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それぞれの役割 (2)


ルスランの迫力に領主の弟は一瞬怯んだが、ぐっと拳を握りしめて踏みとどまり、なおもメイベルの犯行を主張する。


「お、女だから不可能などとは言わせんぞ!たしかに、兄は並の男が十人がかりでも倒せぬ男だが、死因は射殺――銃を撃つだけなら、女でもできる!」


ボルトラーン城で勤める医者も駆けつけて、領主の遺体を調べていた。死因は、首――頸動脈を見事に貫いた銃弾。

まだ頭がクラクラしているメイベルは、ラリサに支えてもらいながら立っているので精一杯だった。話も、ぼんやりとしか頭に入ってこない。


「ならばその銃をこの場に出してみるといい!部屋は探しているのだろう!この部屋のことは、我々よりそちらのほうが詳しいはずだ!まさか、妻がいまも持っているなどと主張するつもりではないだろうな――ご立派なご領主殿のおかげで、隠し持つ術も持たない彼女が!」


言いながら、ルスランがメイベルの身体を覆うシーツをはぎ取る。


もともと寝衣一枚だったのをボルトラーン領主に引き裂かれてしまったものだから、いまやメイベルの肌を隠すものはなく。

さすがにこれには食ってかかっていた領主の弟も黙り込み、将軍アンドレイが意味ありげな咳払いをして目を逸らしていた。ラリサも急いでシーツを奪い返し、メイベルの肌を隠す。

……メイベル自身は、殴られたショックからまだ立ち直れないのでそんなことを気にする余裕もなかったけど。王都に戻ったら、一回ぐらいルスランをブスッとやっておこうかな……。


「ラリサ、メイベルと共に部屋を出て、私の部屋で休ませろ。いつまでもこんな茶番に付き合わせていられるか」


ルスラン王の命を受けたラリサは頭を下げ、メイベルもラリサを連れて部屋を出る。

将軍アンドレイが自身の部下を複数指名して護衛につけ、二人を送った――兵士たちは部屋まで送ると、扉の前で待機だ。部屋の中に入るのはメイベルとラリサだけだった。


部屋の真ん中にある大きな長椅子に、メイベルは横たわった。顔の殴られた部分を上にして、クッションを枕に横向きになる。ラリサはテーブルに置きっぱなしになっている水差しで清潔な布を濡らし、メイベルの頬を冷やし始めた。

