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ヴァローナ王の敵 (4)


ルスランの母親は本来ならば王妃になどなれる格ではない家に生まれ、兄ギバルトの功績によってヴァローナ王の後妻となってしまった女性だった。

本人は自分の分不相応な立場を理解して王城での暮らしなどむしろ疎んでいたが、王妃という肩書は彼女から平穏を遠ざけた。


無知に付け込んだ貴族たちによって、ヴァローナ王への反乱の旗印に担ぎ上げられてしまって。

反乱はすぐに平定され、王妃が本心から王に反乱を起こしたわけではないことはほとんどの者が分かっていた。それでも、王妃が再び利用されることを懸念して半ば強制的に王は城の外で生活していた王妃と王子ルスランを呼び戻し、ルスランの生活は一変した。

――王子ロジオンにとっても、ヴァローナ王への反乱は衝撃的な出来事であった。


「ロジオンの気持ちも分からんでもないんだがな。自分だけが王位を継ぐ人間だったというのに、突如として別の候補が現れた――城中の人間が、私たち親子のことなんてすっかり忘れていた。人畜無害な王妃と王子だと思ってたら、自分たちに牙を剥いた」


担ぎ出されただけで王妃にそんなつもりはなかったと言われても、ロジオンからすれば信じられるはずがないという点については、ルスランも当然のことと納得しているらしい。

後妻の王妃が、自分の息子を王位に就けるがために前妻の子を害するなんてよくあること。ましてやその王妃はずっと城の外にいて、どんな人間なのかロジオンはまったく知らない。


だから、恨まれることにはおおいに心当たりはあるのだが……。


「……僕も逆の立場だったら、突然現れた異母兄弟に不信しか抱かなかったことだろう。それで大人しく恨まれてやるほど寛大にはなれんが」

「二度目の大きな反乱でルスランのお姉様が嘆願して命拾いしたのに、まだ懲りずにルスランにちょっかいかけてるんだよね」


本格的に寝入ってしまった王子を自分の膝に横たわらせながら、メイベルが言った。頷くルスランは露骨に嫌そうな顔をしている。


「外国に逃げて、せっせと僕の悪評をまき散らしてくれているよ。それでヴァローナ王を討つ大義を掲げて資金を集め、僕に反乱を起こす機会をうかがっているんだ。分かっていても、外国では僕も手出しできない」

「でも、お金集めはうまくいってないってガブリイル様たちが話してた」

「そりゃそうだ。私とロジオンを天秤にかけて、どちらがヴァローナの王でいてくれたほうがマシか、分からないほど愚鈍な人間に一国の王が務まるもんか。ロジオンでは我が強すぎて、傀儡の王にも向かん」

「じゃあ、ガストーネ団長とはどういう取引したんだろう……?」


ゆりかごの中で王子ユリアンがもぞもぞとしたので、ルスランがゆりかごを揺らす。


「色々と材料は思いつく。さっきも言ったように、単純に私が嫌いという理由でもガストーネならば手を組むだろうし、ロジオンが王となったあかつきにはガストーネの今後を保障してやるとでも言えばそれで十分だ。ガストーネが望むのは現状維持であって、これ以上の手柄などは期待していないからな。それぐらいでいいなら、ロジオンとて気前よく振る舞うだろう」


しかし、とルスランが続ける。


「取引材料や理由はどうでもいい。ガストーネが裏切り者かどうかだけが重要だ。もしそうであれば、やつも始末するのみ」




春になり、ルスランが王妃メイベルを伴って王都を出発する日。しょんぼりと両親を見送る王子レオニートを、乳母のラリサが慰めている。


「ごめんね、リオン。早めに帰ってくるから」


思い返してみれば、王子レオニートと離れて遠くへ行くのも、この子が物心もついていない赤ん坊の時以来だ。遠出する時は、いつも一緒だったから……。


「ははうえ」


べそべそと泣く幼い王子の頭を、ルスランも苦笑いで撫でている。


「泣き虫なところまで母親似か。ヴァローナ王の子なら、そんなことで泣くものじゃないぞ」


今回はルスランを裏切っているかもしれない人間のところに行くのだ。幼い王子を連れて行けるはずがない。

ついて行きたくて泣きじゃくる姿には胸が痛むが、メイベルも今回ばかりは譲れなかった。


「ラリサ、それにみんなも、王子たちをお願いね」


乳母のラリサは王子が残るので当然のことながら、女官長代理のオリガを始め女官たちも今回は城で留守番である。

彼女たちも置いて行かれることにかなり不満そうだったが、メイベルがなんとか説得して納得してもらった。


ルスランは、宰相ガブリイルに声をかけている。


「ガブリイル、城を頼む」

「道中、どうぞお気を付けて――アンドレイ、陛下を任せたぞ」


裏切り者をあぶり出すためにスヴィルカ騎士団に赴くという目的を考えると、もっと緊張感を持っておくべきなのだろうが……春ののどかな旅は、ついメイベルの気を緩ませてしまっていた。


