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年明けと共に (2)


ルスラン王はハルモニアの副宰相を伴い、将軍アンドレイ、ファルコを連れて訓練所へ来ていた。

今回は投石機を使って的を飛ばし、ファルコの射撃の腕を確認しているのだが。


「動いている的を全て撃ち落とす腕前もですが、肉眼であれが見えているのが信じられません……」


ファルコの腕を初めて見るハルモニアの副宰相は、結果に唖然としている。

ファルコが撃ち落とした的を将軍の部下たちが拾い集め、アンドレイがそれを受け取った。ファルコも、的を確認している。


「もうちょっと銃の性能が良ければちゃんと真ん中をぶち抜いたんだけどね。聞いてたより飛距離が短い」

「改善させてみるが、いまのうちの技術じゃどこまでできるか――」


ファルコは渡された銃の欠点を説明し、将軍アンドレイはファルコが語る情報と経験をもとに、今後の課題を真面目に考え込んでいた。


「私には、的の中央を見極めるどころか、的そのものをいくつか見落としそうです」


撃ち抜かれた的を一枚手に取って眺めながら、副宰相が言った。


「生まれつき右目の視力が良いもんで」

「世の中には、色んな目を持った人間がいるものだ」


副宰相がもらした言葉に、彼はメイベルの能力のことを知っているのか、とルスランは察した。

ルスランがメイベルの能力を知っていることは、彼は知っているのだろうか……。


「銃の改善も重要だが、ロドリ薬の生産も急がせろ。二ヶ月後にはボルトラーンだ」


ルスランが将軍に命じるのを聞いて、ファルコが銃から顔を上げた。


「次の戦争相手?」

「正確には違う。戦争をするのに邪魔な相手だ。君の腕もおおいに頼りにしている」

「それはいいけど……やっぱ戦争する気なんだね。メイベルが心配してたのに」


ハルモニアの副宰相がわざとらしい咳払いをしたが、ファルコは気付かなかったふりで受け流した。

たぶん、王妃を呼び捨てにしたのが気に入らないのだろう。ルスランへの態度はどうでもいいが、メイベルのことはやはり見過ごせないらしい。


「可愛い妻を悲しませるのは胸が痛む。が、私もこればかりは譲れない。泣き虫の彼女を悲しませないよう、君たちにもいっそう頑張ってもらわなくては」


チッとファルコが舌打ちし、ハルモニアの副宰相アルフレート・プロイスも表情には出さなかったものの不満げな空気を醸し出していた。メイベルの目がなくても、彼らの感情は分かりそうだ。


「……あんた、なかなか運の良い男だよな。普通だったら国の敵、身内の仇で憎まれるもんなのに、あんたに都合の良い展開が重なって、メイベルからすっかり懐かれてる」

「その言い方はいかがなものかと」


メイベルのことを猫か犬のような物言いにハルモニアの副宰相が堪らず口を挟んだが、ファルコはまた都合よく気付かなかったふりをした。将軍アンドレイのほうが苦笑している。


「いや、まったく。私ほど幸運な男はいないだろう。ファルコの言う通り、経緯を考えれば憎まれてもおかしくなかったというのに」


陽気に笑うルスランに、嫌味が通じねえ、とファルコがこぼした。




訓練所で満足いく結果を得たルスランは、執務室へ戻ろうとしていた。


冬が終われば次の戦。その前に片付けておかなくてはならない政務をやってしまわなくては――ルスランとしては、多少放置しておいてもいいのではないかと思うのだが、宰相ガブリイルが絶対にそれは許さないという気概で仕事を持ってくるので、大人しく政務に励んでいた。


そんなルスランの目の前を、白い毛むくじゃらの猫がしゅっと横切る。猫はルスランに気付いて立ち止まり、ルスランを見上げてニャオンと鳴いた。


「バリー……バリー、どこに行っちゃったの……?」


メイベルの声だ。

猫はまたニャオンと鳴き、ルスランにあっさり背を向けて、トトト……と軽やかに駆けて行く。廊下の向こうから姿を現したメイベルに向かって跳び上がり、メイベルは慣れた様子で猫を抱きかかえる。


「バリー、こんなところにいたのね。あっ、ルスラン」


猫を探しに来たらしいメイベルが、ルスランに気付いてこちらに駆け寄ってくる。そんな姿は、さっきの猫と同じ――メイベルのことを猫か犬のように言ったファルコとのやり取りを思い出し、ルスランはこっそり笑う。


「いま、私のこと、ちょっと馬鹿にしてたでしょ?」

「馬鹿にはしていない。僕の妻は可愛いなぁと、改めて実感していただけだ」


メイベルを抱き寄せ、銀色の髪ごと彼女の額に口付ける。いまはそれで誤魔化されるつもりはないらしく、メイベルはちょっと拗ねていた。


「二ヶ月後にボルトラーンに行くって話、私、聞いてない」


どこから、と思わず言いかけて言葉を飲み込む。しかし、誤魔化すことも諦めるしかなかった。

平静を装うつもりだったが、思いっきり自分は色に出してしまったらしい。メイベルが確信を得たような目をしている。


こうなったら、聞くしかない。


「……誰から聞いた?」

「ラリサ。他の女官たちに準備をさせてた。私が知らなかったことに気付いて焦ってたけど――ラリサを叱ったらダメよ。私の目のことも知らない、私が知らなかったことも知らない、それじゃあラリサも秘密を守れないもの。彼女の失敗じゃない」


