


持っていた扇を大きく音が鳴る様に掌に叩きつけ怒気のこもる低い声で続けた。


「心外ですわね」


「っ!!」


アニエスに睨め付けられたウォルトは息を飲んだ。

辺りは一瞬のうちに水を打ったような静寂が包んだ。

・・・この女、こんなんだったか?一瞬気圧されたラインバルドは、汗で湿った掌をぐっと握りしめた。


「っこの件の目撃証言は一つや二つではない!十は優に超えているんだ!言い逃れがしたければ牢屋できっちり聞いてやる!!貴族令嬢、いや!未来に王妃に対する侮辱罪に傷害罪、殺人未遂の罪で貴様を連行する!!アニエス・エイルハートを捕らえ――」


「あのーー・・・」


間の抜けた声がラインバルドの宣言を遮った。


「兄上、質問してもよろしいでしょうか・・・・?」


右手を軽く上げ人込みからゆるりと出てきた少年に視線が集まる。

青みがかった艶のある黒髪は無造作にはね、掛けた黒縁の眼鏡にまでかかっている。瞳は前髪と眼鏡で伺うことはできないが、纏められていない髪の隙間から細い輪郭が見えた。そこに美しく収まった小さな口元はにっこりと弧を描いていた。


「~~~っ!!サフィールっ、邪魔だ!後にしろ!!」


額に血管を浮き出しながらラインバルドは怒鳴りつけた。

サフィールと呼ばれた少年は、アニエスやラインバルドより二つ年下であり、この国の第二王子であるサフィール・エリスディアだ。

あどけなさを残した少年は、ニコニコと微笑み答えながらアニエスの隣まで歩み寄った。


「申し訳ありません、聡明な兄上にどうしてもお聞きしたくて・・・。兄上、その情報、本当に間違いないんでしょうか?」


凛とした涼やかな声だった。高圧的なラインバルドの視線に怯むことなくサフィールは兄に向って丁寧にお辞儀をした。


「サフィール・・・、学園にも通えない無能なお前には分かるまい。私にはウォルトを含め優秀な部下がいるんだ。彼らと共に学園中で証言を取り、これだけの証言を得た。火のないところに煙は立たぬというがこの量だ。火を見るより明らかだ」


鼻をならしたラインバルドは、不遜にそう答えたが言い終わる前には勝ち誇った様に高慢に笑った。


「・・・・本当に?」


サフィールは怪訝そうに首を傾げた。


「くどいぞ!サフィール!!」


おかしいなぁ、サフィールはそう言いながら、羽織っているローブのポケットをゴソゴソと探り出した。


「昔は優秀な方でしたのに」


ボソリとそう呟いた。その声はアニエスの耳には届いたがラインバルドには聞こえなかった様だ。

サフィールはポケットから探り出した二つの道具を両手に持ち周りに見せる。魔道具の一種だろうが見覚えがないらしく周囲がざわざわとさざめきだした。


「僕が兄上の調査に疑問を呈した理由をお見せします。ちょっと失礼しますね」


そう言ってから一方の道具をアニエスとラインバルドの間、中間地点らへんの開けた場所に置いた。それは拳大の平たいレンズのような形をしており金の細工で縁取りがされていた。

サフィールはアニエスの横まで戻ると、手に持っている方の小さな長方形の魔道具をレンズに向けた。


「おい、何をしている?なんだそれは?」


「静粛にお願いします。では、準備が整いましたので、皆さん、こちらをご覧ください」


サフィールが操作すると、ブンっという音と共にレンズから光が差した。それは真っ直ぐに天井に向かって差すと扇状に大きく円形に光を伸ばした。

鳥の囀りや、木々のざわめきが聞こえてくると光の中には景色が映し出された。

サフィールが操作をすると景色はぐるりと回転し、斜め上空からとある庭を映し出した。

鳥が遠くの空を羽ばたき、噴水の前を女生徒が数人で通り過ぎるのが映っている。

会場が一気に騒然となったのと同じにラインバルドが声を上げた。


「な、何だ!?これは!!」


「お静まりください。今、説明しますので・・・・・。皆様、これは数年前に僕が有志の者たちと開発した記録器です。ついになる道具で記録した場面を保存し映し出せる魔道具です」


