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迷惑な悪だくみ (1)


このまま宿で過ごして夜を明かすものと思ってルスランと共に部屋で寛いでいたメイベルは、スヴィルカ騎士団から陛下を訪ねてきた者がいる、と呼び出されてしまった。

いまのところ騎士団に良い印象を抱いていないルスランは、伝えに来た将軍アンドレイに対して顔をしかめていた。


「ずいぶんと非常識な時間に呼び出してくれたものだ。ヴァローナ王に対し、あまりにも礼を欠くのではないか。いったい誰だ」

「エラストです。イリヤの同期の騎士の」


将軍の答えに、ああ、とルスランが不快な感情を少しだけ落ち着かせる。


「イリヤの友人か。礼儀正しい好青年だったことは私も覚えている。分かった。会おう」


そう言ってちらりとメイベルに目配せしてきたので、メイベルも頷き、上着を羽織ってルスランと共に訪ねてきた人と面会することになった。


エラストという男はスヴィルカ騎士団の副団長イリヤの補佐でもあり、彼の同期の親友だそうだ。

公私共に仲の良い彼ならイリヤのことを何か知っているのではないか――スヴィルカ騎士団の現状を知る手掛かりになるのではないかと考えてルスランは面会を決めたようだが、手がかりを探る間もなく対面したエラストはすぐにヴァローナ王に打ち明けた。


「このような時間に押しかけたこと、どうぞお許しください。ヴァローナ王がこの町にいらしていることを、私もつい先ほど知ったばかりでした――ガストーネ団長は、陛下がお越しくださることも我々に知らせておりません」

「前触れの手紙は送った。それに、先の戦で私との約束を反故にした理由を問う手紙も何度も送っている」

「陛下からの親書は……団長が受け取り、その後の対応を私たちには一切知らせないのです。どのような返事をしているのか、気になってはいたのですが……」


ルスランの前で膝をつき、首を垂れてエラストが答える。


嘘は言っていない。エラストも、ガストーネ団長相手では何も分からないままになってしまうから、ルスラン王に真実を確かめに来たところがあるのだろう。

時々視線を送ってくるルスランも、メイベルの反応――見えているものを察していた。


「イリヤはどうしている?アンドレイは、彼にも手紙を送っているが」

「副団長殿は謹慎処分を受け、団長の許可なく外部と接触することを禁じられております。先の戦のことで、団長の命令に従わず独断で動こうとしたと咎められて。去年の暮れから、自宅にて蟄居状態です」

「副団長を処罰したのか」


はい、とエラストが続ける。


「先の戦……陛下との約束を交わした時が迫ってもガストーネ団長が動く気配がなく、副団長は何度も出陣を団長に訴えました。せめて自分の部隊だけでもと準備を進めさせ、場合によっては、と考えて動いていたところを見つかり、主君に逆らったと罰を受けることになったのです。騎士団内でも、副団長へのこの処罰について、みなが戸惑っております」

「――そうか。ガストーネはそこまで横暴に振舞っているのか」


いまのところエラストは真実を話しているようではあるので、聞かされた情報をもとにルスランが考え込んでいる。

状況はずいぶん分かってきたが、スヴィルカ騎士団の団長が何を考えているのか――その真意はまだ不明瞭なところが多い。


「よく知らせてくれた。いままでの話から察するに、君も私に気楽に会いに来て良い立場にないはずだろうに。イリヤのことが分かっただけでも騎士団領を訪ねた意義があった。明日、ガストーネに掛け合ってイリヤの処分だけは解かせよう」

