迷惑な悪だくみ (3)
そんなまさか、とまた思ったが、考えてみれば賢い選択ではある。
人違いであった以上、もうメイベルを捕らえておく必要もないし、接触もやめておいたほうがいい。下手に解放するのではなく、自分たちが逃げるほうを優先する――廃屋はガランとしていて、何もない。
メイベルは訓練を受けているわけではないから断言はできないが、そんな自分でも分かるほど人の気配もないし、本当にここにはもう誰もいなさそうだ。
それでもできるだけ物音を立てずに廃屋の中を歩き、外への扉を見つけた。
そっと押してみれば、その扉にも鍵はかかっていない。少しだけ開いた隙間から外を確認して、メイベルは廃屋を出た。
――廃屋を出た先は、見覚えのない場所。
「どこだろう、ここ……」
メイベルを連れ去ってから移動までの時間を考えてみると、町は出ていないはず。
見える建物も……ずいぶんとボロボロで、薄暗い雰囲気だが、綺麗にしてみればメイベルたちが泊っている宿や中心地の町並みと同じようなものに見える。
町は広いし、メイベルはここに来たばかり。町のすべてを知っているわけではないから、きっとメイベルでは分からない場所だろう。
道端では人が寝転がっていて、帽子や長い前髪で目元を隠し、みんな、他人を見ようとしない。
メイベルは平服を着ていたが、それでもここでは浮きそうだ。せめて、大通りに出れたら……。
ここの人たちはメイベルを見もせず、存在すら無視して自分の世界に閉じこもっているようだが、それでもつい、彼らを警戒してしまう。
ドキドキしながら大通りを出る道を探して、建物の陰にコソコソと隠れながら移動して。
背後から肩をつかまれた時は、飛び上がるほど驚いてしまった。悲鳴まで上げてしまったメイベルを、バルシューンがなだめる。
「俺だ――驚かせて悪かったよ。おまえが追われてる可能性もあるから、大声出して注意を引くわけにいかなくて」
よく知った声に、メイベルはホッと胸を撫で下ろす。
バルシューンは素早く周囲を確認すると、こっちだ、と迷うことなくメイベルをどこかへと案内し始めた。
建物の合間の道に入ると、上からファルコが降って来た。
……妙な表現だが、それがメイベルの素直な感想である。たぶん、建物の上にいたのだろう。ファルコの視力で高いところから見下ろし、メイベルを見つけてくれたに違いない。
「追ってるやつはいなさそうだ。メイベル、よく逃げ出してきたな。無事でよかった」
うん、とメイベルは相槌を打つ。
「たぶん、私をさらった人たちはみんな逃げて行ったと思う。私……人違いでさらわれただけだったから」
「はあ?」
バルシューンが盛大に顔をしかめる。ファルコも目を丸くしていたが、追及するのは後回しにすることにしたらしい。
「色々聞くことがありそうだが……とりあえず、まずは宿に戻ろうぜ。ルスランが心配してる。事情は、道中でぼちぼち聞くよ」
メイベルは頷いた。
ファルコの言うとおり、いまはルスランのもとに戻って、彼らを安心させてあげるべきだ。きっと、ものすごく心配をかけてしまったに違いない。
見慣れた通りに出て、滞在していた宿に到着する。
玄関ホールに足を踏み入れるなり、上階の客室に繋がる階段からドタドタと駆け下りてくる音が聞こえてきて、ルスランが姿を現した。
「メイベル!」
「ルスラン、心配かけてごめんね――」
一目散に駆け寄ってきた夫に抱きしめられ、メイベルの言葉は途中で切れてしまった。
痛いほどぎゅうぎゅうにされたが、メイベルは抵抗せず、夫の腕に収まった。本当に、ものすごく心配をかけてしまった……。
少し遅れて寄って来た将軍アンドレイが、メイベルの無事な姿を見てホッとしつつ、ルスランに声をかける。
「ルスラン様。ここでは人目もございますので、お部屋にお戻りを……」
そう言ったのは、メイベルが誘拐されたことについて、彼らはまだ警戒しているからだろう。ルスランたちは、ヴァローナ王妃を狙った誘拐だったと思っているのだ。警戒を解けるはずがない。
「そうだな――メイベル、怪我はないか?恐ろしい思いをさせてすまなかった――」
改めてメイベルの無事を確認しながら、ルスランはメイベルを部屋へ連れて行こうとする。メイベルも夫に促されるままに部屋へ戻りつつ……ついて来るファルコが口を挟んだ。
「どうやら連中、人違いでメイベルを連れ去ったらしい。目的の相手じゃないと分かったら、メイベルを残して全員逃げ出したってさ」
「なに?」
ルスランが顔をしかめる。
一瞬足を止めかけたが、やはり部屋に戻ることが最優先だと考えて、そのまま部屋へ戻った。
とにかく、メイベルを安全な場所に連れて行きたくてたまらないらしい。
部屋の長椅子にメイベルを座らせ、将軍アンドレイに温かいミルクを持ってこさせて……メイベルの隣に座り、ルスランが改めてメイベルに状況を問うた。
「――ファルコたちにももう話したんだけど、私をさらった人たちの目的は、私じゃなくてミラナ……エラスト様の妹だったの。私、ミラナの服を借りて、彼女と似たような髪色になっていたから……エラスト様と一緒にいるし、私だと勘違いされちゃったみたい」
そう言えば、と部屋を見回し、メイベルはミラナの姿がないことに気付いた。
……たぶん、ルスランが遠ざけたのだ。この部屋にいないのはミラナだけではなく……ルスランの配下の人間しかいない。他の人間はみんなメイベルに近づけないようにされている。
