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対獅子王最終兵器 (1)


ヴァローナ王が帰ってきたとの知らせを受けたリングダールの父子がどのような反応をするか――ルスランが応接室に入るよりも先にそれは分かった。

部屋の外にいても聞こえるほど、ビルギッタ王女が大声で訴えている。


「どうして向こうに残っていろなんて言うの?ようやくルスランに会えるのに――私だってルスランに会いたいのよ!私のルスラン――!」


自分の逢瀬の相手がヴァローナ王ルスランだと信じきっている王女は、ルスランに会えることに心から喜んでいる。一方で、娘の勘違いに薄々気付いているリングダール王は、どうやら娘がヴァローナ王と顔を合わせるのを阻止しようとしている。

しかし、王女は自分の父親相手でも構わず突っ走っていた。


ルスランが応接室に足を踏み入れると、顔を輝かせてルスランに飛びつこうとし……その体勢のまま硬直して、顔を歪ませた。


「あなた、誰?」


――これで茶番も終わりだ。

宰相ガブリイルが最初から指摘していたように、ルスランが彼女と会えば一発で解決することだった。

たったいま発せられた王女の一言によって、真実は完全に明らかになった。


リングダール王は蒼白になって焦りながらも、抵抗を続けているが。


「ビルギッタ!おまえが彼に会ったのはもう半年も前!いまはおまえも体調が芳しくない!何か勘違いしているのだ――早くバーベリの城で休みなさい!」

「勘違いなんかしてないわ!誰よ、この男!これがルスランだなんて――お父様、ヴァローナは私たちを騙そうとしているのよ!」


この王城には歴代の王族の肖像画が多数飾られており、もちろん、現王であるルスランの姿が描かれた絵だって何枚もある。メイベルと一緒に描かれた最新の肖像画は、王城に入って一番目に付くところに飾られているはずなのだが。


ビルギッタ王女は何日も王城に滞在していたはずなのに、それらを目にしていないのだろうか。

さすがにあれを目にしたこともないなんてそんなこと……見ても、何も疑問を抱かなかったのか……。


「私のルスランはこんな男じゃない!こんなゴツくてむさくるしいおじさんじゃないもん!」


ビキッと、ルスランの額に大きな青筋が浮かぶ。もともと怒りのオーラを発していたが、いまやそれが、かなり危険なものになっている。

これは感情の色が見える能力とは無関係なところでメイベルの目にも見えた。


和解の道を自分から絶ったな、と同席するヴァローナ宮廷の人間すべてが心の内で静かに考える。


王妃メイベルへの暴言は許しがたいものではあるが、彼女も男に騙された被害者ではある。可愛らしい顔立ちをしているし、涙ながらにヴァローナ王の慈悲を乞えば、ルスランも彼女に情けをかけたことだろう。一国の王女だし、妊婦だし。


穏便に終わらせてしまうのがヴァローナのためでもある。

……ビルギッタ王女のおかげで、ありえなくなってきた。


「セレドニオ王」


メイベルが静かに呼びかければ、娘を説得しようとしていたリングダールの王はびくっと身をすくませ、恐るおそるこちらに振り返る。

メイベルを恐れているというより、メイベルの隣に立つルスラン王を見るのが恐ろしくてたまらないようだ。


相変わらず自分が軽んじられていることは見ないふりで、メイベルは話し続けた。


「ビルギッタ王女の口を、早く塞いだほうがよろしいのでは?私個人としてはまったく構わないのですが……すごい勢いで、ご自分たちの首を絞めてしまっておりますよ」

「なによ、この嘘つき!あなたも自分の夫がこんなおじさんだってこと、全然言わなかったじゃない!美しさのかけらもない男だって恥ずかしく思ってたから、私にも本当のこと言えなかったんでしょ――」

「おまえたち!さっさとビルギッタを連れていけ!妊娠の影響で、王女は乱心しておる!」


なおも暴言を続ける王女に、リングダール王も堪らず叫んだ。


リングダール人の女官たちが寄ってたかって王女の手足を押さえて引きずるように部屋から連れ出し、二人がかりで王女の口を塞いでいる。

一応、妊婦なんだから、もうちょっと優しく取り扱ったほうが――もうメイベルたちにはあずかり知らぬことなので、わざわざ口をつっこむ気にもなれないが。


「し、失礼した!娘はバーベリに残って待つよう言いつけてあったのだが、続く体調不良で心まで病んでしまったらしい。王女はすぐにでも帰国させて、療養に努めさせた方がよさそうだ」

「ビルギッタ様はいま、心身共に非常にお辛い状態ですものね。同じ女として、私もよく分かります」


メイベルが言えば、ルスランを見ていたリングダール王はメイベルに視線を向ける。

――懸命に愛想笑いを取り繕っているが、見下している小娘が余計な口を挟んでくることに腹を立てているのは背後の感情の色で分かった。

うっかり睨みそうになったものだから、顔が不自然にヒクヒクしている。


こうなったら強引にでも逃げるしかないのに――このまま、ルスランに別れの挨拶を告げる流れに持っていこうとしたのに……忌々しい王妃の余計な口出しのせいで、タイミングを失った……。


「そのような妊婦に長距離の移動を強いるなど、もってのほかです。もう少し落ち着かれるまで、どうぞゆっくりご寛ぎくださいな。ルスランも、せっかくの機会にセレドニオ王と交流を深めたいでしょうから」