「待て!!そんなもの!聞いたこともないぞ!!」


「はい、兄上。公表しておりません。しかし、ちゃんと陛下と魔道具省の長官の認可はもらっております」


噛みつくラインバルドにサフィールは淡々と説明していく。


「簡単に説明しますと、まぁ要は射影器で写しだしたものを連続で映し出しているようなものです。僕はこれを動く画像、略して動画と名付けました。あ、静粛にお願いします。静かに!・・・少し操作しますね」


騒ぎ出しそうな周囲と第一王子に一喝するとサフィールは動画を操作した。すると動画は素早く動き出し、映し出された人々や鳥たちが一瞬のうちに通り過ぎて行った。


「お気づきかと思われますが、映し出されている場所は裏庭の噴水広場です。あ、スットプ。ここから動画に注目ください」


裏庭の噴水広場が映っている。すると校舎方面から一人の女生徒が現れた。

女生徒は持っていたものを地面にばら撒くと、一つずつ引き裂き噴水に投げ込みはじめた。遠く詳細な判断はできないが、特徴からその少女がアニエスではないことは一目瞭然だった。

サフィールが手持ちの魔道具を操作すると動画が噴水に近づき少女が拡大された。まだ遠くはあるが確認できるだろう。投げ込み終えた少女が振り返った。そこには薄桃色の髪の少女がはっきりと映っていた。その特徴はミラベルそのものだった。

わっと会場が騒がしくなるのと同時にミラベルが叫んだ。


「何よ!!これ!!こんなの知らない!!出鱈目だわ!!私は知らない!!バルド!本当よ!知らないのっ!!!」


悲鳴のような声だった。涙の粒を散らしながらミラベルはラインバルドに縋りついた。


「~~~っ!こんなもの捏造だ!!まるで事前に知っていたかのように都合よく記録出来ていることが何よりの証拠ではないか!これは開発者のお前がアニエスと共謀してミラベルを陥れようとしている確固たる証拠に他ならない!!幾ら陛下が認めていても、このような得体のしれないものなど信用には値しない!」


「まぁ、そうでしょうね。まだ実装されておりませんのでお疑いになるのも分かります。しかし、これは本当に偶然とれたものなんですよ?」


サフィールは説明しながら動画を操作した。映し出されたものが一瞬で過ぎ去って何度か昼夜を繰り返した。


「開発の最終試験として、裏庭を撮影していたんです。当時、裏庭に魔犬が入り込んでいると少し噂になっていた事、覚えていますか?その捜査の一環でこれが使えないかと思って数日間設置しておいたのです。・・・あ、ここです、ストップ。これです。犬ですね。真っ黒な。後に探し出して保護しました。ほら、厩舎の横で今、可愛がられているポチです」


至る所で、ポチについての驚きや納得の声が聞こえてくる。

サフィールはまるで全員に返事をするように、そうそうと答えた。

ラインバルドは切歯扼腕しミラベルに怒号を上げた。


「くっ・・・!どういう事だ!?ミラベル!!」


「違う!!知らない!!私じゃない!!」


そんなやり取りを気にも留めずサフィールは動画を操作していた魔道具を、ペアリングしたものを遠隔で操作できるもの。リモートでコントロール、略してリモコンだと説明しながら無造作にポケットに突っ込んだ。その足で記録器を回収するとリモコンと同じようにポケットにしまった。


「そもそも兄上、ローズナー嬢への嫌がらせですが、姉上・・・アニエス嬢である確実な証拠は挙がっていませんよね?先ほど拝見させていただきましたが、殆ど噂の域をでていません」


「それがどうした!!指示を受けたという実行役の証言がある!!」


「それは誰に指示をだされたのでしょう?頻度だっておかしい。だってアニエス嬢は殆ど学園には通っていませんでしたよね」


「・・・は?」


「あれ?知りませんでしたか?アニエス嬢は二学年に進級せずに飛び級制度で卒業資格を得ています。それからは僕と共に公務や魔道具省で補佐をしてくださっています。学園に関する事柄はアニエス嬢にお任せしているので、その都度、登園はしていただきましたが、頻度は少ないはずですよ」


