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余興 (1)


主人の敵討ちにボルトラーン兵がやって来た――という緊迫した報告をした次の日。ルスランは呑気にも船を出し、メイベルを始め女たちも伴って海を楽しんでいた。

いいのかな、とルスランと並んで海を眺めながら、メイベルが呟く。


「せっかく来たんだ。戦も終わって、僕だって少しぐらいは遊びたい」


ルスランは悪びれることなく言った。


「小さい頃から海が好きでね。幼少期は乳母の家に預けられっぱなしで、ここみたいな、海に面した小さな町で育ったんだ。一応、王子という身分ではあったが、毎日近所の子供たちと遊び回って、王子とは思えないほどのびのびと暮らしていた――ガブリイルやアンドレイと出会ったのも、二人がその町の近くの出身だったからだ」

「良い思い出。羨ましい」


初めて聞くルスランの昔話に、メイベルはかすかに微笑んで相槌を打つ。


「ハルモニアのお城は山に囲まれていて、海からは遠かった。実際に見るのはヴァローナに渡る時が初めてで……でもこれは内海だから、外海はこれの比じゃないぐらい大きいのよね?」

「そうらしい。僕も外海は見たことがない。これよりもはるかに広く、大きいとは……想像もできんな」


日の光を反射させて輝く海原を見つめていたメイベルは、ルスランを呼ぶファルコの声に振り返った。


「ルスラン、船が一隻、こっちに近付いてきてる。旗は黒――海賊旗だ」

「海賊か。このあたりの海で出るとは聞いていなかったが……」


ルスランたちの近くにいた将軍アンドレイが言い、ファルコが指す方を見た。

メイベルの目には海が広がるばかりで、何も見えない。


「休暇を楽しんでいる時に無粋な連中だ。メイベル、船室に入っていろ」


海賊に動揺するような素振りも見せず、至って平静な口調でルスランは言ったが、強い警戒の色が出ているのをメイベルは見た。


素直に頷き、女官たちにも声をかけて全員で船室に入る。部屋の中央にある長椅子に腰かけるメイベルを中心に、誰が指示を出したわけでもないのに女たちは集まっていた。

沈黙し、みな息をひそめる。


やがて扉を閉ざした船室にも届くほど、不穏な喧騒が聞こえてきた。


「バリケードを築きましょう。動かせるものは少ないけれど、机や椅子を扉の前に固めて――」


恐らくは、海賊と接触してしまった。

女官長もメイベルと同様のことを考えたようで、女官たちに静かに指示を出す。


船室の家具は、波で揺れることを配慮して部屋に固定されている。バリケードになりそうな大きなものはほとんどが動かない。女の力で簡単に動くものばかりで、果たして役に立つのか……。


オリガと若い三人娘の女官たちがせっせとバリケードを作っていくが、部屋の外から大きな物音が聞こえ、若い女官の一人が小さく悲鳴を上げてしまう。

部屋の扉に、誰かがぶつかったような音だった――大きな音だったし、間近で聞いてしまった彼女が思わず声を上げてしまったことを、責められるはずもないのだが……別の若い女官が急いで彼女の口をふさぐ。

全員が動きを止めて扉に注目していた。


どうか気付かれていませんように。

感情が色を超え、メイベルにはそんな彼女たちの声が聞こえるような気がした。


しかし彼女たちの願いもむなしく、何かを壊しているような音と共に部屋の扉が軋む。扉を破壊しようとしている。もちろん、ルスランたちであればそんな乱暴な真似をする必要はない。扉の前にいるのは……。


「危ないから扉から離れて!」


さらなるバリケードを築こうと慌て出す女官たちに、メイベルが命じる。

もう遅い。敵が本気で突破しようとして来ているのなら、多少のバリケードなどもう何の役にも立たない――。


予想通り、壊し始めてから数分と経たずに扉は破壊され、押し入って来た海賊は築かれたバリケード代わりの家具を蹴飛ばしてメイベルたちに近づく。

海賊は忙しなく視線を動かし、品定めするように女たちを見比べた後、はっきりとメイベルに注目した。


女官たちのわずかな抵抗もむなしく、海賊はメイベルの腕をつかんで部屋から引きずり出す。

ラリサたちがさらに立ち向かおうとしたが、メイベルが制止した。下手に人質を増やすぐらいなら、自分一人のほうがましだ。海賊は目当ての女を見つけたら、他に目もくれていないのだから――人質が増えては、ルスランたちに余計に迷惑がかかるばかり……。


「この女の綺麗な顔が大事なら、全員大人しくしろ!」


メイベルを引っ張って甲板に出た海賊が、メイベルの首元に剣を突きつけて叫ぶ。

外は戦場と化していた。外に出た途端、特徴的な異臭がして、噂のロドリ薬だ、とメイベルは察した。船の上で海賊たちがまいたのだろう。これがあっては、銃が使えない。


海賊船が、メイベルたちの乗っている船のすぐ近くに並んで停まっていた――ファルコの話していた通り、真っ黒な海賊旗。メイベルがイメージしていたよりも船は綺麗で、海賊たちもちぐはぐな着こなしながら、貴族のような気取った衣装を着ていた。


「ごめんなさい、ルスラン……」


剣を手に中心となって戦っていた夫と目が合い、メイベルは呟く。


ルスランは海賊に捕まっているメイベルを見て、武器を捨てる。こうなってしまわないように、ルスランはメイベルたちをすぐに船室に向かわせたというのに……。結局、ルスランたちの足かせとなってしまって、メイベルは罪悪感でいっぱいだった。


他の男たちもルスランにならい、武器を捨てて投降の意を示した。

ルスランの近くにいた海賊二人が、それぞれルスランの腕をつかみ、メイベルのほうへと連れてくる。メイベルとメイベルを人質に取る海賊の前に、ひときわ派手な格好をした海賊が進み出た。

