調査隊 (2)
「世界最強の地位にまであったチャコ帝国の海軍技術に、ヴァローナは足元にも及ばない。かの国の技術を手に入れるチャンスと、私としては意外と真剣に期待していた」
ルスランが言った。
内海に面するヴァローナが、無敵艦隊を有していた国に憧れるのは最もな話だ。海軍の弱さはハルモニアも同様なので、副宰相アルフレートやヴァルターもルスランの期待に共感している。
しかし残念ながら、今回は期待した成果を得られていないらしい。
「ルスラン、大砲らしきものが見つかった」
伯父ギバルトにそう言われ、ルスランはメイベルを連れてそちらに向かう。
ヴァローナ宰相ガブリイル、ハルモニア副宰相アルフレートは揃って資料室に残り、無事な書物はないかとまだ調べていたいようだ。護衛役にファルコ、ヴァルターが残っていた。
資料室を出て船内地下の天井の低いエリアに入り、ルスランと手を繋いだままメイベルは屈んで歩く。メイベルより背の高い男性たちは大変そうだ。ルスランも、何度か出っ張った柱に頭をぶつけていた。
「これだ――千年も前に大砲があったとはな。火薬武器の台頭は、百年程度であるはずなのに」
大砲を実際に見るのはメイベルも初めてで。思ったより小さい、というのが素直な感想であった。ルスランが触る横で、手を伸ばしてみる――メイベルが触ることを咎める人はいないみたいなので、好奇心に誘われるまま、メイベルも大砲に触ってみた。
ファルコに銃を触らせてもらったこともあるのだが、銃のほうがよっぽど厚みと重みがあるような……?
「……薄いな。こんなものに火薬を詰め込んだら、こっちが爆発しそうだ」
ルスランが呟く。
ギバルトも、いまは職務に忠実なアトラチカ騎士団の団長モードに入っており、ルスランと共に見つかった大砲の構造を調べている。
「砲弾が見つかれば良かったのだがな。生憎と、やはり千年も漂っている内に何度か略奪されてしまったらしい。目ぼしいものは盗られてしまっておる。あるいは海中に放流されてしまったか……」
真剣な男性陣には申し訳ないのだが、メイベルにはあまり関心の持てない話だ。
千年前の武器というのは面白いが、研究しようというほどの熱意は抱けない。ルスランとギバルトが話し込んでいる傍らでキョロキョロ周囲を見回していると、兵士たちと共に調査を続けるヴァローナ将軍アンドレイがこちらにやって来た。
「陛下。宝物庫らしき部屋を発見致しました。室内のものはほとんど失われてしまっているのですが、一部残っている模様です」
未知の構造と弾のない大砲からこれ以上得られる情報はいまはないと考え、ルスランは将軍に案内されて宝物庫に向かうことにした。
詳しく調査したいので、大砲は持ち帰ると兵士たちに命じて。
大砲はしっかり固定されてしまっており、固定を外すのも一苦労。慎重にやらないと、装甲のもろさもあって壊れてしまう。
ギバルトも残って固定をどう外すか、アトラチカ騎士団の兵士たちと共に悩んでいた。
「いかにもという宝箱だな。中身は……何もないように見えるが」
宝物庫にやって来たルスランは、ひとつ残らず開封され、空っぽの中身を晒す宝箱を眺める。
ルスランの言う通り、並ぶ宝箱たちは全て空。それでも、将軍アンドレイは宝箱の一つを指した。
中身のない宝箱の底をルスランがコンコンと軽く叩く。二重底か、とルスランが言った。
「はい、どうやら。念のため、陛下の許可を頂いてから開封しようかと」
ルスランが頷いて許可を出したので、将軍が糸鋸を手に持つ兵士に命じて宝箱の底を切らせる。もともとが底を取ることを前提とした作りなので、開封は難しくなさそうだ。
丁寧に切り取った底を取り外すと、中からは金銀財宝に美しく輝く宝石類。
将軍や兵士たちは喜んでいる。
「これはなかなか……見事な細工ですな。千年も前の技術で作られたものだというのに、やはりチャコの文化は際立って優れている」
感心する将軍に対し、そうだな、と答えるルスランには彼らほどの熱意はない。将軍は苦笑する。
「……陛下には、宝石よりも海軍技術のほうが嬉しかったということでしょうか」
「本音を言えば、やはりな。メイベルが喜んでくれているのが幸いだな」
自分に振られ、目を輝かせて宝箱を覗き込んでいたメイベルはハッとなって手を引っ込めた。宝石を特に好んでいるわけではないのだが、その美しさについ……。
恥じ入って身を縮こませるメイベルの頭を撫で、ルスランも宝箱の中の宝石に手を伸ばした。
宝石たちの中から一つ、見事なサファイアがついた、繊細な金細工の耳飾りを取る。それをメイベルの耳に着けた。
「……うむ。君によく似合う」
メイベルの美しさを引き立てる装飾品を改めて見て、ルスランも満足そうに言った。
宝箱に視線を戻す。
「耳飾りなら対があるはずだろう。もう一つはどこに行った……?」
耳飾りは宝箱の中で対のものと離れ離れになってしまっているようで、片耳しか見つけられずルスランは不満そうだ。
ごそごそと中身を漁るルスランの手元で、メイベルは耳飾りの対を見たような気がした。
「これじゃないかな――」
メイベルが耳飾りの対を手に取ってルスランに見せようとした次の瞬間、船がガタガタと振動し、大きく揺れる。
