子爵令嬢のその後
卒業パーティーで彼が私の隣に居た時、私は幸せだった。悪意を持って彼に近づいたのは事実だけど、彼のことは確かに好きだったから。
悪女、逆賊、卑しい娘。どれも真実で、牢獄に入れられてしまうのは当然のこと。「命令されていただけ」なんて言い訳はしない。玉の輿を狙ったのは自分の意思だ。そして、夢が見られたのも事実。だから、もう一度やり直していたとしてもこの道を選んだと思う。
余罪を調べなければならないようだから、すぐに処刑されることはないと思うけれど……。死ぬ前に彼にもう一度会って……いいえ、会ったら未練が残ってしまうからいっそのこと今すぐに殺してほしい。
暗い牢屋に一人でいると、色々なことを考え込んで気分が余計に落ち着いてしまう。だから楽しいことを考えてみる。彼と過ごした日々を考えると楽しいはずなのに胸が苦しくなる。
「マルク様?」
いるはずのない人を見てしまった。たったこれだけの時間で幻覚を見るまで気が滅入ってしまうなんて情けない。学園で幸せに過ごすうちに心が弱くなってしまったのかもしれない。でも、幻覚でも良い。気持ちを吐露してしまえば楽になるのかな。
「マルク様、あなたを利用してしまってごめんなさい。けれど、あなたと居た時間が一番幸せでした。あなたは優しくて暖かくて、とても素敵な方だから私みたいな罪人じゃなくて――」
「君が良い」
「都合の良い幻聴も聞こえるのね」
私自身に呆れたように笑う。
「幻聴じゃない、俺はここにいる!」
鉄格子の外から彼が手を伸ばし、私の頬に触れる。
「本物?」
「本物だ」
「なんで……?」
「駆け落ちしよう」
「私、犯罪者ですよ?」
彼は私との恋で少し狂っているのかもしれない。だから、「嫌い」と言って冷たく突き放そう。
「さっきの言葉が嘘とは言わせないよ」
「うっ……。忘れてたあ……」
「君の悪女になりきれていないところも好きだけど、俺と一緒に罪人になってくれませんか?」
「……ずるいです」
彼は私が言った言葉を使って断る理由を潰す。「犯罪者である私が幸せになってはいけない」と言えなくなっちゃった。
私は彼の手を取った。鉄格子と枷を彼に壊してもらい、兵士から隠れつつ、外を目指す。
私がペンダントを、彼が髪紐と眼鏡を使って変装し、王都から脱出する。乗合馬車に乗って、とにかく遠くへ行く。日が昇る頃には港町に着いた。交易の盛んな町で、早い時間にも関わらず人で溢れていた。人が多ければ見つけられるまでの時間は多少は稼げるはずだ。
エスコートをして貰って海岸の方へ向かう。王都とは違った建物を楽しみながら歩いていると、潮の香りがしてくる。
「これが海……」
限りなく広がっている青があった。この素晴らしい景色を知らなかったなんて、私の世界はどれほど狭いものだったのか。
「頃合いを見て、海の向こうの国に行こうと思っている。俺はもう王子ではないから迷惑をかけるが……」
「いいえ、マルク様。迷惑をかけたのは私の方。そもそも私は元平民。その程度の苦労でへこたれませんよ。むしろ私があなたを支えます」
これからの生活は決して楽じゃない。母と暮らしていた頃はまだ子供で、好かれてはいなかったけれど守られていた。貴族になってからは冷遇されていたといっても生活には困らなかった。これからは私たちで一から始めなければならない。もしかしたら彼を嫌いになってしまうかもしれないし、野垂れ死ぬかもしれない。それでも私の心は今までで一番晴れやかだった。
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