こんだけ大騒ぎにしておいて、何事もなかったかのように国に帰れると思うなよこの野郎。

というヴァローナ側の本音はリングダール王にしっかり伝えつつ、メイベルは笑顔で言った。


セレドニオ王が勝手に逃げ帰ってしまわないよう、貴賓の警護を名目にヴァローナからも兵士を大勢つけて、彼らをバーベリの城に送る。

激怒するルスランには、直接会話させなかった。

……ルスランが口を開いてしまったら、何て言いだすか分かりきっている。


「アンドレイ、戦の支度をしろ!いますぐリングダールに攻め入り、リングダール王家など根絶やしにしてやる!」


――言い出すと思った。

改めて王の執務室に集まった一同は、大きくため息を吐く。


「……陛下。いくらなんでも、それは私も了承しかねます」


将軍アンドレイが言い、宰相ガブリイルが続ける。


「そうしてやりたい気持ちは私も同意します。しかし、本当に戦をするわけには参りません」


幼馴染二人に冷静に説得され、ルスランは唸りながら行き場のない怒りに悶えている。


セレドニオ王、ビルギッタ王女の首をはねてもその怒りは収まらないことだろう。それこそ、戦でもして発散しないとどうしようもないレベル。

そんな王をどうやってなだめるか――宰相と将軍がルスランに気付かれぬようこっそり目配せしてくるのを、メイベルは複雑な気持ちで視線を返した。




その夜、ルスランは怒りに満ちた足取りで執務室から自室へ戻った。

結局、リングダールには慰謝料と迷惑料を請求するのがせいぜい――がっつりむしり取ってやります、と宰相は交渉役を申し出てきたが、ルスランは素直に賛同する気になれなかった。


金で解決するしかないのは分かっている。こんなことで、本当にリングダールと戦争をしている場合ではない。それぐらいの良識と良心はルスランにもある。

それでも、腹の虫が収まらないのだ。これだけ相手から馬鹿にされて……!


怒り狂いながら廊下を歩いていたルスランも、自分の部屋に着き、扉の前で静かに頭を下げるオリガの姿を見つけると、一瞬だけ冷静になった。


乳母となったラリサに代わり、いまの女官長はオリガ――女官長は、常に王妃に付き従っている。

その彼女がいま、自分の部屋の前にいるということは、部屋の中には彼女の主がいるということ。

――メイベルが、今夜もルスランの部屋に来ている。


考えてみれば当たり前だ。

ルスランは今日、戦場から帰って来たばかり。メイベルは必ず、労いと無事の帰還を喜んで夫の部屋を訪ねてくる。

今夜もいつも通りに、ルスランのもとを訪ねてきてくれた。


ルスランは大きくため息を吐いてから、部屋に入った。

別に腹を立てたわけでも嘆いたわけでもない。自分を落ち着かせようと深呼吸したのである。


せっかく愛しい妻のもとに帰って来たのだ。この怒りの感情の、八つ当たりをするような真似はしたくない。


彼女だってルスランに後継ぎを与えるという大仕事を終えたばかりだったのに、自分は妻を労うのもそこそこにリングダールの問題に没頭してしまっていた。

笑顔……はさすがに無理だが、不機嫌丸出しの態度はなんとか抑え込み、ルスランは部屋に入った。


部屋は静かで、中央のテーブルには酒が用意されている。メイベルは奥の寝室のようだ。そちらから気配がする。


酒に手を伸ばしたい誘惑にかられたが、今夜はやめておくことにした。

めったに酔うことはないが、いまは悪酔いする可能性がある。リングダールへの苛立ちと怒りから深酒してしまって……酔っぱらって、怒りを抑えきれなくなったら困る。メイベルの寛大さをいいことに、すべてぶつけてしまうかもしれない。


酒の載ったテーブルは素通りで、ルスランはさっさと寝室に向かった。

部屋はいつものように薄暗く、ほんのりと甘いに匂いがただよってきて――ルスランのためにメイベルはしっかりと身支度をしてくるから、彼女はいつも甘い匂いをまとっているのだ。その匂いが、部屋に入っただけでも伝わってくる。


大きなベッドの上に、ちょこんと腰かけるメイベルを見つけた。

見つけて……その姿を認識すると、ルスランは出入り口で硬直した。


「あ、ルスラン。頑張って着てみたんだけど……どうかな」


今夜のメイベルは、彼女にしては珍しい大胆な夜着姿だった。


胸元は大きく開き、足元にはこれまた大きなスリット。薄い布はもはや布としての役割を果たしておらず、彼女の肌が透けて見えている。

寝室には小さな灯りしかないのでこの距離ではよく見えないが、明るいところにいたら、彼女の魅力的な身体が丸見えとなっていたことだろう。

ちょっと恥ずかしそうにしているところが、よりいっそう彼女の魅力を引き立てていて。


黙ってベッドに近づく夫に、メイベルが上目遣いで不安そうに尋ねてくる。


「……あんまりルスランの好みじゃなかった?」

「いや?僕の好みばっちりだが?」


とりあえず、妻の勇気に敬意を評してメイベルを押し倒しておくことにした。セレドニオ王もビルギッタ王女のことも完全に忘れ去って。

――最愛の妻に比べれば、彼らなど道端の石ころよりもどうでもいい存在だ。


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