足元が急に斜めになったので、メイベルは倒れ込みそうになってしまった。
宝箱など放り出し、ルスランが急いでメイベルを支える。ルスランや将軍はしっかり踏ん張って耐えたが、兵士は何人かが転倒し、部屋の中のものは傾いた床に合わせて一か所へと落ちていく。
揺れは一度では収まらず、メイベルは足元がフラフラふわふわしているように感じた。
部屋に、こちらに駆け込んでくるような大勢の足跡が響く。
「ルスラン!船が動き出した!」
飛び込んできたのはギバルトだった。
血相を変えた彼の様子から、大問題が起きたことをメイベルも察した。
「何かのはずみで船底が岩礁から外れ、船が潮流に乗って動き始めている!浸水も始まった――また沈むぞ!」
「全員、各々の船に戻れ!調査に行っている兵たちにも残らず伝え、取り残しのないように気を付けろ!」
ギバルトの言葉に、ルスランは迷いなく命令を発した。
調べていたもの、運び出させようとしたものなどすべて捨てさせ、とにかく脱出しろと。
兵士たちもただごとではないと察したようで、ルスランの命令に逆らう者などいなかった。
上官の指示に従って規律正しく、足早に逃げ出す兵士たちの傍らで、ルスランに支えてもらいながらメイベルも脱出を急ぐ。動き出した船はときおり奇妙な動きをするので、メイベルは帰りもルスランにしがみつくしかなかった。
途中で、逃げる兵士たちとは逆方向に進むファルコたちと出会った。ファルコ、アルフレート、ヴァルター、ガブリイル――資料室に残ったメンバーだ。
メイベルたちの身を案じて、逃げ出さずにこちらへ向かってきたらしい。
「メイベル、無事だったか」
ファルコが真っ先にメイベルに駆けつけて言った。アルフレート、ヴァルターもホッとしている。
「船が岩礁を離れ、再び浸水し始めた。こちらは兵士たちの脱出を急がせている。グランオーレのほうは――」
ルスランの問いに、グランオーレ騎士団の団長ヴァルターが素早く答えた。
「最初の揺れで時点で、我が騎士団の者たちにも撤退するよう命じてあります。我々が最後ぐらいかと」
「よし。ならば私たちも脱出しよう」
甲板では兵士たちが次々と海上にある小舟に飛び移っており、中には直接海に飛び込んで、泳いで自分たちの船に戻ろうとしているツワモノもいる。
妊娠中のメイベルはさすがにあんな真似はできないので、ルスランに抱きかかえてもらって、彼がロープを使って小舟へと移るのをしがみついて見ているだけだった。
将軍アンドレイが降りてくるルスランのロープをつかんで支え、ファルコがメイベルを受け取って小舟に移らせる。帰りの小舟はギバルトやアルフレートたちも一緒だった。
小舟に乗り移ってからもルスランは船に戻らせることを急がせ、男たちが櫂を持ってぶっ飛ばすものだから、傾いた船を歩くよりもこっちのほうがよっぽどメイベルにとっては危なかった。猛スピードで進む小舟から振り落とされるかと思った……。
ルスランが脱出を命じてから一時間もしない内に、ライムーン船は海底へと沈んでいく――ヴァローナ軍船に戻ったメイベルは、船の先端が徐々に海の中へと消えていくのをただ眺めていた。
あっという間の出来事で……あとには、ライムーン船の姿かたちもない……。
「――やれやれ。これだけ大掛かりに調査に赴いたというのに、何も得られなかったな」
ライムーン船が完全に消え去ってから数分後。
島へ向けてヴァローナ軍船を進ませながら、ルスランがため息まじりに言った。アトラチカ騎士団の団長ギバルトも、ルスランに同意するように苦笑している。
「揃って白昼夢を見ていたような気分だな。ライムーン船があったことすら、幻だったのではないかと疑いたくなる」
全員がギバルトと同意見らしい。
千年も前の遺物が突如出現し、何の真相も得られぬまま、すべては波の彼方へと消えていってしまった――まるでおとぎ話のような顛末だ。
「……メイベル。何か持ってる?」
沈むライムーン船を見ていたファルコが、ふとメイベルに視線を移し、ぎゅっと握りしめられたままのメイベルの手元を見て言った。
指摘され、メイベルも自分が何かを握り締めたままだったことに気付く。
手を開くと、ダイヤモンドのはめられた耳飾りが……。
「あ……手に取って、そのまま持ってきちゃったみたい。対を見つけたつもりだったけど、よく見たら全然違う……」
ルスランが付けてくれた耳飾りの対。装飾模様がよく似ていたから勘違いしてしまったが、付いている宝石はまったく違う。
これを手にした時にギバルトが異変を知らせて、そのまま脱出となって……そんなつもりはなかったのだが、耳飾りをしっかり握りしめたまま逃げ出してきてしまった。
「あれが幻ではなかったことの貴重な証拠だな」
メイベルの耳元に触れ、ルスランが笑う。そこには、ルスランが付けてくれた耳飾りが残っていた。
メイベルも控えめに笑い、ルスランの耳元に手を伸ばす。
対ではなかったが、自分のものとデザインのよく似た耳飾りを、メイベルもルスランの耳に付けた。
ダイヤモンドは、夕陽を反射してキラキラと輝いていた……。