たぶん、これが海賊たちの船長だ。


「手こずらせやがって」


船長が言った。

船長が顎で命じれば、がっちり捕らえたルスランの両腕を前に突き出させて、別の海賊が太い縄で縛り上げていく。

やれやれ、とルスランがため息を吐いた。


「なんだ、その態度は」


それでも平然としている様子のルスランの顔を、挑発するように船長は覗き込む。縛られる自分の腕を見ていたルスランが顔を上げ、間近にある海賊の船長と向き合った。


「これで私に勝ったつもりでいるのだから、救いようのない連中だと思ってな」


不遜な言葉に船長が反応するよりも早く、ルスランが動いた。油断して武器も構えずルスランに近付いてきた船長に、ルスランが頭突きをお見舞いする。

フラつく船長を、縛られたままの両腕で殴り飛ばし、海賊たちが呆気に取られている間にルスランが走った。


全速力でメイベルに向かって駆け、体当たりでも食らわすかのようにメイベルを押してきて。相変わらず縛られたままの両腕でメイベルを抱きかかえたルスランは、その勢いのまま甲板の手すりも通り越して海へと落ちた――背後を取られないようにメイベルを人質に取った海賊は、さりげなく海を背に甲板の手すりそばまで寄っていたのだ。


一連の行動に海賊たちが動揺し、将軍アンドレイは一切動揺することなく「かかれ!」と命令を飛ばす。

その傍らで、ルスランが海に飛び込むのを見てファルコもすぐに海へと飛び込んでいた。




突然のことでメイベルは何が起きたのかも把握しきれず、されるがままに海に落ち……ルスランにしがみつくことしかできずにいた。

ルスランがちゃんと自分の身体でかばってくれたとは言え、船から落ちた衝撃で四肢が軽く麻痺したのもある。


ぶくぶくと無抵抗に海中に沈んでいたメイベルは、意図的に何かが自分の身体に押し付けられているように感じて、目を開けた。


両腕を縛られて自由を制限されているルスランが、メイベルに何かを触らせている。脇腹のあたり……海賊たちが気付きもせず取り上げもしなかった短剣だ。

これで縄を切れと言っている――そう察して、メイベルはルスランの服をまさぐって、手探りで短剣を見つけ出した。


それでルスランの縄を切ろうとしたのだが、これが意外と難しい。縄は固くて、海中で漂いながらでは力も入りづらくて。

モタモタしていたら、いつの間にか自分たちのそばまで泳いできていたファルコがメイベルの手をつかみ、ルスランの縄をざっくりと切った。


すぐに縄を振りほどき、ルスランはメイベルを抱えてすぐに上へ向かって泳ぎ始める。ファルコが後ろから追いかけてきていた。

ドレスがまとわりついて動きづらくて、メイベルはルスランに頼るしかなかった。


海上に出て、メイベルは大きく息をする。荒く呼吸するしかできないメイベルをルスランがさらに引っ張り、自分たちが乗っていた船へと近づく。

船の上ではまだ争いが続いていたが、ルスランたちが戻ってきたことに将軍アンドレイは気付いて、複数のロープを降ろしてくれた。ルスランがそれをつかんだ途端、自分たちの近くで銃弾が船体に命中するような音が聞こえてきた。


「ロドリ薬に見せかけただけの偽物か。たかが海賊風情がそんなものまで持っているとはと、思ってはいたが」


海賊船に残る海賊たちがこちらに向かって銃を撃ってきたのを見て、ルスランが言った。

銃口は、海にいるルスランに向けられている。


「俺の銃寄越せ!」


ファルコが船の上に向かって叫んだ。

船上の海賊と戦う将軍は振り返ることなく正面の敵と戦いながら、しっかりとファルコに向けて銃を投げる。片手で銃を受け取ったファルコは、海賊船に向かって撃つ。

船から降ろされたロープをもう一方の手でつかんで海賊船に振り返り、不安な体勢――この状態でも、ファルコは確実に海賊たちを仕留めていた。


「援護するから先に行け」

「メイベル、しがみついていろ」


ファルコとルスランがほとんど同時に言うので、ちょっと聞き取りづらい。何と言っているのかはだいたい察した。


人を背負っているとは思えない身軽さで、ルスランはするするとロープを登っていく。

ドレスがたっぷりと水を吸っているから、いつもの比ではないぐらいメイベルは重くなっているはずなのに。


甲板の手すりまで近づくと、将軍が駆け寄って来た。メイベルを、とルスランが言い、将軍はメイベルに手を伸ばし、メイベルはルスランの背中を離れて彼に引っ張り上げてもらった。丁寧にメイベルを甲板へ降ろした将軍は、部屋へ、と急かす。


「ら、ラリサたちは――?」


ようやくまともに話せるようになったメイベルは、将軍に守られて船室に向かいながら尋ねた。


「全員無事です。あの後も、彼女たちは船室に避難させてあります。王妃様も、どうぞそちらへ」


扉を壊されてしまった部屋の前には荷物が積み上げられており、メイベルはその上をよじ登って中に入るしかなかった。

濡れたドレスがまとわりついてくるので、大した高さはなくとも不安定な足場を登るのも一苦労だ。新たなバリケードの向こうでラリサとオリガがメイベルを支えようと手を伸ばし、彼女たちに支えられてメイベルも船室内に到着した。


メイベルがちらりと振り返った時、ルスランは再び武器を持って戦い始め、ファルコも甲板へと戻って来ていた。


――それから十分も経たない内に海賊たちを制圧したとメイベルたちのもとにも報告がもたらされて。

途中でハプニングがあったものの、結果だけ見れば、ヴァローナ王の一団は難なく海賊たちに勝利した。


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