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妻の自慢


目的は終わってしまったが、ルスランはすぐに休暇を切り上げて王都に帰ることはせず、もう少しだけオーストラク諸島で羽を伸ばすことにしたらしい。

宰相ガブリイルはさっさと城に戻って仕事をしたいようなそぶりを見せていたが、今年のルスランは戦を控えて政務に励んでいたこともあり、今回ぐらいは……と許可した。


メイベルも、王妃業をお休みしてのんびりできるのは正直嬉しい。

ヴァローナ王城ではルスランたちの配慮もあって厚遇され、かなりの自由を許されているが、それでもやはり、色々と煩わしい制約や義務も多い。

そういったものを気にすることなく過ごして、今日はメイベルもラフな服に着替え、我が子と私服姿の女官たちと共に町に出ていた。


のんびりとした時間の流れる島はとても平和だ。ここでは、メイベルも護衛なしに出歩くことを許されている。

活気あふれる市場を見て回り、美しい海を眺めながら海岸沿いを歩いて。

――ふと、海岸のほうから騒がしい声が聞こえてきた。


「お祭りでもあるのかな……?」


人が集まっているのを見つけ、メイベルが言った。

お祭り……にしては、集まっているのは女性ばかり。みなが同じものを見てはしゃいでいるようで、あの一帯だけ絵具でもぶちまけたように興奮を示す感情の色で染まりまくっている


女官たちも不思議そうに首を傾げ、メイベルと一緒にそちらに近づいてみて、察した。


年齢層も様々な女性たちの熱い視線の先には、鍛錬に勤しむ男たちの姿が。

ルスランやファルコ、将軍アンドレイにアトラチカ騎士団、オーストラク騎士団の男たち……波打ち際や海に入っているから、服を脱いだりしてかなり肌を露出させている。

それで、島中の女たちが大はしゃぎで見物していたらしい。


ヴァローナでも格別の男たちばかりが集まってその見事な肉体美を披露しているとなれば、島の女たちが大喜びするのも無理はない。

若い女の子から、年配の婦人まで――誰が好みだの、抱かれてみたいだの、そんなお喋りを聞き、若い女官たちがニヤニヤ顔でラリサを見た。


「アンドレイ様もなかなか人気みたいですねえ」

「そりゃうちの自慢の陸軍大将だもの。気取ったところのない人だから忘れがちだけど、城でアンドレイ様に敵う男なんて陛下ぐらいなのに」


夫を褒められ、ラリサは苦笑する。


「――もう、あの人ったら……。気付いてないふりして鼻の下伸ばしちゃって……」


海で鍛錬をする男たちも、自分たちに注目して集まる女の存在に気付いていないわけではないだろう。兵士たちの中にはちらちらこっちを見て、見物客にアピールしている者もいる――気にしないふりをしつつ、内心ではかなり張り切っている者もメイベルはしっかり見抜いていた。


将軍アンドレイはルスランとアトラチカ騎士団の団長ギバルトの近くにいて、彼らと同じく上の服を脱ぎ、鍛えられた肉体を惜しみなく披露したまま二人と何やら話をしていた。


「でも、夫がモテるのは嬉しいよね。ルスランがかっこいいって言われるのは、悪くない気分」


やはりルスランは特に注目を集めているようで、女たちの視線も集中している。

メイベルがニコニコして言えば、ラリサは目を逸らしながらも否定しなかった。


若い女官がはしゃぐ。


「ラリサ様が惚気てる!」

「なんだかんだ言って、ラブラブなんだから。羨ましい!」

「やっぱりラリサ様にとっても、自慢の旦那様ですよねぇ」


からかわれて、珍しくラリサは戸惑っていた。女官長代理オリガも、これまた珍しくクスクス笑っていた。


「オリガまで……。からかわないでちょうだい」

「失礼いたしました――でも、たまには良いのではありませんか」


ラリサの腕に抱かれた彼女たちの息子イグナートは、父親を見つけたので大喜びだ。

メイベルも、自分が抱っこしていた我が子に向かって言った。


「ほら、リオン。お父様があそこにいるよ」


王子レオニートが目を丸くして父親を見ていると、ルスランもメイベルたちに気付き、手を振って呼び寄せるような仕草を見せる。

男たちに近づけて羨ましい、という見物客の強烈な羨望の視線に背中を刺されながら、メイベルは砂浜を歩いて、海にいるルスランたちに近づいた。ルスランもざぶざぶと波打ち際を歩き、メイベルの元にやって来る。


「邪魔じゃない?」

「全然。一応稽古を兼ねてはいるが、遊びみたいなものだ」


ルスランは陽気に笑って言った。メイベルが抱いている我が子に手を伸ばし、幼子特有のぷにぷにした頬に触って戯れている。


「この暑さでは、服すらもわずらわしい。海も近いのだから、水浴びをしながらの鍛錬だ」


アトラチカ騎士団の団長ギバルトも、豪快に笑いながら言った。


「せっかくだから、メイベル、おまえもそのような服を脱いで海を楽しんでいけ」

「――伯父上はメイベルの裸が見たいだけでしょう。誰がそんなことを許すか!」


隙あらばメイベルに良からぬ真似をしようとする伯父に、ルスランが目を吊り上げて怒った。


服は脱がずにメイベルも波打ち際で我が子と共に海を楽しみつつ、ルスランたちの稽古を見学させてもらった。

ルスラン、将軍アンドレイは、腰まで海に入り、伯父ギバルトを相手に剣の稽古をしているらしい。水中なので非常に動き辛く、いつものように剣を振ることもできない――その負荷を利用して、鍛えてるのだとか。あとで解説してくれた。