「・・・が、学園に来ていなくとも指示はできるだろう、書面などやり様は幾らでも――」


「はい、その指示書はこちらで回収しております。実行犯の取り巻きを名乗る人物もこちらで保護させていただいておりますし、こちらでも捜査させていただきました。レナルド!」


「はっ。ラインバルド殿下、御前失礼いたします。スティアード伯爵が長子、レナルド・スティアードと申します」


サフィールに呼ばれ、前に出たレナルドは胸に手を当て律儀に騎士の礼を執った。

スティアード伯爵家は代々騎士の家系であり近衛を多く輩出してきた。レナルドはアニエスよりも年上だがサフィールが幼いころから行動を共にしており、今では立派な騎士として護衛も務めるサフィールの側近であり右腕のような存在だ。

レナルドが前に出たと同時に会場の扉から騎士に連れられた女生徒が連行されてくる。

身なりは整ってはいるが項垂れた顔は酷く怯えており、薄く開いた口は乾いて痛々しい。

傍まで引き連れられた女生徒は止まるとその場に崩れ落ちた。

レナルドはそれを一瞥するとラインバルドに向かって説明する。


「ロメリ子爵家のハンナ嬢です。彼女が友人を連れ立ってローズナー嬢を糾弾していたようです。エイルハート嬢との交友関係は一切ありません。家同士の交流や取引も一切ありませんでした」


「ありがとう。レナルド。では、初めましてハンナ嬢。僕はサフィール・エリスディアだ。今から君に質問をするよ。繰り返しになるだろうが正直に答えてくれさえすれば僕が君に危害を加えることはない。いいね?」


ハンナが縋る様に頷くのを確認するとサフィールはにこりと微笑んだ。


「ありがとう。では質問だ。君は何故、アニエス嬢の取り巻きを騙ったのかな?」


「わっわたしは!頼まれたんです!女性の方にっ、エイルハート様の取り巻きとして、ローズナー様に、その、身分を!身分を分からせてやれって!そしたら、お、お金を融資してくれるって!」