とりあえずの処置をすると、もっと冷えた水を、とラリサは部屋の外にいる兵士たちに依頼しに行く。


大きくため息をつき、メイベルは目をつむった。横になっていると、なんだかウトウトしてくる。

ボルトラーンまでの旅路に、ちょっと疲れたのもある……。


ラリサと自分しかいない部屋は静かで、新しい水が来るのを待っている間に、ラリサはメイベルに付いた血を拭って清め、新しい着替えを用意する。

こうなることはだいたい予想していたので、ルスランの部屋にはメイベルの服も置いてあった。


ようやくシーツを脱ぎ捨てて着替えをしていたら、部屋に誰かがやって来た。

最初はルスランが戻って来たのだと思ったが、その足音はルスランより体重が軽い人間のもののようで。


メイベルの着替えが終わると、護衛の兵士すら立ち入ろうとしない王の部屋を訪ねてきた男を、ラリサは迷うことなく招き入れる。

入って来たのは、黒い身軽な衣装を着たファルコだった――宴に出席していたとは思えない恰好。そう言えば、ファルコの姿は宴の時にはなかった……。


「メイベル、怪我はどう?」


部屋に入ってくるなりファルコが言った。

また長椅子に横になっているメイベルに近づき、そっとかがんで、ファルコはメイベルの様子をうかがう。

ファルコにしては珍しく、心配と不安と……罪悪感のような色が、はっきりと出ていた。


おずおずとファルコが手を伸ばし、メイベルの頬を冷やす布に触れる。指先が触っているかどうかの距離。明らかに表情を曇らせ、メイベルから目を逸らす。


「ごめん……」

「ファルコが謝ることなんかないのに」


そう言いつつも、ボルトラーン領主を撃った犯人について、メイベルも察していた。


領主は間違いなく、メイベルの目の前で撃たれている。部屋に人はおらず、首を撃たれていて……方向を考えると、中庭に面する窓から撃ち込まれた。

三階にあるあの部屋に撃ち込むのなら、狙撃手がいたのは中庭を挟んで向かいにある別棟――数百メートルは離れている。

あの距離から人の首を狙って撃てる人間なんて、ボルトラーンどころかヴァローナ中を探しても、一人しかいない。


届いた水で改めて布を濡らし、ラリサに代わってファルコが甲斐甲斐しくメイベルの世話をする。メイベルがこの部屋に来て一時間ぐらい経った頃、ルスランが戻って来た。


「怪我の具合はどうだ?」


ルスランがラリサに尋ねる。二、三日は腫れるかと、という答えを聞き、ルスランも長椅子に横たわるメイベルに近づいた。


「君のおかげで、僕が望んだとおりに進みそうだ。明日にはさっさとこんなところを発とう」


ルスランはメイベルを抱きかかえ、奥の寝室へと連れて行く。ルスランの腕のぬくもりにホッとなって、メイベルはまたウトウトとしてくる……。


「今夜は、このまま一緒にいてほしい……」


自分をベッドの上に降ろすルスランの服の裾をつかんで、メイベルが呟く。ルスランの大きな手がメイベルの頭を撫で、額に口付けた。

ギシ、とベッドが揺れ、大きなぬくもりがメイベルを包み込む。


自分の隣に横たわって抱きしめてくれるルスランの胸にすり寄り、メイベルは目を閉じた。




ヴァローナ王ルスランの一団は翌朝には帰りの支度を始め、日が高くなる前にはボルトラーン城を出た。

故ボルトラーン領主の弟ヨーシフは腹立たしい気持ちを隠すこともできず、王を見送らなかった。


あの後も王妃の凶行を糾弾し、すべてはルスラン王の企てだと主張したのだが、何一つ確信も証拠も得ることができぬままに終わった。

――口では、あの男に勝てない。


「あの男が非を認めぬというのなら、こちらも実力行使に出るまでよ。もともと、兄上はあの男への反逆の準備を進めていたのだ。それが早まり、私が引き継いだまでのこと」


ブツブツと呟きながら、弟ヨーシフは少数精鋭のボルトラーン軍の兵士を引き連れ、密かにヴァローナ王の一団を追っていた。

側近たちの中には反対する者もいたのだが……結局、ヨーシフに押し切られる形でヴァローナ王襲撃は実行されることになった。


ヨーシフの言うように、すでに領主ゲルマノフはヴァローナ王と対立する腹づもりで計画を立てていたし、地の利はこちらにあって、条件も悪くない――ボルトラーン領地のことはもちろん自分たちのほうが詳しいし、数多の戦場を生き抜いたヴァローナ王とその軍隊であっても、悪路だらけのここでは実力を発揮できまい。


指揮を執るのが領主ゲルマノフではなく、ヨーシフなのが唯一の不安材料なぐらい……参謀気取りのくせに、用兵と戦術については素人以下の発想しかできない男なのである。

内政についてはそこそこ有能なので、兵の運用に関してはキャリアもある側近たちに丸投げしてほしいのだが……。


馬でも手こずる悪路とは別に、ボルトラーン城の一部の人間しか知らぬ、整備された裏道がある。有事のための脱出用として、ボルトラーン領主が先祖代々、秘密裏に継いできたもの。

そこを通り、ヨーシフたちは難なくヴァローナ王の一団を追っていた。


「見えたぞ。銃兵隊を前に出せ」


無事に先回りに成功し、ヴァローナ王の一団が見えてくるのを確認したヨーシフが命じる。

銃声に敏感な騎兵は後ろに下がり、銃を装備した歩兵が王の一団を狙撃するためにゴソゴソと前に出る――馬に乗るヨーシフが騎兵を率いてどんどん先へ行ってしまうものだから、あとから来た歩兵たちの入れ替わりに無駄に時間がかかってしまう。


