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取引相手 (3)


ファルコは、またしてもラマンを仕留め損ねたことが悔しがっている。

やつを逃がすのはこれで二度目――と自分の不甲斐なさに舌打ちするファルコを、バルシューンがフォローする。


「守ることを優先してラマンを二の次にするしかなかったから、相手に逃げられただけだろ。てめえに落ち度はねえよ。今回は、俺っていう足手まといがいた」


認めるのは苦々しいが、バルシューンがいなければファルコは最初からラマンを仕留めにかかり、彼を逃がすこともなかったはずだ。

ファルコのほうも、バルシューンの落ち度を責めることなく転がっている遺体を確認しに行く。


「こめかみに一発。即死だろうな。こいつは撃たれたことすら感じることなく絶命しただろうよ」

「やっぱ口封じだよな」


屈んで遺体を検めるファルコのそばに立って、バルシューンも現場を見回す。


外れ者ばかりが集まるこの裏町は、誰も他人に関わろうとしない。複数の銃声が鳴り響いたというのに、野次馬をしに来る者すらいない。

賑やかな表通りであれば、楽しげな音に混ざっていても銃声には誰かが気付き、大騒ぎになっていたことだろう。


偶然で、スヴィルカ騎士団に務める兵士がこんなところに来るわけがない。


「近付いてたが、あいつらの話は聞けたか?俺は距離があり過ぎてさすがに無理だった」

「そりゃそうだろ。あの距離じゃ俺でも無理だっての――こっちも、途切れがちにボソボソ聞こえた程度だ。声が聞こえる距離にまで近づいたら、女のほうにすぐ気付かれちまったから」


男のほうも尾行や目撃者にはめいっぱいの警戒をしていただろうに、カシムのほうが早かった。

かつては黒雷がメイベルに近づかせていた間者……あの女、ただものではない。黒雷の弟まで同行していて、休暇で遊びに来ていたわけではないだろう……。


それでも短い時間の彼らのやり取りを思い出し、バルシューンが言った。


「男のほうが怒ってて……逆切れっぽかったな。女のほうは始終落ち着いた口調で話してたが、男の落ち度を責めているようだった。あの男はメイベルじゃない女を狙ってたんだよな?だったら、女のほうもメイベルをさらうつもりで来てるわけじゃねえよな」

「ルスランは前触れとして訪問の手紙を何度も送らせてはいたが、ガストーネが丁寧に握り潰してたって言ってた。だから、ヴァローナ王の訪問は非公式になってる。それにメイベルを同行させているかどうかまでは予想しきれないはずだ」

「だよな。じゃあ……メイベルをまた狙ってくることはない……か?」


前回ははっきりとメイベルを狙っていたが、今回はこのまま町を出て行くのではないか。

バルシューンがそう考えるのも納得しかないし、ファルコも内心では同意なのだが、確信はない。

――自分たちだけで下して良い判断ではない。


「報告に戻ろうぜ。これをどう考えるかは、ルスランに任せるべきだ」


バルシューンは頷き、足早に宿へ戻ることにした。男の遺体は放置したまま。

この男の死についても、どのタイミングでスヴィルカ騎士団に知らせるかはルスランの判断を仰いでからだ。




ファルコ、バルシューンと会敵してしまったカシム、ラマンは、ファルコたちの予想通りすでに町を離れ始めていた。

平服を着て善良な巡礼の旅人を装い、いまは馬に乗って国境へ向かっているところである。


「あーあ。せっかくファルコに会えたのに、お預けだなんて涙が止まらないぜ」


ヴァローナ王がスヴィルカ騎士団領を訪ねてきていることは町中の噂になっていたし、王妃も伴っているらしい、という情報まで加わっていればファルコも同行している可能性は高いとラマンは思っていた。


しかし立て続けにやらかしてしまっている身としては、今回ばかりは兄から依頼された仕事に専念するしかないと涙をのんで諦めた。ラマンたちの存在に気付かれたら、それで終わりなのだから。

ご丁寧にラマンへの監視も兼ねて、カシムと組まされてしまったし。


「あの騎士様がうっかり人違いをしてメイベル様をさらうというのが痛手過ぎましたね。私たちはただの伝令役だったのに、尻拭いに動くことになったのがそもそもの間違い」

「俺的にはそっちの役のほうが好きだけどな。でも、雇うにしてももっとマシなの雇っておけっての。相手を間違えた上に目撃者生かしたまま逃げ出す間抜けにこんな仕事任せるなんて、馬鹿だろ」

「それについては同意ではありますが……彼らがメイベル様に危害を加えるなら、その時点で私たちに始末されていただけです。メイベル様を捕まえてしまった時点で、彼らの命運は決まったようなもの。それが遅いか早いかの違いなだけで」