真っ先に女官長に咎が行くことを案じるあたり、やはりメイベルは優しくも聡い王妃だ。メイベル自身は、自分のことを未熟で王妃の器のない女だと思い込んでいるようだが。


「すまなかった。まだ考えている計画もあって……もう少し整ってから、君にもちゃんと話すつもりだった。今回も君の力を借りる予定だ」


メイベルが黙り込み、腕に抱いた猫を撫でる。

……前回がどんな目に遭ったかを考えれば、この微妙な沈黙も納得しかない。


「ルスラン、ボルトラーンの領主とはものすごく不仲なのよね。ガブリイル様が教えてくれた」


これは宰相がすでに話したな、とルスランはバツの悪さを内心に押し込めながら思った。


「ガブリイル様もまだ具体的な計画は聞かされていないっておっしゃってて、詳しいことは何も分からなかったけど……」


メイベルの腕の中でくつろいでいた猫が、ぎゅっと抱きしめられたことに反応してメイベルを見上げる。


「……やっぱりいい。こんな場所で、する話じゃなかった。誰が聞いてるかもわからないのに――ごめんなさい。ちゃんと問い詰める時と場所は考えるつもりだったのに」


猫を連れて立ち去ろうとするメイベルの腕をつかんで引き留め、彼女の頬に手を伸ばした。俯くメイベルはそれでもルスランと目を合わせようとしなかったが、ルスランはメイベルの反対の頬にキスする。


ちらりと、メイベルがルスランに視線を向けた。


「今夜、僕の部屋で待っていてくれ。君が短剣を持ってきたいというのなら、もちろん構わない」


最後はおどけた口調で言い、ルスランが笑ってみせる。メイベルは笑わなかったが、ルスランの顔が近付くのを拒まず、そっと目を閉じた。


短い口付けの後、メイベルは廊下を立ち去り、ルスランも改めて執務室へ向かう。

……向かいかけて、また足を止めた。今度は、ファルコとハルモニアの副宰相と出くわした。


「あの後もファルコと打ち合わせていて、ルスラン王に改めて了解を取るべきだという話になりまして……それで」

「覗きなんてやりたかったわけじゃないけど、そうなった」


気まずそうなハルモニアの副宰相に対し、ファルコは何事もなかった――何も見なかったかのように飄々としている。

ルスランも悪びれることなく、そうか、と相槌を打った。


「……私に口出しの権限など何もないことは分かっておりますが」


ハルモニアの副宰相アルフレートは、ルスランと目を合わせることもなく言った。


「あなたがメイベル様の真心を踏みにじるような選択をしたことは、すでに私の耳にも届いております。メイベル様があなたをご自身の夫として認め、尊重している以上は私も表立って異を唱えるつもりはありません――が、やはり本意でもありません」


きっぱりと言い切られて、隣で聞いているファルコのほうが目を瞬かせている。


「高潔な精神には感心するが、君はもう少し保身に走ったほうがいい」

「自覚はあります。ですが、どれほど努力しても私には無理でした。どうか無礼をお許しください」


そう言って頭を下げ、副宰相アルフレートは足早にルスランの前から立ち去る。残ったファルコは彼の背中を見送り……その姿が完全に見えなくなると、ルスランに視線を戻した。


「あいつ、メイベルに惚れてるんだな。年はそこそこ離れてるけど、いわゆる幼馴染らしいし」


ファルコが言い、ルスランは笑った。


「自分も同じだから、彼の気持ちがよく分かるということかな」


からかうような、探るようなルスランの言葉に、ファルコが表情を変えることはない。

メイベルに劣らず、彼も表情を出さないようにする術をしっかり身に着けているようだ。かすかにため息を吐き、ファルコは肩をすくめる。


「そうだね。メイベルに見向きもされていないのも同じだから、よく分かってるよ」


それはどちらかというと、メイベルをかばっての台詞だろうな、とルスランは思った。

横恋慕を下手に隠すよりも、メイベルは何も気付かず、何の落ち度もないことを主張した――自分たちが泥をかぶってでも、メイベルの立場を守ろうとした。

……そんなところまでハルモニアの副宰相と同じか……。


副宰相アルフレート・プロイスもまた、謁見の間で会った時にメイベルを庇うような発言をし、彼女の立場を守ろうとした。

先ほどの不敬に等しいアルフレートの恨み言も、嫉妬というよりは夫に利用され、それでも一途に慕うメイベルを想ってのこと。


妻の人気に、ルスランも苦笑するしかない。


「メイベルの父親はエンジェリク王家の血を引いていた。あの銀髪も、エンジェリク王家の血筋」

「前にメイベルから聞いた」

「そうか――メイベルは、傾国と悪名高いキシリアの魔女の子孫ということだ。血は争えない……というか、先祖返りというやつかな」


ルスランの言葉にファルコはちょっと黙り込んだ後、反論した。


「ハルモニアより西側の国……家系図たどれば、ほとんどがキシリアの魔女の血筋だろ。むしろ一切血縁のないやつのほうが少ないんじゃねえの」


古い血縁者を持ち出してメイベルを傾国扱いするルスランに、ファルコは呆れ気味だ。実はそうなんだがな、とルスランもおどけたように言い、ファルコはさらに呆れてため息をついていた。


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