城で一、二位を争う実力者であるルスラン、アンドレイを相手に指導できるのだから、ギバルトはやはりかなりの実力者だ……。


「そんな動きでは、ワシは倒せぬぞ!容赦なく反撃するつもりだからな――妻の前で無様に敗北する姿を晒したくなければ、もっと気合いを入れぬか!」


二人と向き合う姿は、ギバルトが彼らの師匠である事実を思い出させた。

メイベルは戦いのことはよく分からないが、周囲の兵士たちの反応から察するに、三人は他と比べてもレベル違いの戦い方をしているのだろう。


自分の腕の中で父親を見てはしゃいでいる我が子を抱きかかえて見学していたメイベルに、ファルコが声をかけてきた。


「真剣勝負になったら、やっぱりあの人、ルスランとアンドレイ将軍の師匠って感じだよな」

「本当に。ファルコは……休憩中?」

「全員のしてきた」


少し離れたところでヘロヘロになって砂浜の上に倒れ込んでいる兵士たちを指して、ファルコが答える。


ファルコも上の服を着崩しており、鍛えられた身体が見えている――細身で、服を着ている時はルスランたちよりずっと華奢に見えるが、こうして肌を晒していると、ファルコも相当鍛えているのが分かる。

……メイベルはそのことをとっくの昔に知っていたのだが、女官たちはちょっと意外だったようで、若い女官たちの反応は、遠くで見物している女たちと似たような感じだった。


「……なあ。もしかして、アルフレートってヴァルターより強い?」


メイベルに顔を近づけ、声を落としてファルコが尋ねた。

視線は、グランオーレ騎士団にまざってヴァルターと共に兵士たちに稽古をつけるアルフレートに向けられている。アルフレート、ヴァルターも服を脱いでいた。


「強いよ。アルフレートって、もともとは軍人志望だったから」


メイベルがハルモニアにいた頃は、宰相の地位を継がせたい父親とよくケンカしていたものだ。


「ヴァルターより強いのだから、私は自分の才を活かすためにも軍人を目指したいのです!」

「そこでさらっと俺を引き合いに出して自慢するな!だからおまえが嫌いなんだ!」


……というような感じで、ヴァルターを怒らせるまでがセットで言い合いしていた。

メイベルの言葉に、へえ、とファルコが納得したように相槌を打つ。


「小さい頃から、二人で稽古してる姿もよく見てた」


メイベルも時々二人の稽古を見学して……通りがかった兄に、よく聞かれたものだ。

――メイベルは、アルフレートとヴァルター、どちらを応援するのかな?


そのたびに、メイベルは首を振っていた。

どちらも大切な友達で、大好きな人たちだから。どちらかに肩入れしたりせず、二人が真剣に戦うのをただ見守っていたいと。そう答えていた。自分の応援なんかに、二人の真剣な気持ちが動かされてほしくない。

あの頃は、本当にそう思っていたのに……。


「頑張って、ルスラン!」


師匠ギバルトと戦うルスランを、メイベルはごく自然と応援していた。母親に感化されるように、息子レオニートも声援のようなものを送っている。


ルスランに勝ってほしい。

そんなふうに誰か一人に肩入れするようになることを、あの頃の自分は想像もしていなかったことだろう。




その夜、宿に戻って夫婦の寝室で。

息子レオニートはもう眠ってしまったので、メイベルはルスランと二人きりでゆっくりお風呂に入り、薄い肌着一枚の姿で寝台の上に腰かけていた――ルスランが背後から抱き寄せてきて、まだ水気を含むメイベルの髪に顔を埋めている。

夫の手は、膨らみ始めたメイベルのお腹に触れていた。


「君が応援してくれたというのに、かっこ悪いところばかり見せてしまった」

「そう……?私はかっこよかったと思ったけど……」


メイベルとしては本心からそう言ったのだが、ルスランは納得していないらしい。


あの後、アンドレイと共にギバルトに挑み続け、結果は引き分けに終わった。

兵士たちの感嘆する様子から見ても、白熱した戦いを繰り広げてすごかった……はずなのだが、二対一でもギバルトに勝てなかったというのがルスランにとっては屈辱な様子。

メイベルは、甘えるように夫にもたれかかる。


「浮気は嫌だけど、ルスランが女の子たちに騒がれて、モテてたのは妻としてちょっと誇らしい気分」


夫が女性たちの羨望の的になるのは、ヤキモキする一方で嬉しくもある。浮気にまでなってしまうのは許せないが……ルスランの魅力に強く惹きつけられる女たちの気持ちはよく分かる。他ならぬ自分がそうなのだから……。


昼間のことを思い出して密かな優越感にメイベルが浸っていると、ルスランに押し倒されてしまった。

お腹をかばってもぞもぞとするメイベルに、何度も口付けてくる。


何がきっかけになったのかはよく分からないが、ルスランのやる気を刺激してしまったらしい。

むき出しになっているメイベルの白い首筋に顔を埋め、肌着を脱がそうとしてくる夫に逆らうことなくルスランの首に腕を回しながら、一応、メイベルも抗議しておいた。


「するのはいいけど、優しくね」

「……思いっきり煽っておいて、そういうことを言うのはズルいぞ」


なんてルスランも反論していたが、メイベルに触れる手は少し強引で、ちゃんと優しかった。


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