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脱出路 (2)


メイベルは猫を抱きかかえ、調べてみる。手紙などを忍ばせている様子はない。

きっと、見つけられ、捕まえられてしまった時のことを考え、あえて何も持たせず猫をここに送り込んだのだろう。どうやって城に入り込ませたのかは分からないが……。


メイベルは猫の首輪を取り、首輪の裏に「湖そば、舟渡の小屋」と書いた。この城に密かに通じる地下通路の、向こう岸側の出口がある場所。猫が捕まってしまうことも考えての、ギリギリの情報だ。

ルスランやファルコだったら、これで分かってくれるはず。


メイベルが撫でると猫のバリーはふわふわの尻尾を振り、ワゴンの布の中にするりと入り込んだ。

オリガは何もなかったように振る舞って、ワゴンを押して衝立の向こう側に出た。メイベルも隙間からそっと覗き、ワゴンが外へと出て行くのを確認する。

まだ安心できたわけではないが……ルスランたちと連絡が取れたことで、メイベルもホッとした……。




気が付いた時、メイベルはベッドに横になって、眠っていたようだった。衝立の向こう側で話し声がする。

女の声で……ダリヤだ、とメイベルはベッドの上で思わず身構えてしまったが、メイベルが目を覚ましたことに誰も気付いていなかった。


ダリヤと女官たちが衝立の向こうで話をしていて、内容から察するに、ダリヤが呼び出したのに女官たちがメイベルを起こさず――もしくは、声をかけたものの目を覚ます様子のないメイベルをあえて起こさず、しびれを切らしたダリヤが直接部屋を訪ねてきたらしい。

女官たちは、もう少しだけ王妃を休ませてあげてほしいと懇願している。


「――この私に歯向かうなんて、見上げた忠誠心だこと」


話すダリヤの口調は、いつもと変わらず穏和なものだった。しかし、衝立の隙間からちらりとダリヤを見たメイベルは、彼女が浮かべる感情の色が危険なものになっているのを見抜く。

女官たちは、それでも退かなかった。


「……そう。そこまで言うのなら……そうね。あなたたちの忠誠心に免じて、いまはメイベルを休ませてあげてもいいわ。その間の相手は、あなたにしてもらう」


そう言ってダリヤが、ニラムを見て微笑む。目が遭い、ニラムはビクッと身をすくませた。


「あなた、あの眼鏡の子と双子ね?顔がそっくり……。私、前から気になっていたの。双子だったら、同じことをすればまったく同じ反応をするのか――面白そう」


ニタクがどんな目に遭ったか、手当てをしたニラムなら嫌というほど分かっているはず。青ざめ、小さく震えながら……祈るように両手を胸の前でぎゅっと握り、ニラムが口を開く。


「は、はい……私で、王妃様の代わりが務まるのならば、喜んで――」

「いいえ」


メイベルは急いで衝立から姿を現し、二人に割って入る。ニラムの前に立って、正面からダリヤと向き合った。


「お待たせして申し訳ありませんでした、ダリヤ様。お部屋へ参ります――まさか、私よりもこの子がいいなどと、おっしゃったりしませんよね。他の女で代わりが利く程度のご寵愛なのでしたら、私、二度とあなたの求めに応じませんから。例え、命を盾に取られても」


急に現れたメイベルにダリヤは一瞬きょとんとなっていたが、すぐにニッコリ笑い、手を伸ばしてメイベルの腰を抱く。


「もちろんよ。可愛い人……あなたの代わりができる女なんて、そう簡単に見つかるはずがないわ。あなたは特別よ」


ダリヤの感情が、また嫌な感じの執着の色へと戻って行く。でも、攻撃性のある危険な色はそれに塗りつぶされてしまったので、メイベルは心の内で安堵のため息をついていた。

――この女性も兄と同じで、愛想のよい笑顔を浮かべて応対しながら相手を痛めつける方法を考えることができるのだから、なんとも恐ろしい人だ。




猫に会って以来、メイベルは時間を意識するようになっていた。ダリヤに囚われてから、すっかり失われていたもの。

猫のバリーは、たぶん見つかっていないはず。ダリヤたちのことも注意深く見るようにして、些細な変化も見逃さないよう気を付けていた。猫が見つかって、メイベルたちの企みに気付かれていたら、ダリヤの感情にも変化があるはずだから……。


城主の奥方はすっかり参ってしまって、城の者たちとあれこれ相談し合いながらも結局何も決断できずにいるらしい。

食事を運ぶ城の召使いたちが、そんなことをこっそりメイベルの女官に話していた――彼らも、城主の子や王妃がダリヤの手にあっては、自分たちだけで勝手に動くわけにもいかず困っている。


メイベルは、曖昧に答えることにしていた。オリガたちにも、ルスランたちのことは何も、誰にも話してはならないと厳命してある。

……知っている人が増えれば色々と危険も出てくるし、知らないままでいたほうが、彼らのためでもある。


何より、メイベル自身も、ルスランたちのことは何も分からず仕舞いだ。きっと自分たちを助け出す手段を考えてくれている、ということを信じてはいるが、何も教えてはもらえなかったのだから。




