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嘘つきばかり~一番は誰だ~ (2)


「咄嗟のことだったんで思わず俺も撃ち殺したが、ノーラスの言うように、実情については確かめようもなくなったな。残ったのは、ノルドグレーン宛てに手紙を書いてたっていう目撃証言だけだ」

「それは本当だと思う。私が受け取ってるから」


メイベルの言葉に、ファルコが目を瞬かせる。


メイベルは手を差し出し、ずっと握りしめていた紙を見せた――タイジルに捕まえられた時、彼がメイベルの手の中に忍ばせてきたもの。

あの男も、自暴自棄になって何も考えずにメイベルを人質に取ったわけではなかったのだろう。こんなやり方しかなかった……。


「……てことは、向こうは俺らのことを知ってたってわけか。こっちには何も教えなかったくせに」


ヴァローナの王妃メイベルのことを何も知らないままというのは無理がある。だから、ノルドグレーン側の間者がメイベル、ファルコのことを教えられているのは当然だと思う。

ただ、ファルコの指摘するように、メイベルたちに何も教えていないというのは問題だ。


「カシム。おまえは知ってたのか?」


ファルコが衝立の向こうに声をかけ、少しの沈黙の後、カシムがそっと衝立から姿を現した。

静かに、彼女は首を振る。


「いいえ、私も知りませんでした」


それは本当らしい、ということは彼女から見える感情の色でメイベルには分かった。ファルコは不信そうな表情をしているが、メイベルが彼女の言い分を信じるのを見て、それ以上追及しない。

カシムが言葉を続ける。


「私も、ノルドグレーン宮廷においては新参者なのです。失ったところで誰が困るわけでもない程度の女――だからこそ、この役割に選ばれたところもあります。だから、私にも何も教えられておりません」

「そっちがそっちで勝手にやるって言うなら、こっちに尻拭いさせるような真似はしないでほしいもんだね」


ファルコは辛らつだ。無理もない。

間者であることが発覚して、あの男は口封じをしてもらうために、メイベルやファルコを頼った。メイベルを人質にとったのはノルドグレーンとの密書を最期にメイベルに渡すためだけではない。

メイベルを捕らえることで、ファルコが自分を始末するための、誰もが納得する口実を与えたかったから。


「……あの人は、生きて捕まるよりファルコに撃たれることを選んだ」


メイベルは手を伸ばし、そっとファルコの手に触れる。


「自分で逃げ道を作っておかなかったのは、とても卑怯。ファルコは何も悪くない」


生きて捕まればどんな目に遭うか。そうなるよりは、一思いにファルコに殺されたかった。

仕方のない選択とは言え、都合よくこちらを利用し過ぎでは、と憤る思いもある。こちらに何も教えずにいたくせに、自分に都合が悪くなったらこちらを頼って……ファルコに、無用の人殺しをさせた。


そうするしかなかった、覚悟を決めた人間だった、と分かっていても、人殺しをしてファルコも何も感じないわけではないのに。


「今更それを引きずるほど、俺も清廉潔白な身じゃないけどさ。また何かあって、ノルドグレーンの独断をこっちがフォローしてやんなくなったりしたらぶち切れる」

「そうだね。私も、戻ったらルスランから抗議してもらうことにする」


……まさか、ルスランも知ってて教えなかったなんてことは……。

頭にちょっとだけそんな考えが浮かんだが、いまは追い払うことにした。真偽の分からないことにこだわってる場合ではない。


「内容を読んだ感じ、一方的にこっちから情報を渡してたっぽいな。向こうからの返事は不要で……たぶん、どこか決められた場所、決められた時間に置きに行ってたんだろう。それがどこなのかは分からないが……」


手紙に目を通しながら、ファルコが説明する。

手紙には、幹部の情報や、彼らがどこで狩りをするつもりか、本隊はこれからどこに移動するつもりか、などが書かれているらしい。ただし、間者をしていたタイジルも下っ端の新参者ということで、そこまで詳細な情報は手に入れられなかったようだ。


「この手紙を受け取りにノルドグレーンのやつがこっちに接触しに来るってことなんだろうが、分からないんじゃ俺たちにしてやれることはないな。俺らよりヘボい男を選んだことを恨むしかない」


そう言って、ファルコは手紙を燭台の火にかざす。火が点くと、小さな紙はたちまち黒い紙くずとなって散っていった……。


「他に余計なものを持ってないことだけを祈るしかないな。俺たちの正体がダラジャドにバレるような何かを」


ノルドグレーン宛ての密書はひとまず処分できたが、もし他に、メイベルたちの正体が分かるような手紙等を持っていたりしたら。

ファルコの心配はもっともで、メイベルもいままで以上に、見落としがないから目を凝らさなくてはならない。




スパイ騒ぎからさらに二日ほど。ダラジャドはいつもの日常を取り戻し、メイベルたちも一見平和な時間を過ごしていた。

最初の幹部が殺された事件も、スパイの発覚で彼が犯人だということになり、事件についての関心はダラジャド兵からほとんど失われていた。


もっぱら話題になるのは、スパイの正体やノルドグレーンの今後の動向について。

ダラジャド王は本隊を移動させ、しばらく国境地帯を離れることを決めたそうだ――国境から離れるのは、メイベルたちには好ましくないことだ。

戦を仕掛けるつもりルスランからすれば、旧ハオ帝国内領土にまで侵攻しなくてはならないとなると消耗が大きくなってしまうし、メイベルも逃げ出す距離が伸びてしまう。


メイベルたちの諜報活動も、あまりのんびりとはしていられなくなった。

……なんて考えていたら、事態のほうが動いた。


また、幹部が殺されたのである。




「今度はワッザっていう男が殺された。幹部の中では一番下っ端で、俺にも気安く接して色々と教えてくれた。兄貴面したがるウザいやつだったが、面倒見の良さで兵士たちからは慕われてた」