「お金は受け取りましたか?」


「前金に、ルビーのブローチを、そのあとに現金で何度か・・・」


「そのブローチは?」


「か、換金して家の借金に充てました・・・」


「指示はどうの様にして受けていたのでしょう?」


「初めは対面で依頼されました。お金に困っているんだろうって声を掛けられて、そこでブローチを。その後は、手紙で指示を受けました。報酬を貰うときは街へ出て」


「いつも同じ女性?」


「はい」


「レナルド」


「はっ。連れてきてくれ!」


サフィールに声を掛けられたレナルドは扉の方を見やって指示をだした。

するとまた騎士に連れられて壮年の女性が入ってくる。


「え・・・?な、何で?」


それを見たミラベルが戦慄いた。目を見開き顔は色を失っている。


「この女性ですか?」


連れられた女性を差しサフィールがハンナに問うた。


「そうです!この人です!」


「ありがとう。さて、この女性を知っていますね?ローズナー嬢」


ミラベルは首を振った。


「知らない」


壮年の女性は悲痛な顔で目をきつく閉じた。


「おかしいですね。彼女はエマさんです。貴女の乳母の」


「知らないわよ!そんな奴!!」


「おかしいですね。レナルド」


レナルドは頷くと懐からハンカチに包まれたブローチを取り出しミラベルに見せた。


「そ、それ!!返しなさいよ!なんであんたが持ってるのよ!?お母様の形見よ!返しなさい!!」


サフィールはレナルドに頷くと今度はハンナにそれを見せた。


「ロメリ嬢。こちらのブローチで間違いないですか?」


「はい、間違いありません」


「・・どういう事・・・?」


レナルドはブローチをサフィールに手渡した。

それを持ちエマの前に歩み寄ると、眼前に突きつけるように問いかけた。


「貴女が前金として渡したルビーのブローチ、これですよね?」


「なっ!エマ、あんた!どういうつもりなの!!」


エマが答える前にミラベルが激高する。


「わ、私は!お嬢様の為に!お嬢様がそう、望まれたのではないですか!!」


「出鱈目を言うんじゃないわよ!!」


悲壮な顔で訴えるエマにミラベルは歯をむいて怒鳴った。


「お静かに!!!喧嘩したいなら後にしてもらえませんか?」


幾分か不機嫌そうなサフィールが続ける。


「エマさん、何故貴女はこんなことを?」


サフィールの問いかけにエマは意を決した様子で答え始めた。


「街でお嬢様のお友達とお会いしたんです。カフェで偶然お隣で」


「知っている方だったんですか?」


「いいえ!いいえ、その日初めて会いました。そこで聞いたんです。お嬢様が王子様と恋仲だと。私は心配で、お嬢様の様子を教えてほしいと、お願いしたんです。それから手紙のやり取りを何度がしました。お嬢様の持ち物が捨てられていたことも書いてありました。私は悔しくて・・・。そんな時、ある計画のことが書かれていました。お嬢様もそう望んでいると」


「計画とは?」


「・・・侯爵令嬢様と王子殿下との婚約破棄の計画です」


「ミラベルっ貴様ぁ!!」


「どうして!?私は被害者だよ?!知らない!!!」


「兄上!!!!話は途中ですよ?」


「もうよい!!私は騙されていたんだ!!」


「そうだとしても!!兄上!貴方が始めたことです」


喚く兄王子を睨みつけた。第一王子から手を離されたミラベルはその場に崩れ落ちた。


「話を戻します。エマさん。その手紙がこれですね?」


エマは力なくそれを見やると小さく頷いた。

サフィールは便箋をとりだすと軽く読み上げた。

それには、私物の破損と投棄だけでは追及出来ない為、嫌がらせをでっち上げたいという事とその指示が書かれていた。

二枚目には別の筆跡でこう書かれている。


『エマ、私は愛する人と幸せになりたいの。お願い』と。


「エマさん、これは?」


「・・・お嬢様の筆跡です」


「分かりました!ありがとう!連れて行っていいよ」


サフィールの指示により二人は騎士に連れられ会場を去っていった。

それを少し見送ってからラインバルドに向き直ったサフィールは言う。


「では次、殺人未遂、でしたよね」


「もういい!やめろ!」


「そうはいきません!殺人未遂ですよ?!アニエス嬢の身の潔白を証明して差し上げなければ!」


「必要ないと言っている!!!!」


「・・・レナルド、うるさいから拘束して」


「はっ」


レナルドは素早くラインバルドの下に寄ると腕をひねり上げた。


「何をすっ、やめ!いっ、やめろ!無礼者!!」


「黙れ、ラインバルド。」


威厳のある声が一喝する。

サフィールが胸に手をあて頭を下げると、隣にいるアニエスは淑女の礼を執った。

現れたのはエリスディア国王、オズワルド・エリスディアだった。

王だと気づいた観客が次々に礼を執っていく。


「父上、私が未熟なばかりに申し訳ありません」


サフィールが陳謝すると、国王は軽く手をあげて答えた。


「父上・・・何故ここに・・・?」


「皆、頭を上げよ。・・・騒動が起こるだろうと聞いておった故、別室で始終見て居った。ラインバルド、愚か者が。お前は黙っていろ。サフィール、続けよ」


国王の手には記録器のレンズが握られている。差し出されたそれを受け取るとサフィールは後方に声を掛けた。


「承知しました。シルヴァン!陛下が御出でだ。巻きで行こう」


「はい、殿下。陛下、御前失礼いたします。報告させていただきます。ローズナー嬢が突き落とされた件ですが、端的に申しますとそのような事実はございませんでした」


颯爽と現れたのは、プラチナブロンドの美青年だ。シルヴァン・エイルハート。アニエスの実兄でありエイルハート家の嫡男。サフィールとは6歳と離れているがレナルド同様、幼いころからサフィールの側近として彼に強い忠誠を誓っている。