カシムは淡々と語るが、そこまでしてやる義理ないのになぁ、とラマンはこぼす。

いまのところ、我らが皇帝はヴァローナ王妃メイベルを勝手に殺すような真似は絶対に許さない様子。

ラマンは正直彼女の生死などどうでも良かったのだが、カシムのほうは皇帝ミハイルの意向を忠実に守っていた。


「今回の失敗については俺たちに責任はないよな。イヴァンカが絡んでるってのはバレちまったけど、この杜撰さじゃ、他のことでヴァローナ王に色々もうバレてるだろ」

「……そうですね。あまり賢くはなさそうだと思っていましたが……所詮、その程度の人間の企てなので、末端で動く連中もその程度の人間しか集まらないのでしょう。陛下も、あの男の無能さには気付いていたからルスラン王のほうを目にかけていた――」

「でも裏切るんだ。ルスラン王、お気に入りっぽかったのに」

「裏切るわけではございません。あの男が勝手に、イヴァンカの皇帝が自分の味方についたと思い込んでいるだけです」


ラマンの嫌味な言葉に、カシムも皮肉っぽく微笑んで言った。


あの男――ロジオンがイヴァンカ皇帝の援助を得られたと思い込んでいるのを、皇帝ミハイルは積極的に否定しなかっただけ。

その結果得られたものを向こうが差し出してきても、受け取ることに何の問題もあるまい。もともと、ヴァローナはイヴァンカ帝国の属国なのだから。


「スヴィルカ騎士団はどこまで次期ヴァローナ王に協力するつもりなのかねぇ」

「いまの様子を見るに、団長ガストーネはロジオンが動きやすいようにルスラン王に対して静観に徹するつもりなのでしょう。ルスラン王に協力的な副団長排斥については、自分の利害とも一致しているので動いているようですが」

「……てことは、いまのところスヴィルカ騎士団もロジオンの戦力ってわけじゃないのか。あの爺さんもなかなか厄介な男だ」


ロジオンはスヴィルカ騎士団も抱きこんだと自信満々に語っていたが、別に騎士団長はロジオンのために動く意思はなく、ルスラン王側の戦力になって動いたりはしないから頑張れ、ということなのだろう。どこまでも自己保身が大事な男らしい考えだ。


「んんー……なら、あの男の直接の戦力はなんだ?まさか兄上、イヴァンカ兵をあいつに貸し出してやるつもりか?」

「陛下もそこまで厚意的にはなれぬかと。正規のイヴァンカ軍を出してしまったら、ルスラン王とイヴァンカが対立することになってしまいますから。私の聞き及んだところによると……ロジオンはダラジャドに向かったそうです。あちらもルスラン王には深い恨みを抱えておりますね」


そう話しながらも、愚かなロジオンなどダラジャドはきっとまともに相手をするまい。

彼の野望に協力するふりをして、自分たちが主導権を握ることだろう。

――ダラジャドのあの女狐の本性を、ロジオンでは見抜けまい。




ダラジャド王と対面するつもりであったロジオンは、約束の場所に現れたのが老婆で、あからさまに顔をしかめた。

身なりも上等で、屈強でそこそこの地位にありそうな護衛の男を複数連れているから、そのへんの女でないことは分かるが……次期ヴァローナ王と話し合う場に、到底相応しい人間のようには思えず。


露骨に嘲るような態度を取っても、老婆は人の好さそうな笑みをたたえてロジオンに頭を下げるだけ。

フーロンと申します、と老婆が自己紹介する。


「ダラジャド王に代わり、この度、ロジオン様との交渉役を務めさせていただきます。王が直接赴けぬこと、どうぞお許しください。先のヴァローナとノルドグレーンのはかりごとで我がダラジャドも幹部を多く失い、王も統率のために離れることができぬのです」

「仲間割れという醜態を晒し、まんまとしてやられたという話は私も聞いている。ダラジャドは、よほど余裕がないのだな」


――こういう愚かなところが、ロジオンの人望のなさ……ルスランに勝てぬ理由なのである。

初対面から相手を見下してかかる癖があって、いまも、ダラジャドを対等な交渉相手と見なしていない。まるで自分の部下に接するかのように尊大に振る舞い、自分の欠点は棚上げで相手の失敗を平然とあげつらう。


ダラジャドに組んでもらわなくては、ルスランとまともに戦う戦力もないことを理解していないのである。

しかし、フーロンはロジオンの傲慢さに反発することなく話し続けた。


「おっしゃる通りにございます。これもすべて、あのヴァローナ王のせい……憎き男に復讐する機会をお与えいただき、ダラジャド王も歓喜しておりますわ。何としてでもロジオン様との交渉をまとめ、共闘を願い出よと私も強く言いつけられておりますの――このように、ロジオン様への土産も持参致しました」