単独の狩りから戻ってきたファルコは、天幕に入ってくるなりメイベルに話す。まだファルコもワッザが殺されたという話を聞いただけらしい。

今回も野次馬をしに行くファルコにメイベルも同行する。


日中の発覚だったので、今回は集まった人も前回より多い。遠巻きに見ている者たちの輪をすり抜けて中心を覗いてみれば、遺体のそばには先に到着していたノーラス、アルビード、バルシューン……など、メイベルも知った顔の男たちが険しい表情で周囲を調べていた。


ノーラスがファルコの到着に気付き、離れたところで立ち尽くしている下っ端兵士たちに向かって叫ぶ。


「そいつをワッザ殺害の犯人として捕らえろ」


ノーラスは、まっすぐにファルコを指差している。野次馬がざわつき、ノーラスが指差す方向を目で追っていた。

アルビード、バルシューンが顔を上げ、ノーラスがファルコを睨んでいるのを見て顔をしかめる。


「どういうつもりだ」


アルビードはノーラスの判断に否定的なようだ。バルシューンも、ノーラスに同意する気はないらしい。

ノーラスが訴えた。


「ワッザは額を銃で撃ち抜かれている。おまえたちもファルコの腕前は見ただろう」

「銃で頭を撃ち抜くぐらい、ここにいる男なら誰でもできるだろ。撃つだけなら、女でも何人かできるやつはいるぞ」


バルシューンは冷静な態度で反論する。ノーラスは首を振り、感情的な態度を装いながら声を荒らげて訴え続けた。


「ここまで見事に撃ち抜こうと思ったら、下手人にもそれなりの腕が必要だ。誰にでもできる芸当じゃない」

「……つったって、あいつじゃなきゃ絶対に不可能ってほどでもないだろ。無理のある言いがかりだぜ」


バルシューンも冷静な態度を変えることなく反論していた。アルビードは黙って考え込んでいる。

野次馬たちはざわざわして、互いに互いを見やったり、ファルコをちらちら見たり……大きなノーラスの声に、場の空気は流されてる感じだ。メイベルたちには、好ましくない雰囲気である。


「疑惑をはっきりさせるためにも、ファルコを牢に入れておくしかないんじゃないか?これで次が起きなきゃ、あいつの潔白は証明されるわけだし」


取り巻きの一人が口を挟んだ。

彼は感情的になっているノーラスを落ち着かせるためにその折衷案を持ち出したのだろう。ファルコにかなり不利な提案であることには気付いていない。

バルシューンはそれに気付いているようで、わずかに不快そうな感情の色を見せていた。


無実を証明するためにファルコは牢に入り、その間に次が起きれば晴れて無罪放免。

……次が起きなかったら?

次が起きるのを、いったいどれぐらい待つのか――なかなか起きなかった場合、どれぐらいで、どう判断を下すのか。

それを明言できる人間はいなかった。


「二人も殺られたんだぞ!何もしないわけにいかんだろう!」


なおも強固に主張を続けるノーラスに、腕を組んで考え込んでいたアルビードが舌打ちする。

仕方がないとばかりにため息を吐き、下っ端兵士たちに顎で指示した。


「……ファルコを牢にぶち込んどけ」


野次馬がさらにどよめく。

命令に従うことに戸惑いながらも、下っ端兵士たちはファルコに近づき、ファルコもため息を吐いて、大人しく彼らに捕まっていた。わざと、メイベルには一瞥もくれることなく。


連れて行かれるファルコの背中を見送るメイベルに、カシムが寄り添っていた。




「ダラジャドの連中は、次が起きるのをどれぐらい待つつもりなのでしょう」


天幕に戻ると、カシムがぽつりと呟く。メイベルに問いかけたというよりは、思わず出てしまった独り言のようだった。

その問いに、メイベルが答えられるはずがないことも彼女は分かっているだろうし。


「……ファルコのことも心配だけど、私たち……もう逃げ出すべきなのかもしれない」


ノーラス以外の幹部たちは、ファルコのことを本気で疑っている様子ではなかった。

誰のことも疑っていて、ファルコも疑惑に含まれているが、彼だと断定するものがないと考えているようなのだ。

だから……別に、ファルコの無実を信じてくれているわけでもない。ファルコの潔白を、積極的に証明するつもりはないだろう。


そうなると、長く留まるほどにメイベルたちのほうが危険になる。


「ファルコがどこに捕らえられてるのか、急いで見つけなくちゃ。それで……可能なら、その場で一緒に逃げたほうがいい」


新参者のファルコをかばう人間なんていない。ダラジャドは特殊な結束力を重要視していていて……コミュニティから一度はみ出してしまったら、あとは泥沼だ。


――疑惑の新参者の女なんて、助けてくれる人がいるとはとても思えない。

事実、すでにダラジャド育ちの女たちからは厳しい感情を向けられていた。仲間ぶっていたフーロンの派閥の女たちは、不自然なほどメイベルを見ようとせず。


早く逃げたほうがいい、という自分の頭の中の警鐘が聞こえてきたら、迷わず従ったほうがいい。

それは、メイベルも嫌というほど思い知っていた。


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