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嘘つきばかり~一番は誰だ~ (1)


殺されたという人の名前を聞かされても、メイベルにはもちろん誰のことか分からない。ファルコも、辛うじて顔が思い浮かぶ程度の知人らしい。


「顔見れば会ったことはあるなとは思うだろうが、これと言って印象に残る男じゃないな。とりあえず野次馬はしに行ってみるが」


噂が広まるのは止められるはずもなく、騒ぎは徐々に大きくなっていって、事実かどうかたしかめようと確認しに行く者も――ファルコの言うように、野次馬精神で覗きに行っている者も多い。


メイベルも、殺された、という部分と、それに対する周囲の反応が気になって、ファルコと共に噂の中心地を見に行くことにした。




やはりそこには人が集まってきており、昨夜の飲み会で見たような顔が何人かある。ノーラスという主催者も、昨夜の陽気さから一転して険しい表情で集まる男たちとヒソヒソ言い合っている。


女性もいた。

こっちも昨日見たことのある顔がほとんどで、ハルダルという名前の、ダラジャド育ちの女たちのリーダーでもある女性が、泣いている別の女性を慰めていた。泣いているのは、恐らくは亡くなった人の妻だろう……。


泣いている女性が不意にファルコを視界にとらえ、怒りの形相で叫んだ。


「あいつだ!あいつがうちの旦那を殺したんだ!」


妻の訴えに対して、まともに取り合う者はいなかった。男たちはまたか、という反応をしているし、慰めるハルダルも小さくため息を吐き、彼女をなだめている。


「おやめ。気持ちは分かるが、こういう時こそむやみやたらに疑うもんじゃないよ……」

「あたしの夫が殺されたんだ!犯人を探すのは当然だろう!」


ノーラスが近付いて、ハルダルに何か喋っている。ハルダルは頷き、乱心する女性をどこかへと連れて行った。

――どうやら、ノーラスとハルダルは夫婦らしい。


「彼女、ここに来た男には片っ端からああ言ってるから気にするな」


ノーラスがファルコのほうに来て言った。周りの男たちもノーラスの言葉に同意するように頷いている。


先に集まっていた人たちの影になっていて、殺されたという件の男の姿はほとんど見えなかった。地面に倒れたまま動かない足元は見えているが……遺体を見ることは目的ではないので、メイベルはファルコが男たちと話しているのを黙って傍らで見ていることにした。


アルビードという昨夜の飲み会に参加した幹部の男もやって来て、ノーラスが彼に話しかけに行く。アルビードはフーロンという女性と一緒で、彼女も取り巻きを連れていて、離れたところで遺体のある方向を見ながらヒソヒソ話し合っている。

やはり、幹部が殺されたというのは大事件のようだ。


「――犯人探しには、あまり積極的じゃないみたいな感じだがな」


自分たちの天幕に戻ると、ファルコは遅くなってしまった朝食を食べながら言った。


「探してないって言うよりは、疑惑を直接口にすることを忌避してるような雰囲気だった。誰が怪しいとか、はっきり喋るのがマズイっていうか」

「みんな、お互いにお互いのことを疑い合ってはいる」


誰が殺したのか、気になってないわけではない。あの場にいる全員が、疑惑と不信の色を発していた。一人を除いて。

……一人だけ色が異なっていたということは、そういうことなのだろう。


「犯人はノーラスみたいだから、気を付けて」

「……マジで?」


昨夜も同じ反応を見たなぁ、と思いつつ、メイベルが頷く。


「私が見て、推測した限りでは、だけど。証拠も根拠も何もないから、他の人にはとても話せない」


感情の色が見えるメイベルの目のことは、ファルコにも教えていない。だから、見えたことについても人に話さないようにしている。


きっとファルコは、メイベルが時々突拍子もないことを言い出すことを不思議に思い、なんとなくメイベルに何かがあることには気付いているだろうが……それに触れることなく、ただメイベルの言葉を信じてくれていた。


「……なんで奴は、あの男を殺したんだ?」

「それは分からない……。もっと話していって、彼の人となりをよく見れば分かるかもしれないけど……」


それを探るのはメイベルたちの役目ではない。ノーラスが殺されたサグザーという男にどんな感情を抱いていたのか、何があって、彼に手をかけるまでに至ったのか。

正直、興味もない――どちらも、メイベルやファルコにとっては関係が薄すぎて。

ノーラスがそれにファルコを巻き込むつもりでいるのかどうかだけが重要だ。


「新参者のファルコなんて、一番罪をなすりつけやすい相手でしょう?本当に用心して……」

「あいつが主張してきたら、俺のほうが分が悪いってのはそうかもな」


今回の事件について、周囲がどこまで真剣に犯人探しをするかは分からないが。

メイベルたちがここに来てすぐにこんなことが起こるなんて、とても不穏だ。




昼が過ぎた頃には騒ぎも落ち着き、日が暮れる頃には静かになっていた。

静かで……その日の夜は、みな自分たちの天幕に引っ込み、他人と関わらないようにしていた。


翌日からは日常が戻って、傍目にはメイベルがここに来た次の日と変わらない様子に見えた。

女たちが集まる天幕は……フーロンを中心とした女たちしかいない。


「ハルダルたちはサグザーのお葬式に行ってるのよ。タフリンは取り乱していたから、みんなで集まって彼女を慰めているのでしょうね。ここは男が亡くなるなんてしょっちゅうだから、葬式は妻子だけで行うのが普通なの。親しい人が、埋葬の手伝いに行くだけ」