メイベルはルスランに視線を戻した。
「ルスラン、ミラナとエラスト様を呼んで。狙われてるんだから、あの二人にも話しておかなくちゃ」
言いかけて、ルスランの感情の色を見たメイベルはピンときた。
まさか、という本日何度目になるか分からない単語が頭に浮かぶ。
「まさか、ルスラン……エラスト様を逮捕してるの?」
「当たり前だろう。自ら護衛を言い出しておきながら、まんまと君をさらわれたんだぞ。むしろやつが関与していると考える方が自然だろう」
非難するようなメイベルの口調に対し、ルスランも開き直った態度で反論する。
「そうでなくても、君をさらわれるという大失態も犯しているんだ。逮捕しない理由のほうがないだろう」
「もう……。ルスランの言い分もわかるけど、今回はエラスト様たちも被害者だから……」
憤慨し始めた夫を、メイベルはなだめる。
将軍アンドレイは、メイベルに聞かされた真実に考え込んでいる。
「まさか人違いでメイベル様をさらっていたとは……。道理で手がかりが見つからないはずだ」
「ヴァローナ王妃を誘拐するような人間を探してたら、見つからないところだった」
ファルコが将軍の言葉に同意する。
「ファルコたちは、よく私がいる場所が分かったね」
メイベルが言った。
こんな広い町で、町のことをよく知らないファルコ、バルシューンの二人だけでメイベルを見つけ出すなんて、至難の業だろうに。
「目撃者は多かったんだよ。おまえが立ち寄りそうな場所で聞き込みしたら、すぐに足取りを追えた。巡礼者の女がさらわれて、あれは裏町を根城にしてるチンピラ連中の仕業だ……ってな」
バルシューンが言った。
「ヴァローナ王妃の誘拐とあっては、我々は目立つので動けません。旅人を装える異国人のファルコやバルシューンたちに町中での捜索を任せたのです」
将軍が説明を付け加え、なるほど、とメイベルは納得する。
「それでもおまえ一人でウロウロしてるの見つけた時にはビビったぞ。間抜けな連中で助かったな」
本当にね、とバルシューンの言葉にメイベルも同意した。
いまから思い返しても、色々とゆるい人たちで助かった。あれで、メイベルを容赦なく始末してしまおうとする人間だったら……運が良かったと思うべきか……。
「……あえてその程度の人間を雇ったのかもな。そいつら、誰かに雇われてたんだろ?」
ファルコが言った。
メイベルもまだ話の続きだったことを思い出し、ルスランに振り返ってまた話し始める。
「そう――その人たち、誰かに雇われて私をさらったみたいなの。あの人は……マントを被って、顔も隠してたから、姿は見えなかったけど……発音も所作も綺麗だったし、私をさらったような人たちとは全然立場の違う人間だと思う。私の勘で言っていいなら、軍人じゃないかな」
「スヴィルカ騎士団の人間ということか」
ルスランが指摘したきたが、メイベルははっきりと頷くことはできなかった。
根拠のない先入観を植え付けてしまっていいのか、さすがに悩む。
「あくまで私の勘だから……ただ……私を護衛していたエラスト様は、騎士団長の命令を伝えに来た部下に言われて、本部に戻ることになったの。それで代わりの人が私の護衛をするはずだったのに、その人もやられちゃって……」
「それについてはエラスト自身も証言している。団長からの命で君のそばを離れてしまったと。君にも本部に戻るよう勧められたので、イープカという部下に任せて――私に対して言い訳はしなかったが、やつも、自分がハメられたと考えているようだった」
ルスランの言葉に、ルスランもエラストが本気で裏切ったと考えているわけではないのだとメイベルも理解した。
可能性がある以上は疑わないわけにもいかないし、エラストも罠にかけられたのだとしたら、保護も兼ねて逮捕したのだろう。
……メイベルをさらわれるという失態に対しての怒りもおおいにあるとは思う。
「君の話と合わせると、雇い主はやはりスヴィルカ騎士団の人間の可能性が高い。わざわざ妹をさらうというのは、何とも遠回りで不可解なやり方だが」
ルスランが考え込むような仕草を見せた。
「そのあたりも明日、騎士団本部へ行ってみれば手がかりを得ることができるかもしれん」
「明日?」
今日じゃなくて?ときょとんとするメイベルに、ルスランが苦笑する。
「君がさらわれたというのに、僕が他のことをやっている余裕なんかあると思うか?誘拐の知らせが届いた瞬間に、ガストーネとの面会などキャンセルした。まさかこんなに早く解決するとは思っていなかったからな」
「あ、そっか。ごめんなさい……」
それはそうだ。ルスランからすれば、すべてを放り出してでもメイベルを探すことに全力を尽くすに決まっている。
城から全軍を寄越すよう、宰相ガブリイルに命令書を書いているところだったと、あとで将軍からこっそり教えられた。本当に、みんなにたくさん心配をかけてしまった……。
「君が謝る必要はない。無事に戻って来てくれたのだから、笑い話の些事でしかなくなった。ガストーネは僕がドタキャンしたことでまた難癖をつけてくるだろうが……うまくやってやるさ。何も気に病むな」
そう言って笑い、ルスランはメイベルを抱き寄せて頬にキスしてくる。
メイベルもルスランに微笑み返して……ルスランのもとに戻ってこれた安心感に、改めて包まれていた。




