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嘘つきばかり (2)


ノーラスというのはダラジャド王の側近であり、幹部の一人らしい。正式に加入することになったファルコをもてなす歓迎会……と銘打って、楽しく飲み会でもやらないかと誘われたと説明するファルコに対し、メイベルは自分の姿をじっと見下ろす。


「……ただの飲み会なのに、私が着飾るのはなんで?」


そろそろ約束の時間だ、とファルコが言って立ち上がるのでメイベルも立ち上がって彼について行こうとしたら、なぜかファルコはカシムを呼びつけて。

衣装や装飾品をずらりと並べた――恐らくは、ダラジャド軍で働いてきたその褒美だろう。でも……なんでいまここに、と首を傾げるメイベルを放って、ファルコとカシムはあーでもないこーでもないと熱心に言い合い、なぜかメイベルを着飾らせ始めた。


そして身支度を終えて、メイベルは不思議がるばかり。


「妻を連れて来いってのは、要するに品定めする気なんだろ、向こうも。自分の女を着飾らせるのも、男の甲斐性ってもんだぜ」

「きっとそうなんだろうなとは思うけど」


ルスランも、やたらとメイベルを着飾らせたがる。

純粋にメイベルの美しさを愛でているだけでなく、妻を美しく着飾らせることができるだけの力が自分にあることを確認して楽しんでいるところもあるのだと思う。昼間に会った女たちの姿を見るに、ダラジャドの男たちも似たようなものだろう。


メイベルはため息を吐いたが、ファルコは満足そうだ。

今回の衣装は、サディクを始めとする東方文化風のドレスだった。メイベルには馴染みのないデザインのものだが、ファルコは笑顔で言った。


「あんただったら何でも着こなすだろうと思ってたけど、俺が考えてた以上に似合ってる。ルスランに、こっちのドレスもたまには着せるように言ってみるか」

「ファルコも着たらいいのに。一度、ちゃんとサディク衣装で盛装してるの見てみたい」


父王に連れられてヴァローナに来たときはさすがに着用していたが、あれ以来、ファルコはサディク風の衣装を着ていない。ヴァローナ王城に出入りする貴族たちと同じようなヴァローナ衣装か、動きやすい軽装ぐらい。


唐突な思い付きだったが、口にすると、すごく見てみたいかも、という気持ちになってきた。


「ヴァローナに戻ったらな。いま着ると、俺の正体がバレる可能性がある」


それはごもっとも。

ただでさえ目立つ容姿をしているのに、盛装なんかさせたらファルコの出自を見破られる恐れがある。

だからメイベルだけを着飾らせて、ファルコはいつもの軽装のままだ。


カシムに見送られて、メイベルはファルコと共に約束の天幕へと向かった。




ノーラス主催の飲み会が行われている天幕とやらは、近くにくるとすぐに分かった。十メートルぐらい離れていても賑やかな男たちの笑い声が聞こえてくる。

すでに宴は始まっているらしい。天幕に入っても、中の男たちは新しい客の登場に気付かなかった。


「おう、来たか!これまた気合い入れて着飾らせてきたなぁ」


ファルコに声をかけてきたこの男が、きっとノーラスだろう。

かなり大柄で筋肉質な男で、単純な身体の大きさはルスラン以上かもしれない。適当に束ねただけの黒い髪は、無造作に肩まで伸びている。一見、人の好さそうな顔をしているが……。


「生まれながらの王族って聞いてたが、このへんじゃめったに見ないような別嬪だぜ」

「こりゃバルシューンが、決闘してでも横取りしたくなる気持ちも分かる」


ノーラスのそばで飲んでいた男たちもファルコに気付いて振り返り、隣に並ぶメイベルをじろじろと見てきた。

男の一人が話しながら天幕の片隅に視線を向けたことで、バルシューンもここにいることにメイベルは気付いた。男の視線を追ってみれば、やはりバルシューンがいる――それぞれが小集団を作って飲んでいる中で、一人離れたところで彼は酒を飲んでいた。