……領主ゲルマノフであったら、もっと的確に兵を侵攻させたことだろう。

やはりヨーシフでは機を見極めることができず、向こうにあっさり出し抜かれてしまった。


パアンという破裂音に驚いて移動途中の一部の馬が動揺し、いななきが響き渡る。


領主ゲルマノフの右腕とまで言われた側近の一人シードルの馬も、驚いて跳ね回る別の馬にぶつかられ、棹立ちになって鳴いた。

シードルは慌てて馬を抑えようとしたが、手綱が片方千切れている――先ほどの銃声は、シードルが持っていた手綱を撃ち抜いた音だったらしい。


不意をつかれ、シードルは馬を抑えるどころか自分の体勢を保てず地面へと投げ出される。

受け身は取ったものの、地面に身体を打ち付けてすぐには起き上がれなかった。


「シードル――!」


ヨーシフが叫ぶが、またパアンという破裂音。今度は何を撃ったのかすぐに分かった。

ヨーシフの兜が吹っ飛ぶ――頑丈な兜のおかげで、ヨーシフ自身は無事だ。


「あそこだ!」


兵の一人が狙撃手の姿を見つけ、木々の隙間を指差す。

数百メートル先に、馬に乗っている少年がいた。銃を構えていたが、兵士たちの注目が集まっていることに気付くと、腰に提げていた小さな鞄から小瓶を取り出し、厳重に封印された蓋を外して放り投げる。

途端、あたりに特徴的な異臭がただよった。風下にいるヨーシフたちのもとにも、あっという間に――。


「この臭いは……ロドリ薬だ!銃をしまえ!あたり一面焼け野原になるぞ!」


ロドリ薬は高熱に反応して爆発するよう開発された薬で、近年では火薬武器を封じる手段として、戦場に必ず持ち出されていた。特徴的な臭いは、薬に気付かせるためにわざとつけられるものだと言う――薬が散布されていることに気付かず敵が銃を撃ったりしたら、自分たちも巻き込まれる危険があるので。


ヨーシフが銃兵隊を慌てて下がらせていると、別の兵士が叫んだ。


「ヨーシフ様!ヴァローナ王の一団がいません!」


言われてみてみれば、さっきまでいたはずの場所から忽然とヴァローナ王の一団が姿を消している。騒ぎに気付いたとしても、こんなに素早く移動できるはずがない。

こちらの追跡に気付いて、最初から仕組まれた。そう理解するや否や、ヨーシフは憤慨した。


「あの男を追うぞ!あいつが兄上を撃った下手人だ!あいつも、いまは銃を撃てない……こうなったらあの男だけでも血祭りにあげてやる!」

「お待ちを――」


シードルが急いで止めようとしたが、ヨーシフは強引に馬を走らせてしまい、シードルの声はかき消されてしまった。

立ち上がろうとすると、やはり着地の体勢がよくなかったらしく足が痛い。すぐにはヨーシフを追えない。


「ヨーシフ様を追いかけてお止めしろ!」


残っている兵士に、シードルが命じる。


「この距離を狙い通りに当てる男だぞ!殺すつもりだったなら、最初から命中させている!これは挑発による陽動だ!」


偶然で、シードルの手綱を綺麗に撃ち抜けるわけがない。ならばあの少年は数百メートル先でも確実に当てる腕を持っており……それだけの腕を持っていながら、ヨーシフは兜を撃つだけで留めた。

わざと外したと、考えればすぐ分かるようなことなのに。


あえて生かしたまま、ヨーシフを誘っている。ならば当然、この先にはヨーシフたちをはめる罠が仕掛けられている。ヴァローナ王はすべて看破し、ボルトラーン側の報復心を利用する気だ。


領主ゲルマノフを暗殺し、兵法も戦術も素人以下のヨーシフに指揮を執らせてボルトラーン軍の戦力を削ぐ。ヨーシフが思う存分浅はかな振る舞いができるように、邪魔な人間を足止めして。


何が過ちだったかと言えば、ヴァローナ王に喧嘩を売ろうなんて考えたこと自体が間違いだったのかもしれない。

ヴァローナ王ルスランは、想定以上にずる賢く悪辣な男だ。


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