フーロンが説明する。

狩りに赴き、戦うことが稼業みたいな集団だ。死人が出てしまうことは珍しくないのだろう。

殺されてしまうのはさすがに珍しいだろうが……。


しかし、フーロンたちはあえて「殺された」という部分には触れないようにしているようだった。

メイベルも彼女たちにならってその話題に触れることなく女たちのお喋りに付き合い、カシムが仕事を終えた頃にその天幕を離れて。


ファルコの天幕に戻ろうとした時に、また騒ぎが起きた。


「逃がすな!そいつを捕まえろ!」


男たちが口々に叫び、メイベルが声に振り返ると、誰かに捕まった。

捕まえろ、と叫んでいた男たちにではない。その男たちに追われていた男に、メイベルは捕らえられてしまった。


自分を捕らえる男のことはメイベルも知っていた。

タイジルという名前で、彼もここに潜入する間者だろう、とメイベルが見破っていた相手だ。


「来るな!寄るんじゃねえ!」


男はすでに剣を抜いており、手に持ったそれをメイベルの首筋に突きつける。

ダラジャド兵士たちは侮蔑と敵意を込めてタイジルを非難した。


「追い詰められたら女を人質にとって逃げるとは、情けないやつめ!せめて男らしく戦え!」


ダラジャドの兵士たちにとって男らしさというものはとても大切なものなのだろう。メイベルの身を案じるよりも、タイジルの臆病さに憤っている。

……新参者の女の命なんて、誰も気にしてなさそう。


メイベルがちょっと自虐的な気持ちになっていると、銃声が鳴り響き、パッと何かが自分に飛び散るのを感じた。

メイベルを捕らえていた腕が一瞬で消え去って。


何が起きたのかすぐに理解できずに振り返れば、タイジルは地面に倒れていた。

目を見開いたまま絶命し、額には一発の銃弾が……。


メイベルが正面に振り返れば、銃を構えたファルコの姿が見えた。メイベルの視線を追って男たちも振り返り、ファルコがタイジルを撃ったのだと理解した。


「ファルコ――殺しちまったのか……!」


ノーラスが駆けつけてきて、一目で死んでいると分かるタイジルを見るなりそう言った。

ファルコはメイベルのほうに近づき、ノーラスを見ることもなく答えた。


「迷ってる余地もなかったんでね。こうしたほうが早い」

「生け捕りにしてほしかったんだがな。こいつがスパイってのは本当か?」


屈んで男の遺体を確認しながら、ノーラスが追っていた男たちに問う。ああ、と男たちが頷いた。


「間違いねえ。こいつ、ノルドグレーンに俺たちのことを知らせる手紙を書いてやがった」

「手紙の内容は?」

「読む前に取り返されて、それでそのまま逃げ出したんだよ」


騒ぎはまた徐々に広まっていき、人が集まってくる。見知った顔の中でノーラスの次にやって来たのは、バルシューンだった。


「スパイがどうのとか騒いでやがるが、こいつか?」


バルシューンが、遺体を見ながらノーラス、ファルコを見て尋ねる。ノーラスが頷いた。


「と言っても、俺もこいつがスパイで、逃げようとしてるって知らせだけ聞かされてすっ飛んできただけなんだがな。ファルコが殺しちまったんで、確かめようもない」

「悪かったな」


ファルコは悪びれることなく言った。


「こいつが俺の女を人質にとって悪あがきしようとするもんだから、始末することしか頭に浮かばなかったんだよ。スパイってのが分かってたら、もう少し考えて撃ったんだが」

「……ま、仕方がないことではあるか。ノルドグレーン宛てに密書らしきものを書いてたらしいんだが……持ってなさそうだな……」


ノーラスは遺体を検めている。バルシューンは何やら考え込んでいる様子で。

ファルコは、関心なさげに声をかけた。


「そいつのことは、あんたに任せるよ。俺はこいつを連れて戻る。いまは一人にしておく気になれないんでね」


ファルコは自然な流れでメイベルを連れて自分の天幕に戻ることにし、メイベルも、ファルコが自分の肩を抱く感覚でハッと我に返った。

さすがに、驚きと困惑でメイベルも呆然となってしまっていた。


天幕に戻ると、ファルコが自分の服の裾でメイベルの顔をごしごしと拭いてくる。


「大丈夫か?とんだことに巻き込まれたな」


カシムも戻って来たメイベルを見るなり水で濡らした布を持ってきて、血の汚れを清めていく。服にもちょっと飛び散っているので、着替えも用意し始めた。


「どうやら、この間の犯人探しをしてたやつがいたみたいだな。それで警戒心が強まってたせいで、あいつも正体がバレちまった」


たぶん、ファルコの推測通りなのだろう。メイベルが頷く。


タイジルという間者にとっては不幸な出来事だった――最大まで警戒心と不信感を強めて探り回る人間が現れてしまい、殺人とは無関係の裏切りまで発覚してしまった。

メイベルも他人事ではないので、話したこともない男だが同情してしまう。


「ノーラスのほうも、これは予想外だったみたい」


スパイの話を聞かされ、ノーラスは純粋に驚いていた。思わぬ展開となって、彼もどう動くか……これで難なく自分の罪を押し付ける相手ができたわけだが。

そう考えてこの件を終わらせてくれるのか、まだ動くつもりなのか。


結局のところ、メイベルは何かが起きるのを待つしかない。


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