「陛下のご寛大な配慮に感謝申し上げます」


エラストは改めて頭を下げる。

話はこれで終わりかと思ったのだが、それと、と騎士はさらに話を続けた。


「滞在にあたり、女性の供を連れていないとお聞きしたので、王妃様の身の回りの世話をする女を手配しておきました。私の妹のミラナと、我が家に仕える侍女たちを数名」


エラストと共に部屋に入ってきて片隅で控えていた女性たちが、紹介を受けて頭を下げる。

よく似た髪色と雰囲気を持つ彼女は、きっとエラストの身内だろうなということはメイベルも察していた。


紹介されたミラナはよく働き、侍女たちにもてきぱきと指示を出して、メイベルの世話をしてくれた。

おかげで、メイベルも久しぶりにゆっくりとお風呂に入ることができて、髪もしっかり洗ってもらうことができた。


メイベルの長い銀色の髪を洗うミラナは、見惚れたように言った。


「なんとお美しい髪でしょう。これほど美しく輝く髪を見るのは、私、初めてです」

「ありがとう。ミラナの髪も、とても素敵な色だと思うわ」


エラストも赤みがかった茶髪であるが、ミラナは兄と比べても赤色が強い気がする。彼女の場合は、茶髪というよりも赤毛と表現したほうがいいかもしれない。

メイベルに褒められ、恐れ入ります、とミラナは恐縮した。


「この赤毛を褒めてくださったのは、身内以外だと王妃様で二人目です。小さい頃はこれでよくからかわれて、自分ではあまり好きではなかったのですが」


ミラナはきっと、何気ない世間話のつもりで語ったのだろう。でも、自分の髪に手を伸ばす表情と、何かを想って感情の色がほわほわと変わるのを見て、メイベルはピンと来た。


「私より先に貴女の髪を褒めた人は、ミラナの良い人なのね」

「えっ?あっ――えっと……」


指摘され、目に見えてミラナがあわあわと慌てている。同じようにメイベルの世話をしていた侍女たちが意味ありげにクスクス笑った。

ミラナの家に仕える侍女たちは、女主人の事情をよく知っている。


「……王妃様の慧眼を前にしては、隠し事もできません」


そう言って、ミラナは顔を赤くして困ったように笑う。


こんな他愛のないやり取りをしながらその日の夜は過ぎていき、朝。

メイベルの世話をしてくれる者を得たことでルスランも遠慮なく妻を可愛がることにしたらしく、夫の寵愛を受けて疲れたメイベルは、少し寝坊してしまった。


すでに朝食を始めている夫に遅れてメイベルも食事を始めていたら、またエラストがルスランを訪ねてきた――今朝は、団長からのヴァローナ王に宛てた手紙を持ってきたらしい。

食事を中断して手紙を読んだルスランは、露骨に眉間に皺を寄せた。


そばに控える将軍アンドレイが、そっと王に声をかける。


「ガストーネ団長からは、なんと……?」

「前触れの手紙など知らぬ。急に押しかけて来ても、私にも都合というものがある。昼過ぎならば時間が作れるので、会うことも可能だ――要約するとそんな感じだな」


長々と書かれた言い訳と自己弁護の文章はばっさり切り捨て、ルスランが説明した。

手紙をくしゃっと握りつぶして不機嫌そうにため息を吐くルスランに、エラストが恐縮している。


「正直に言えば、やつの返事など予想していた。もっとごねて会わぬと言い出すのではないだろうかと思っていただけに、素直に面会に応じただけでもマシだと言えよう。それでやつを評価してやる気にはなれんが」


手紙をポイと投げ捨て、ルスランは食事に戻ることにしたらしい。先ほどよりもちょっとお行儀悪くムシャムシャしている。


ご機嫌ななめとなってしまったルスランに、将軍もそれ以上声をかけるのはためらっているようだ。

果実水を飲み、メイベルが話しかける。


「騎士団の宿舎に行くのは昼過ぎになるなら、私、それまで出かけてきてもいい?せっかくだから、私も教会でお祈りしていきたくて」


スヴィルカ騎士団領の教会に祀られているのは軍人の守護聖人――スヴィルカ騎士団を加護するに相応しい聖人だ。疫病の守護聖人でもある。

病は戦場において、兵士たちの最大の脅威であるから、軍人の守護聖人はだいたい兼ね備えていることが多い。


どうせ今年も、ルスランは戦に行くつもりだろう。軍人王の妻としては、やはり軍人の守護聖人には、その加護にすがりつきたくなるもの。

スヴィルカ騎士団領の教会のことを知ってから、どこかで時間を見つけて必ず行っておこうと考えていたのだ。


メイベルの申し出に、ルスランも機嫌を直して了承してくれた。


「あ、でも……ヴァローナ王妃として訪ねるとなると仰々しくなっちゃうから……。巡礼者たちの邪魔をしたくないから、お忍びで行ってくる」

「では、教会までは私が護衛を」


エラストが言った。メイベルは頷く。


「よろしくお願いします。ルスランは、ゆっくりしてて。お祈りだけしたら、早めに戻ってくるね」


きっと、ルスランもメイベル抜きで将軍アンドレイたちと話したいことがあるはず――女には聞かせられないような、血なまぐさいこと。

それも察して、ルスランから離れる口実を作った。教会に行きたいのも紛れもない本心だが。


ルスランもメイベルの気遣いをちゃんと見抜いて、すまないな、と短く言った。


「お忍びで行くなら、この髪は染めていかないと。こんな髪色してたら、すぐに気付かれちゃう」

「では、染料と平服の用意をさせます。ミラナ」


エラストはメイベルの給仕をしている妹に声をかけ、ミラナはすぐに頷き、メイベルが出かけるための準備に取り掛かり始めた。


「染料は、母が毛染めに使っているものをすぐに持って参ります」


こうしてメイベルが出かける準備はせっせと進められ、軽く朝食を済ませると、メイベルは髪を染め、持ってきてもらった服に着替える。

エラストを護衛に、宿を……出る前に、ファルコやバルシューンにも声をかけてみたのだが、断られた。


「俺たちのほうにこだわりはないって言っても、やっぱ異教徒が教会訪ねるのはマズいだろ」


ファルコの言い分に、それはすごくその通りだな、とメイベルも納得する。

そういうわけで、メイベルはエラストだけを伴い、教会へ向かうことになった。イリヤの友人で、メイベルの目で確認してもエラストは信頼できる男――だから、ルスランも油断した。

構わずファルコやバルシューンもついて行かせるべきだった。

……自分もついて行くべきだった。男だけで話したいことがあるだろうと、気遣ってくれたメイベルに甘え過ぎた。


メイベルが教会へ出かけてから一時間足らず。ルスランのもとに、メイベルがさらわれたとの火急の知らせが届いた。

知らせに来たのは、エラストですらなかった。


「メイベルがさらわれだと?エラストはどこだ?なぜやつが私に知らせに来ない!?」


当然、ルスランは激怒した。メイベルの身を案じるあまり、冷静さを欠いて感情的になるルスランを、なだめられる者はいない。

彼らが何よりもやるべきことはヴァローナ王の怒りを鎮めることではなく、さらわれてしまった王妃を見つけ出すことなのだから。


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