学園の卒業パーティーで追放されました 前日譚
最近、婚約者の様子がおかしい。私たちの婚約は政略的なもので、互いに恋愛感情を抱いているわけではなく、また、人の心は自由であるということは理解している。けれど、月にたった一度の顔合わせの時間さえも、目の前の婚約者のことを考えもせず、熱に浮かされたような顔をするのは不誠実だと言いたい。
「殿下はルロワ子爵令嬢のことが好きなようです。結婚前の気の迷いとして私が耐えるべきなのでしょうか」
隣国の貴族だという留学生のナゼール様に尋ねる。最低でも、後継者とそのスペアを産めば後は自由にしろという家庭もあるようだけど、私はそれを不誠実だと思ってしまう。このような考えは、両親の仲が良いというのもその理由の一つ。しかし、両親の仲の良さは社交界で知られるほどのもので、他の家庭にはないものだとは知っている。この国では多分私がずれているのだろう。それでも、自分の価値観を否定したくなくて、他国出身のナゼール様に聞いてみる。
「恋愛と結婚は別と考える人の方が多いから、殿下の行為を咎めるのは難しいだろう。今耐えたとして、結婚前から熱を上げているなら結婚後も囲うことになりそうだから無駄なような気もするが。……俺ならそんな心配をさせることはないのに」
「あら、お上手ね。でも、やはり、そうなのね……」
私は重くため息を吐く。彼は気分が沈んだ私を見かねてか、「甘いものでも食べに行こう」と言ってくれた。
彼が彼女に惹かれるのは一時のことかもしれないとしばらく様子を見てみたが、そんなことはなく、むしろ彼らの仲は深まっているようだった。これだと彼女が殿下の愛人になりそう。……そうであるならば、彼女は殿下の隣に立つに相応しい教養を身につけて頂かなくては。
私は……。まだ割り切れていないけれど、恋愛をしてみるべきなのかもしれない。殿下は第二王子で、後継が必要なわけでもない。彼と私は白い結婚をして、夜のことは彼女に任せてしまえば良い。私は何か商売を始めるのも面白そう。
殿下を愛し殿下に愛されようとする必要はないと考えるとすごく楽になった。私はそれからルロワ子爵令嬢に貴族のマナーやルールを教えた。
彼女やその取り巻きに「言葉がキツい」や「ひどい」と言われても、彼女に注意をし続けた。それが彼女のためになると思って。
けれど、私の思いが届くことはなかった。私はある情報筋から殿下が私の責で婚約解消をしようとしているという情報を手に入れた。
「それは……。本当ならかなり……」
「確かな情報だと思うわ。主導者はルロワ子爵のようね」
「君を排除すれば王子妃に自分の娘を――いや、彼と娼婦との娘だというから、血の繋がりすら怪しいのか。ともかく、王族の外戚になれると思っているようだね」
「特別な力があるならともかく、ただ美しい子爵令嬢が王子妃になるなんて無理だというのに……。どうしたら良いと思いますか? ナゼール様」
「そこで俺に聞くのか? 俺は他国の人間だからなあ……」
彼はしばらく考え込んでから、「追放屋はどう?」と言った。
追放屋とは理想的な追放のための手助けをしてくれる人のことらしい。追放に理想的なんてないと思うけれど……。
「追放屋とやらに、馬鹿たちに痛い目を見せてもらったら良い。そして、君さえ良ければ、俺の国に来てほしい」
「ふふっ。それは良いわね。あなたの話を聞くうちに、あなたの国に行きたくなったから」
「それは光栄だ」
彼と話したその日の夜、早速追放屋に連絡した。追放屋とコンタクトを取るには魔導通信機の特定の番号にかける必要があるらしい。
「コチラ、ツイホウヤ。ヨウケンヲ、ドウゾ」
聞こえてきたのは合成音声。おそらくかかってくる通信が多すぎてこのような対応をしているのだろう。
私に起きた出来事と、どのようなことを依頼したいのかを事細かに伝え、通信を切る。正直なところ、追放屋はあまり頼りにしていないが、少しくらい役に立ってくれると良いな。