話を振られたバルシューンは、うるせえ、と悪態を吐いてそっぽを向く。


「俺もその場に居合わせたら、決闘に参加してたかもな」


そう言ってノーラスが陽気に笑う。


ノーラスが指示して近くに席を作らせ、ファルコはそこに座って飲み会に加わることになった。メイベルは、ファルコのちょっと後ろにそっと座る。

――男たちが無遠慮に向けてくる下卑た視線がさすがに怖いのと、めまぐるしく変わる感情の色が大量に見えるのが気持ち悪くて、ファルコの身体で自分のことを遮ってもらいたかったのだ。


飲んで騒ぐ男たちの会話は、大した内容ではない。

仲間を褒め合ったり、軽口を叩いてみたり、悪口で盛り上がってみたり。

女はメイベル一人だけである。


男たちが女性関係の下品極まりない話題で大盛り上がりし始めた頃、また天幕に客が入って来た。

今度はノーラスだけでなく天幕内にいた男たち全員が彼に注目し、最初に声をかけたのはやはりノーラスであった。


「アルビード!おまえも来てくれたのか。珍しいこともあるもんだなぁ」


アルビードと呼ばれる男が、ダラジャドでも最上位ぐらいの重要人物であることは男たちの反応で明らかだ。ノーラスもかなり大柄な男なのに、アルビードという男はさらに二回りぐらい大きい。