ルスランたちが行動に出たのは、夜明けも近い頃だった。メイベルは部屋に戻されて、少しでも休もうとベッドに横になってウトウトしていた時。

にわかに部屋が騒がしくなった――扉が開く音がしたので、もうダリヤが呼び出してきたのかとギクリとなったが、見張りの男が倒されるような音もして……。


「メイベル!」


困惑しているメイベルよりも、ファルコのほうが早い。すぐに部屋の奥へと駆け込んできたファルコは、衝立の向こうにいるメイベルを見つけてくれた。

ファルコ、とメイベルがホッとして呼びかければ、ファルコが強く抱きしめてきた。


「ファルコ様――」

「時間がない。部屋を出る」


ベッドそばに控えていたオリガもファルコに呼びかけたが、ファルコは遮って言った。身体を離し、メイベルの無事を改めて確認している。


「地下を通って来たが、あっちの見張りも倒さないわけにはいかなくて、やった後そのままにしてるんだ。必ずフォミーナ側に気付かれる。走れるか、メイベル」

「私は大丈夫。でも、ニタクが」


ベッドを下り、メイベルはニタクが横になっているベッドにまでファルコを引っ張っていく。

ニタクはまだ回復できず、熱は少しマシになって意識はハッキリしているものの、ぐったりだ。起き上がって走るどころか、歩くのもフラフラだろう。


ファルコも、それは一目で分かったらしい。

自分の背後に手を回し、上着に手をつっこんで、腰のあたりから銃を取り出した。それを、オリガに渡す。


「ニタクは俺が連れて行く。それはあんたが持ってな。心配しなくても、あんたがちゃんと撃てるとか思ってない」


咄嗟に受け取ったものの、射撃の訓練なんてオリガは受けていないのだろう。思いっきり困惑する彼女に、ファルコは言葉を続ける。


「一瞬足止めさせる脅しぐらいにはなるだろ。そんだけ隙があれば、女抱えてたって俺なら撃てるよ。というか、逆に足手まといになるからあんたは絶対に撃つなよ」


オリガは頷き、ファルコはニタクを抱きかかえた。


「上を目指して、屋上に出る」

「地下じゃなくて?」


メイベルが言った。


「地下通路の存在を知ってるのにそこを使って逃げ出そうとしないってことは、フォミーナ側にバレてるってことだろ。ルスランの推測だったが、実際に見張られてたしな。となると、これだけの人数抱えて下に逃げるのは困難だ。絶対見つかる。上から逃げる用意を進めてある。全部ルスランの指示だけど」

「バリーはどこから城に入って来たの?」

「湖を渡らせた。流木に見せかけた小さな舟作って、それにバリーを乗せて城へ向かわせた――色々と賭けだったけど。あいつ、猫のくせに水が好きだから、舟とか面白がって乗るタイプなんだよ」


そう言えば、前に海へ連れて行った時も、女官たちが何度も止めるのに波に突撃していっていたな、ということをメイベルは思い出した。


ニタクを抱えて先導するファルコについて、メイベル、オリガ、ニラムも物音を立てないよう急いだ。

ファルコは先に説明した通り、屋上を目指しているようだ。メイベルたちがいた部屋は最上階の塔だったから、そこから屋上に出る階段は近い――地下へ向かうよりも、ずっと早い。

メイベルたちの居場所は書かなかったのに、ファルコはよく見つけ出してくれたものだ……。


「それもルスランの推測通りだよ。地下に逃げ道があるなら、メイベルたちはそこから遠ざけるために、上層階に閉じ込めておくはずだって。外からこの城を見て、塔があるのを指して、地下牢以外で誰かを閉じ込めるのならあそこだろう……ってさ。ルスランの言った通り、下に逃げることは警戒していても、上に逃げることについては警備が緩い」


話している間にも、メイベルたちは屋上に着き、外へ出た。

外はまだ薄暗く、数日前の荒天の影響が残っていて風が強い。屋上への扉を出た時は、メイベルも一瞬吹き飛ばされそうになった。


屋上は広く、見晴らしが良い。湖の向こう側に広がる林のさらに奥までもが一望できる。

こんな状況でなければ、美しい光景にメイベルも見惚れていたことだろう。遠くに見える山からは、朝日が登ろうとしている……。


「まさか……ここから湖に飛び込むとか……言わないですよね?」


何もない屋上をぐるりと見回したニラムが、ファルコたちが考えている脱出経路について笑いながら言った。

……顔が青ざめ、笑って話す声も引きつっている。


「この高さで飛び込んだら、水面に叩きつけられてさすがに死ぬぞ」

「で、ですよね」


ファルコの答えに、ニラムはあからさまにホッとした。メイベルも屋上の端に寄り、柵代わりになっている屋根飾りから湖を見下ろす。

この高さは、下が水だと分かっていても飛び込むのに相当の勇気が必要そうだ。


「――来た。あれでこの城を出るぞ」


ファルコが空を見て言った。

メイベルたちも揃ってファルコと同じ方向を見……空から、何かが降りてくるのを見つけた。

……降りてきているというか、落ちてきているというか。


「……あれって、あんなスピードで降りてくるのか……いや、危ねえ!」


一人呟いていたファルコが、慌てて叫ぶ。


「こっち来い!あんな着地の仕方するなんて俺も聞いてねえ!」


大きな気球が、猛スピードでメイベルたちのいる屋上めがけて突っ込んでくる。

ファルコに言われる前から慌て始めていたメイベルたちは大慌てで、ファルコと共に城内に入る扉まで一旦引っ込んだ。


見た目ののんびりさに反して気球は意外と派手な物音を立てて着地し……あれは、着地でいいのだろうか……メイベルの目には、降って落ちてきたように見えたのだが……。


屋上に到着した気球の籠部分からは、すぐに人が降りてきた。


「メイベル!」


ルスランの声に、メイベルは躊躇うことなく彼に駆け寄る。目の前で色々とすごいことが起きて、気球とはなんと危ない乗り物なのだ、なんて思ってたことも全部頭から吹っ飛んで。


ルスランが、迎えに来てくれた――ようやく彼に会えた。いまのメイベルには、その喜びに勝るものなど何もない。


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