フーロンがちらりと連れてきた護衛に目をやると、男はさらに視線を部屋の出入り口へと向け、出入り口に控えていた別の男が部屋の外に出た……と思うとすぐに戻ってきて、彼が開けた扉からは女たちがぞろぞろと入ってくる。

みな美しく着飾って、金貨を収めた袋を手にロジオンの前に跪くと、それを差し出す。


「どうぞこれで、ロジオン様も計画をお整えくださいませ」


フーロンがにこにこと笑って言う。


ロジオンは威厳を取り繕いながらも、内心の邪な感情をまったく隠しきれず、卑しいニヤけ顔をした。


「なかなか気が利いているではないか。ちょうど、先立つものが欲しいと思っていたところだ。これは有り難く頂戴しておこう」


多額の軍資金を抱えた女たちがロジオンの意を得て奥の部屋へ引っ込むと、ロジオンは目に見えてソワソワとし、視線は女たちのいる場所を向いている。

すでに上の空となっているロジオンに、フーロンは本題を切り出した。


「スヴィルカ騎士団はすでにロジオン様の味方とのことですが……アトラチカ騎士団のほうはいかがでございましょう。我らが戦うとなれば、やはり地方に拠点を置いているアトラチカ騎士団との交戦は避けられませぬゆえ」

「あちらはさすがに無理だ。ルスランの伯父が、私の味方をするとはとても思えぬ。私のほうも、あの男とだけは手を組みたくない」


妹共々、自分たちの命を狙った男だ。とても信頼する気になれない。

ヴァローナ王となったあかつきには、ルスランと共に真っ先に処刑するつもりでいるぐらいだし。


「そうですか……。では……アトラチカ騎士団の動きを封じるため、ダラジャドの主力部隊は彼らを最優先としたいのですが……」

「うむ、それでよい。スヴィルカ、アトラチカ両騎士団がまともに機能しないとあっては、ルスランは両腕をもがれたようなもの。勝ち目はあるまい」


ルスランに勝ちたいという思いから辛うじて話し合いの場についてはいるが、いまのロジオンはダラジャドからの献上品を検めたいという煩悩でいっぱいだ。


――長年の悲願がついに実現する手前まで来たというのに、よそ見ばかり……なんとも安っぽい野心だこと。

そんな軽蔑心はみじんも表に出すことなく、フーロンは人の好い老婆を完璧に演じ、ロジオンに言った。


「――ロジオン様。どうぞ、ダラジャドからの献上の品をお検めくださいな。不足があれば、また後日……。まだ報酬の取り分など、話し合わなければならぬことはたくさんございますから。今日一日ですべてを取り決める必要はございますまい」

「うむ。また時間を作り、そなたらに会ってやろう。下がれ」


退出の命を受け、フーロンは再び頭を下げて部屋を出て行く。

フーロンが出て行くよりも先にロジオンのほうが奥へと引っ込んでいき、女たちに飛びつく様子が見えた……。


「……あそこまでの好き者は久しぶりに見たわ。ダラジャドでも、あんな間抜けはなかなかいまい」


ロジオンが滞在している館を出て、ダラジャドの人間だけとなると、フーロンはクスクスと嘲笑う。護衛の男たちは、フーロンに同意するように頷く。


「どのような男か見定めてやろうと思っていたけれど、私が臨むまでもなかったわ。あの程度の小物なら、次も簡単に話がまとまるわ――王には、無事密約は成立したと伝えなさい」


アトラチカ騎士団と戦う――ダラジャド軍はヴァローナの地方を自由に略奪するための建前を得た。

ロジオンはダラジャド軍が独自の狩りで得た報酬を、すべて自分たちの懐に収めてしまうことにきっと気付かないだろう。

……気付かれる前に、根こそぎ掠め取って本国へと逃げるのみ。


「イヴァンカ帝国とスヴィルカ騎士団は自分の味方だと豪語しているけど、話半分どころか、あてにすべきじゃないわね。あの様子じゃ、両者からも都合よく話をつけられていそう――さすがに、あの男よりはどちらの長もまともでしょう」


フーロンの言い分に、護衛の男たちはまた頷く。

ダラジャド王の信頼厚いフーロンの観察眼と洞察力は、男たちも強く信頼していた。か弱い老婆と、ロジオンは最初から侮っていたが。


フーロンがそのように装っているのだから当然だ。フーロンの本性を最初から見抜けた人間は少ない。

――この数年では、二人も見抜いてきたが。


一人はヴァローナ王妃メイベル。もう一人はノルドグレーンの宰相代理ブレンダ――ノルドグレーンは、手を組めない。

あの狸女には自分の交渉術も通じないと、フーロンも忌々しく思っていた。


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