年齢は……ノーラスも中年だが、アルビードのほうがそれよりさらに年上……といったとところか。


「噂の新人も呼ばれてるって聞いたもんだからな――そいつか。なるほど。一目で印象に残るほど、お綺麗な顔をしてやがる」


アルビードは一瞬でファルコを見つけ出して言った。


髪を黒くして、右目には眼帯をして。これでもかなり地味に見えるようにしているのに、それでもファルコは目立つ。アルビードは、メイベルにはあまり興味がないようだ。

ファルコを見るついでにちらりとこちらにも視線を向けたが、特に何の感情も示さずに別の男のほうへ行ってしまった。


アルビードが近づくのを見てそこに座っていた男たちはそそくさと席を空け、上座へとアルビードを座らせる。

ノーラスもまた自分のすぐそばに座る男たちとお喋りを始めて……もういいかな、と思ったメイベルは、ファルコの背中にそっともたれかかった。


「……悪いな。嫁はすっかり酔ったみたいだ。寝入っちまう前に、連れて帰ることにするよ」


ファルコは自分にすり寄るメイベルの腰を抱いて立ち上がり、メイベルは酔ったふりでファルコにもたれかかるようにしながら立ち、彼に支えられて歩いた。


実際に飲んでいたファルコと違い、メイベルは彼の陰に隠れてこっそりと注がれた酒もすべて捨てていた。

……お酒は苦手だし、酔わない自信もないので、そうするのが最善だと思ったのだ。


メイベルが天幕に集まった男たちの感情を見続けて、ある程度、判断材料も揃ったことで、ファルコが飲み会から帰る口実を作るために酔ったふりをして……。

特に不審がられることなく、二人で自分たちの天幕へと戻って来た。


戻って来たメイベルとファルコを、カシムが出迎える。

着飾ったのをカシムに脱がせてもらう間、衝立の向こうからファルコが話しかけてきた。


「それで?メイベルが気になったやつはどれぐらいいた?」

「うーん」


髪飾りを外したことで軽くなった頭を振りながら、メイベルが唸る。


「気になった人というか……誰も彼も癖があり過ぎて。基本的に、あそこにいた人たちはみんな、誰のことも信用してないみたい」

「……マジで?」


衝立越しに、ファルコの意外そうな声が聞こえる。


「こういう集団って、固い結束で結ばれてるもんじゃないの」

「うーん……結束は強いんだと思う。でも、結び付けてるものは私たちが考えるような信頼ではないんじゃないかな。説明が難しいけど……」


感情が色で見えるというのなら。

もっと明瞭で分かりやすく、具体的な見え方がよかった、とメイベルも常々思っている。

所詮、メイベルが経験から推測しているだけに過ぎなくて、自分の解釈が絶対に正しいわけではない。ヴァローナに嫁いでから、大きく判断を間違えたことはないが……。


「ノーラスは、最後にやってきた人――アルビードに内心ではバチバチだった」

「あー……それは納得かも。同じ幹部同士だが、王の信頼が厚いのはアルビードのほうだったはず。アルビード将軍はダラジャド最強って聞いたぞ」


だが、とファルコが続ける。


「人が好さげには見えるのにな、あいつ。あの笑顔が信頼できないのか……」


シンプルな肌着だけになったので、メイベルはファルコを呼んだ。

何も言わずともカシムはメイベルの意を察して衝立の向こうへと姿を消し、代わりに服を着崩したファルコが寄ってくる。


すでにベッドに腰かけているメイベルは、自分の隣に座るファルコを押し倒した。

……腕力差で、押し倒してもファルコは余裕でメイベルを支えているが。


「積極的じゃん」


ファルコは嬉しそうにメイベルを抱き寄せ、メイベルはファルコに顔を近づけ……彼の耳元で、彼にしか聞こえない声量で囁く。


「タイジルって人は間者だから、ファルコも気を付けて」


ファルコは声を出さず、身じろぎひとつせずに目を丸くし、メイベルを見た。


「ノルドグレーンが潜り込ませたのか……カシムも知ってるのか……こっちと協力してくれるのか、何もかも分からないけど……ダラジャドを探ってるのは間違いないと思う」


天幕内の男たちを見ていて、一人、感情の色がかなり特殊な人間を見つけた。色や、色の揺らめき方が、ファルコにそっくりなのだ。


ヴァローナから他に間者を潜り込ませているのなら、ルスランは必ずメイベルに教えるはず――隠したって、メイベルには無駄ということを知っているのだから。

ならばこの男はノルドグレーン側の潜入者かもしれない。カシムもそのことを知らない可能性もある一方で、カシムも知っていたのに、黙っていた可能性もある。


だからカシムに聞こえないよう、情事に耽るふりをしてファルコに教えた。

有能で、メイベルを守ると語った彼女自身の役割については疑っていないけれど……。


ルスランが間者役にメイベルを選んだのは、ダラジャドの全容を短い期間で深く把握できるだけでなく、ノルドグレーンの抜け駆けも察知できるからだろう。

――共闘における最大の脅威は、敵よりも信頼できるかどうか分からない味方だ。


ファルコが大きくため息を吐き……メイベルをさらに抱き寄せ、体勢を入れ替えてきた。自分に覆いかぶさって顔を近づけてくるファルコに、メイベルは目を瞬かせる。


「……するの?」


衝立の向こうにいるカシムに聞こえないよう精一杯声をひそめ、メイベルが尋ねる。当たり前、とファルコも囁くように言った。


「何もしないなんて選択肢のほうがないっての。いくらなんでも、カシムの目は誤魔化せないだろ」


……それは確かに。

朝になったらメイベルの世話をしにくるカシムを相手に、したフリで欺くなんて絶対無理だ。

上機嫌で自分の肌着に手をかけてくるファルコを見てるとなんだか釈然としないが、メイベルは素直に彼の求めに応じることとなって。


そして翌朝。




「お休みのところ、失礼致します。ファルコ様、メイベル様――」


次の日の朝は、カシムのほうからメイベルたちを起こしに来た。寝坊したというほどの時間ではなかったはずだが、彼女はメイベルたちに急いで身支度させようとする。


「まだ一部で情報が行き交っているだけの状況ですが……サグザーという幹部が殺されたという噂が広まっており、騒ぎになっているようです」


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