「やっぱりリオンたちも連れてきてあげたかったな……」


スヴィルカ騎士団領までの道中では、もちろん町に立ち寄って泊まることもある。

ルスランが妻に甘く、自分も自由な気質ゆえに立ち寄った町を見て回ることを許してくれて、メイベルはちゃっかり観光もさせてもらっていた。

そうして町の中を見て回って、賑やかな市場も見ていると、連れてきてあげたら王子や女官たちも喜んだだろうな、という気持ちがわきあがってしまうのだ。


のほほんとしている場合じゃない、とメイベルも自省するのだが……ルスランのほうも、目的を忘れて旅を楽しんでない?と言いたくなるような有様であった。




このあたりは道も平坦だから、とルスランに誘われ、メイベルは自分で馬に乗ることになった。

それも、ルスランや誰かの馬に乗せてもらうのではなく一人で。


「だ、大丈夫かな……」


乗ってみたいという興味はあるのだが、本当に大丈夫なのかなという不安で、メイベルは馬の前で立ち尽くす。馬の手綱はファルコが握って抑えている。


「大人しい馬だから大丈夫だろ。あんたもずっと世話してたから、こいつも懐いてるし」

「馬は問題ねえだろうが、乗り手のほうが問題大ありだろ。んなヒラヒラした恰好で……」


バルシューンが顔をしかめて言った。二人とも乗馬を得意とする人間だから、メイベルのフォロー役だ。


「実際に馬を引くのは俺だろうな。さすがに、メイベルに手綱握らせるのは無理だ」


旅用のドレスなので、メイベルは横乗りだ。メイベルはつかむ用の手綱を別につけてもらって、ファルコが自分の馬に乗ってメイベルの馬も引っ張ってくれている。

メイベルのために速度を落としての旅となってしまったが、これでいいのだろうか……。


「騎士団領に着くまでピリピリし続けても仕方がない。僕だって、旅は純粋に君と楽しむつもりでいたぞ」


夜、宿に入って二人きりの客室で、メイベルを抱き寄せてルスランが言った。いいのかなぁ、とメイベルが呟く。


「レオニートが生まれてから、君の優先は子どもになっていたからな。たまには僕が君を独り占めさせてもらおう」

「私……そんなにルスランのこと放ったらかしにしてた?ごめんね……」


指摘されてみればそんな気もして、メイベルは素直に謝罪した……のに、なぜかルスランに笑われてしまった。


「……いや、すまない。ちょっとからかっただけだったんだが……君は意外と真面目なことを忘れていた。冗談だ――君はいつだって、王子の母親の務めも、僕の妻の務めも、しっかりやってくれているよ。いまのは幼稚な嫉妬だから、深く考えないでくれ」

「嫉妬?」

「子どもたちはもちろん可愛いが、君を独り占めできる時間が減ったのは事実だろう?」

「そっか……そうだね。うん。私もルスランと二人だけの時間を大切にする」


ベッドに腰かけて自分を抱き寄せるルスランの腕の中でもぞもぞと動き、体勢を変えて、メイベルもぎゅっとルスランに抱きつく。

メイベルの反応に目を瞬かせ……ルスランがふっと笑う。さらに強く抱き寄せて、メイベルを口付けながらベッドに押し倒した。




スヴィルカ騎士団領はヴァローナ王がスヴィルカ騎士団に貸し与えている領地であり、内政そのものは王が管理している。スヴィルカ騎士団は統治には関与できない決まりとなっていた。

つまり騎士団領は王直轄の領地――そこは、規模こそ小さいが王都にも劣らず栄えていた。


「綺麗な町……町というよりは、要塞って感じがするけど」


ファルコに引いてもらった馬に乗ったまま、メイベルはスヴィルカ騎士団領に入った。

王の一行はそのまま町で一番大きな宿へ。

……王自ら騎士団長を訪ねてきたというのに、町の宿に泊まるのか……。


「ここに来てもガストーネは我々との面会に応じる様子はありません。イリヤの姿も見かけませんでした」


先に騎士団本部――城のように豪華な宿舎を訪問してきた将軍アンドレイが、宿で待機するルスランに報告する。

ルスランは、そんな返事も想定済みのようだ。


「町に変化はない。騎士団全体で問題が起きているというわけではなさそうだな」


町に到着して昼の間にメイベルと共に町を見て回ったルスランは、そう言った。

もちろん、メイベルの目で見たものを織り込んでのことである。


「ひとまず、明日になったらメイベルと共に訪ねてくる。ガストーネとイリヤに会えれば一番手っ取り早かったが、騎士団の兵士たちでも構わない。彼らからでも得るものはあるはずだ――何事もなければ、それに越したこともないのだし」


御意に、と将軍が頭を下げる。

部屋の片隅で話を聞いていたバルシューンが、近くにいるファルコに話しかけた。


「スヴィルカ騎士団ってのはあっちの宗教絡みの軍隊なんだろ。異教徒の俺らはまずいんじゃね?」

「そういやそうだな。改宗しとくか?別にこだわりねえし」

「いや、そこまでしなくて大丈夫だ」


ルスランが言い、とりあえず二人の改宗問題は先送りになった。

皆が部屋を出て行った後で、残されたメイベルは改めてルスランと話し合う。


「ルスランのお兄様は、この町に来てると思う?」

「間違いなくいないだろう。いくらなんでも、そこまでのリスクは冒せまい。そうだな……ということは、ガストーネとロジオンの繋ぎ役になっている人間がいるはずか」


メイベルの疑問は、ルスランに新たな視点を発見させたらしい。しかし、その人間を見つけることについては期待していないようだ。


「恐らくは外国人だ。騎士団領には大きな教会もあるのだから、巡礼者のふりをすればいくらでも潜り込める。さすがの私も、巡礼者を締め上げることはできん」


メイベルは頷く。騎士団領は大きな町だ。

メイベルの目をもってしても、これだけ大勢の人間から見つけ出せるとはとても思えない。

これだけたくさんの人間がいれば、ロジオンの間者以外にもやましいものを抱えた人間がたくさんいるだろうから。


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