「簡単に申しますと、ローズナー嬢が突き落とされたのを誰も目撃しておりません。皆一様に悲鳴が聞こえたので見に行くと、女生徒が階下で倒れていたと。もしくは、悲鳴の後に女が走って逃げるのを見たと答えました」


「そうだ!皆、プラチナブロンドの女が走って逃げるのを何人も見ているんだぞ!」


レナルドに抑えるけられたままラインバルドは叫んだ。

シルヴァンは一瞥だけすると続けた。


「はい、それは事実です。ですが、あるお方の部屋でこんなものを見つけました」


取り出したのはプラチナブロンドのウィッグだった。それはアニエスの髪とよく似ている。


「貴女の部屋からです。ウォルト・ワグナー」


「で、出鱈目を言うな!!」


顔色を無くしたウォルトが叫んだ。

だが、シルヴァンはそれに取り合いもせずに続けた。


「そうそう、こちらも回収しました。女生徒の制服ですね。・・・大方、お粗末な変装でも時間が夕刻だったことや、一瞬の出来事だったこと、殆どの生徒が悲鳴の後のラインバルド殿下の叫び声に気を取られていたようで記憶があやふやになってしまったのでしょう。男性的には貴方は華奢だ。一瞬駆け抜けただけでは、特徴的な髪色しか印象に残らなかった。あぁ、それから捜査にはワグナー伯爵にもご協力いただきました」


「そんな、父上が・・・何故」


「ワーグナー伯爵は投資に失敗しています。新規商船に巨額の投資をしたそうで、覚えていますか?海の藻屑に消えた宝船って、新聞の見出しに載っていたじゃないですか。我が侯爵家で融資の約束をさせていただいたら、快く協力していただけました」


「うそだ・・・そ、そんな」


「いいえ、嘘ではありません。ちゃんと許可を取りました。聡明な御父上に後から聞くと言い」


ふらふらと力なく尻もちを着いたウォルトに、シルヴァンは凍るような冷めた目でウォルトを見やった後、表情を戻してから続ける。


「階段から落とされたというのは自作自演です。婚約破棄の理由に箔をつけたかったのでしょう」


「えぇ、また自作自演!」


サフィールはおどけて言った。


「私は知らない!私はミラベルが本当に落とされたと思っていたんだ!私も騙されたんだ!!」


「で、殿下!!あんまりです!!!」


「黙れっ!!!!私を謀りおって!!!」


「静かにしろ!!」


空気がビリビリと震えるようだった。これが王の、人を従えるものの覇気というものなのだろう。


「皆、我が愚息のせいで子供たちの晴れの舞台を壊してしまったこと、許されることではない。追って王家から正式に謝罪をさせていただこう」


観客たちに目礼し、王はアニエスに振り返った。その目は優しくも悔恨の念を帯びていた。


「アニエス嬢、そちもすまなかった。王家からも余からも謝罪をさせてほしい」


「はい、陛下」


アニエスは微笑み敬愛の礼を執った。王はそれに頷くとまた表情を改め荘厳に声をあげた。


「ラインバルドを連れてこい!他のものは牢に入れておけ!行くぞ、サフィール。」


「はい、父上」


兵士に両脇を抱えられるように連れられたラインバルドはそれでも否認をやめなかった。それに一瞥もくれず王はサフィールと暫く目を合わせた後、マントを翻し堂々たる足取りで会場を後にした。

王の後姿を暫し見送るとサフィールはシルヴァンに微笑みかけた。


「シルヴァン、ここは任せてもいいかな?」


「勿論です。殿下、お任せください」


心地いい返事が返ってくると、アニエスに向かって手を差し伸べる。


「うん。アニエス、君は僕とおいで」


アニエスは花が咲いたように微笑んで、その手に掌を重ねた。


「はい、殿下。お兄様、お願いいたしますわね」


「あぁ、いってらっしゃい、可愛いアニエス」


二人が歩き出すと、シルヴァンはレナルドと目を合わせ頷き合った。

レナルドは二人の後を追う。

敬愛する主と愛する妹の後姿をシルヴァンは見送った。

その顔は、泣きそうな、それでいて幸せに溢れた笑顔だった。




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